【星を砕く呪い】
一部akua様より文章いただきました。
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プロメティア帝国、白辰皇国、滄劉。
それぞれの国はその日もいつものような日々を送るはずだった。
「ひどい」
誰かがぽつりと呟く。
こんな場所で嗅ぐはずのない血と悲劇の匂いが眼下の町を包み込んでいた。
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群に三国で災害が起きたと報告が入り、それを聞いたグランは帝国に向かった。
一緒に来たレンディエールは市民の避難と怪我の治癒の為に1度別れ、グランはある場所を目指していた。
「なんなのよあの木……」
帝国内に入ると様々なところで竜が暴れ回っており、国の中央には見た事のない大樹がそびえ立っていた。
あれが原因だと踏み、翼で飛んで向かおうとした時視界の端に見慣れたオーラが見え直ぐにそこに顔を向ける。
「ロキア!?」
「ひゃっ!!」
グランが駆け寄るとロキアはオロオロと焦りながら目を伏せる。
グランは怒っている。
ロキアを共に向かわせるのは危険だと離れようとしない彼女を、グランは幾度となく説得して群に残してきたはずだったのだ。
「ご、ごめんなさい!!でもロキアも力になりたくて……」
グランは溜息をつき、ここまで来てしまったらしょうがないとロキアを抱えて翼で飛び上がる。
「絶対私から離れないで」
「わかりました!!」
ロキアがしっかりと頷いたのを確認するとグランは木に向かって飛行する。
下を見ると暴れ回り人を喰らう竜に、それに恐怖して逃げる人々。
生き残るために目の前の人は突き飛ばし、倒れた者は構わず踏み、混乱状態にある。
「早く、早くしなきゃ……」
グランが下を見るのをやめ、木に向かう事だけに集中しようとした時、一瞬見覚えのある姿を見てピタリと止まる。
「グランお姉さ─、わっ!!」
急に止まったグランを不審に思い、どうしたのかと問おうとしたロキアはグランが急降下した事によって口を閉じた。
その姿に見覚えがある。
見たのは1度だけだし大きさも違うがそれは確かに彼女だとグランは焦りながらある竜の前に降り立った。
「トルエノさん!!」
ロキアを降ろし、グランは白い毛に覆われた竜に呼びかける。
鋭い爪で人を容易く肉塊と化していたその竜、トルエノは死体を踏み潰しながらグランの方を向いた。
「そんなことやめて…なんで貴方が!!」
『クァアアアッッ!!』
ブンッと尾を振りグランを傷つけようとするトルエノの瞳は、いつもの彼女と同じではない。
すんでのところでロキアを抱えて飛び退いたグランは弓を強く握る。
「ロキア、支援を」
「は、はいっ!!」
枷を外す許可を出すと、サラリとロキアの髪が伸び角膜が黒く染る。
グランは弓を構えるが、しかし矢は生成されない。
「トルエノさん……」
仲間に矢を向ける、敵意を……
「グランお姉さん!!」
「―っ!!」
グランに飛びかかり噛み付こうとしたトルエノの一撃を避けると、覚悟を決める。
わけも分からず人を傷つけ、喰らう事をトルエノが望んでいるはずがない。
ならばとグランの手には赤黒い矢が握られている。
「止まって!!」
矢をトルエノの足に向かって放つ。動きを止めさせればいい。
ロキアに目で合図すると意味を理解し手をトルエノに向けるとその瞳が薄く紫色に光る。
「〈ハルシオン〉ッ!!」
トルエノの瞳が紫色に変化すると動きが止まる。
ロキアは思い描く、辺りはは綺麗な草原で綺麗な青空が広がり、そこにはただただ穏やかな空気が流れている。
同じ光景を見ているだろうトルエノは、戸惑ったように動かない。
「私は竜族として誇りを持っている気高い貴方が好きよ、トルエノさん……。ごめんなさい」
ロキアの見せる幻に囚われているトルエノにグランは深呼吸してから弓を向ける。
「『我が意志を体感せよ。茨の道故強いこの心は決って折れず、汝の前に立ち塞がる。』」
詠唱を始め、グランの手元に光をの粒が集まり槍のように鋭い意志が形を成す。
グランはトルエノの頭を吹き飛ばそうとしていた。
後でどんな罰でもうける。今はただこれ以上人を傷つけるトルエノを見るのは嫌だと顔を顰めた。
「『その意志は形となりその身を―っ……なんで…!?」
トルエノがグランに食いかかろうと飛び上がっている。
ロキアが止めていたはずと彼女の方を向くとロキアは体を震わせながら膝をついた。
「ぁ…、ご……ごめんな、さい……!!」
「(実戦はまだ早かった……!!この空気に飲まれてるんだわ)」
