異聞録:東京異譚
章筑学徒
目黒夜歩き紀行
序話―異の始まり―
一
―2015年12月28日(月)―
霧と靄が掛かり周りはよく見えない。
いつからここにいたか解らない。
でも、疑問が湧かない。
此処に居る事に。
??「
誰かの声が聴こえる。しかし、反響していて何処から声が来ているか判別が付かない。
雄一「誰ですかー…?」
声は反響していく。
??「こっちだよ…雄一…」
雄一「いやだから…誰なんですかー…?」
解らず訪ねる。
??「持ってきてね…」
雄一「え?… 何をー…?」
急な願いに戸惑い、普通に聞き返してしまう。
??「雄一…」
見知った声だった。
雄一「あぇ…? ばーちゃん…?」
それは見知った顔だった。
靄の奥にうっすらと見える、大好きだった祖母の顔。
雄一「ばーちゃん…? どこにいたの…?」
当たり前の疑問だった。
数年前に亡くなった、大好きだった祖母に対しての。
??「雄一…」
急に別の声が聴こえた。
それは見知った声だった。
忘れる事の出来ない、不快な気分にさせる音。
雄一「おまえ…? なんだよ…」
それが誰の声か直ぐ解った。
自分を置いて居なくなった、裏切った女―
靄の奥にうっすらと見える、数ヶ月前に居なくなった女の顔。
??「持ってきて…」
雄一「何をだよ…自分で取りに来いよ…」
その優しい言葉は、自分を不快にさせた。
何を都合の良い事を…何時も勝手だ…
??「雄一…いつものあの場所へ…持ってきてね…」
雄一「え?ばーちゃん…?」
急に祖母の声に変わり、戸惑う。
靄の奥にうっすらと見える祖母の穏やかな顔。
雄一「ばーちゃんのくれた木で削った誕生祝いのラケット?」
それ以外思いつかなかった。
テニスをやっていた自分を応援してくれていた祖母。
以前手に入れた、
??「忘れずにね…」
そう言って、霧散する祖母。
雄一「待って!なんで?!だってアレは大学の入学祝いにばーちゃんがくれた…!」
そこで、はたと気付いた。この不自然さ…
雄一「…待った コレ夢か?」
二
―午前9時過ぎ―
―多群邸―
ハッと眼を覚まし、起き上がる。
大分汗をかいていた。
雄一「…また変な夢だ…ついにばーちゃんが出てくるとは…あとアイツも…」
苦々しい記憶が蘇る。変な夢を見始めて大分経つ。
時計を見遣ると、中々にいい時間だった。
雄一「…飯…買いに行くか…」
気怠げにゆっくりとベッドから起き上がる。
コンビニは、歩いて直ぐにあった。
―午前10時過ぎ―
―目黒商店街コンビニ―
店員「ありがとうございましたー」
やる気のない店員の声を聞きつつ、帰路につく。
―目黒商店街―
雄一「変な夢だなぁ…ついに人が出てくるとか… 9月の地震以来ずっとだけど…今日のは具体的だったなぁ…しかも…」
少し嫌な事を思い出す。
雄一「あんな最低なヤツと一緒に…!」
苦い記憶。
何年も一緒にいたけれど、最期は自分の都合を押し付けて出て行ったあの女。
雄一「…疲れてるんだ…」
はぁと溜息をつき、その記憶を振り払うかの様に首を振る。
雄一「ちゃんとした企業に勤めて、ちゃんと金稼いで…何が不満なんだ…なんで疲れるんだ…オレ…もう今年は仕事納めたし…年末年始は家で休もう…」
自分の魅力に気付けない―
それが悩みだった。
いや、悩みというより、気に掛けられない、と言った所か。
昔から卒なくこなした。
生徒会長も務め、一流大学に入り、難関な資格も得て、上場企業に入社した。
…だが、それは普通ではないか?
と思う。
だって、努力をしてそれを出来る様にして…当たり前ではないか。
それが普通…というか、その事には悩みすら湧かない。
何かしたい事も、得たい物も無い。
目的や目標も見付からない―
それが、自分だった。
雄一「はぁ…」
何故か溜息が出る。
理由は解らなかった。
そんな中、帰り道に目黒不動尊が眼の端に捉えられた。
そこで、足を止め、夢での事を思い出す。
雄一「… いつものあの場所って言ってたな」
不動尊の側でふと足が止まる。
雄一「…昔からの…だよな」
不動尊を見遣る。
確かに子供の頃から祖母の家に来ていた。
目黒不動尊はよく知っている。
だが―
雄一「…そんなワケ無いか」
フィクションみたいな考えを鼻で笑い、帰路についた。
三
霧と靄が掛かり周りがよく視得ない。
??「雄一…持ってきて…」
若い女性の声で親しげに しかし無気力気味に声を掛けられる。
忘れようはずもないその声に気付き、苛立ちを覚える。
雄一「お前と話す事なんてない…!」
静かだが、確実な拒絶。
??「お願い…」
その言葉を聴き、脊髄反射で答える。
雄一「冗談じゃねーよ! 裏切ったのはお前だろ!」
当然だ…! あんな事をされて許されると思うのか…!
??「持ってきて…」
それでもその声は止めなかった。懇願する事を。
雄一「そんな調子の良いこと聞けるか!」
その言い草に腹が立つ。
いつもそうだった。
自分を、周りを振り回し、不快にさせる。
自分が全ての物事が中心で動かないと治まらない。
??「雄一…」
また別の声…でもそれは、"大事な家族"の方の声だった。
雄一「え…? ばーちゃん…?」
いつのまにか祖母が霞の向こうにいた。
雄一「なんで…?」
??「もう一度逢うために…」
雄一「そんな…! でもばーちゃんはもう…! オレが大学にいる時に…!」
その先は、言いたくなかった。
目前の祖母の存在が、その言葉で消えてしまいそうで。
??「また逢えるよ…本当に…」
その言葉は甘く、穏やかに感じた。
雄一「そんな…! でも…コレは夢…!」
その事実は、前視た夢の時より、自覚出来ていた。
"夢"だと。
??「再奥にある大行事権現の祠にいらっしゃい…」
雄一「だいぎょうじ…? え その名前オレは知らない…!」
急にハッキリと出たその言葉にギョッとする。
確か、夢は潜在意識から作られるものであり、自分の知らない事は出てこない筈だ。
それなのに…
??「来るんだよ…あと一つなんだ…雄一…滝と不動明王八大童子…そして祠…」
雄一「え…?! 待って…! もう一度…!」
その夢は、そこで途切れた。
―午後8時―
―多群邸―
雄一「!」
息荒くベッドから起き上がると、其処は自分の部屋だった。
ローンを組んで、彼女と暮らす為に買った"筈"の。
雄一「夢…?! また…?!」
知らぬ間に寝ていた。
時計を見遣る。そして、考えてみる。
雄一「…確か、しまったままだったよな…」
祖母が言っていた言葉…ハッキリ覚えていて、頭の中から離れない。
拘らない自分が、拘っている。
起き上がり、寝室奥の物置を探ってみる。
雑に詰め込まれた必要ない物たちを見て思う。
雄一「予想以上に時間が掛かるな…」
そう言いつつ、手をかけ始めた。
―午後9時過ぎ―
一時間経っていた。
だが、まだ見付からない。
この奥に有ったハズだが…
雄一「…有った!」
ゴソゴソと奥の方に有ったケースを取り出して言う。
そして、起き上がり、決意する。
雄一「…行ってみるか…!」
こんなやる気は、久し振りだった気がする。
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