詠唱をやめたことによって矢は消え、目の前に迫ったトルエノの攻撃を避けようとするが、それを伏せて避ける。
それを不満に思ったのか次にトルエノが狙ったのはロキアの方だった。
「―っ!!」
咄嗟に地面を蹴りグランはロキアを突き飛ばす。
転倒したロキアは痛みに耐えグランの方を向いた。
「──逃げなさい!!」
「でも、でも……!!」
「いいから!!」
グランの白い服が血で赤く染っている。
食いちぎられたグランの腕をみて、ロキアは泣き出した。
もうグランは矢を射つことは出来ないと理解し、ロキアはグランに駆け寄ろうとする。
「来ないで!!走りなさい、遠くまで!!」
「いや…いやだ……ロキアは……!!」
「早く、逃げ──」
──不自然に、グランの言葉が途切れる。
頭部を失ったグランの体は痙攣し、血を飛び散らせながら地にころがった。
トルエノの口元は赤く染まりぐちゃぐちゃと何かを咀嚼していて、再びグランの体を食いちぎる。
「ぁあ゛ぁああ゛ぁあっ!!!」
腰を抜かしその場に座り込んだロキアは早く逃げなくてはと立ち上がろうとするが足が震えて立ち上がれない。このまま自分も死ぬ。兄と姉の元へ行くのだと死の恐怖に嘔吐しそうになるのを堪え、泣き崩れた。
しかし、ロキアは足元に転がったものを見てよろよろと立ち上がった。
「ロキアは…ロキアは……!!」
食いちぎられた勢いで飛んだグランの弓をロキアは肩にかけ、その場から走り去った。
当然怖い、もう逃げたい、来なければよかった。しかしロキアは木へと向かう。
「ロキアが代わりに……!!」
強い意志は受け継がれる。
恐怖は勇気に塗りつぶされ、ロキアは大好きなグランの為に泣きながら止まりそうになる足に動けと懸命に命令しながら走った。
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時を同じくして、白辰。
アークノイツは国内に入り、その光景に1度馬を止まらせた。暴れ回る竜達に逃げ惑う人々、それを避難させる者や竜と戦うもの、そして─
「あの大樹か……」
国の中央に見覚えのない木がそびえ立っており、原因はこれだろうとその木を睨む。
誰が何故このような事をするのか、それはまず後回しだと手網を強く握るとまた馬を走らせた。
「トゥルーナ、全速力だ」
愛馬、トゥルーナに呼び掛けるとそれに応えるように走るスピードが早まる。
「騎士様…!!助け…てくだ、さい!!」
「もうだめ、ぁ、ごんなさい、ごめんなさいごめんなさい!!」
「助け、たす、だすげでっ……たすっ、ぁああ゛ぁっ!!!」
「すまない……!!」
風を切る音に混じり、助けを求める人々の声が聞こえる。しかしこれを止めるためには木をどうにかしなくてはいけない。立ち止まれば、被害はさらに大きくなるだろうと。
しかし──
「―――見捨てられん」
トゥルーナに指示を出し先程助けを求めていた人の元へ行こうと走り出す。生き延びていてくれと願いながらその場所に着くと、トゥルーナに乗るアークノイツに縋るように男性は泣いて助けを乞うた。
「おねがいじますっ、助けて、こわい……!!」
「心配するな。君の命は必ず守る」
そうは言ったものの、どうしたらいいものかと馬から降りる。トゥルーナに乗れるのは自分とあと一人。この男性だけを助け他を見捨てるという事は出来ないと辺りを見渡した。
不安そうな男性を安心させるように肩を軽く叩く。そして歩きだそうとした時、目の前に竜が立ちふさがった。
男性は酷く脅え、アークノイツの後ろに隠れる。
「下がっていろ」
「は、はい……!!」
男性に手で指示するとランスを構えて竜と睨み合う。
心臓さえ避けて攻撃すればこの事態が収まったあと再生が出来るだろうと無力化だけを考える。
「貴方も本当はこんな事をしたくないはずだ」
『グガァオオオッ!!』
アークノイツの呼び掛けを拒絶するかのように、竜は叫びをあげた。横に薙ぎ払うように腕を振った竜の一撃をランスを盾のようにして防ぐと、その重みに顔を顰める。
自らの後ろには守るべき者が居る、決して負けることの出来ない戦いが始まる……はずだった。
『クギャッアアァッ!!』
「なんだ……?」
竜の顔に何かが飛び、ガラス壊れる音が聞こえると竜が苦しみ出した。それが飛んできた場所に視線を向けると、麻色の髪の男が手にガッツポーズをしている。
「お兄さん、その人は俺が逃がすから木まで行って!!」
「……承知した」
竜が元の状態に戻るまでそこまで時間がある訳では無いのだろう、その男は瓦礫に隠れていた男性の手を引くとすぐにこの場から離れた。
「トゥルーナ!!」
愛馬を呼ぶと、すぐに彼の元へ駆けてきて慣れた動作で乗ると走りだす。何も人々全員が弱い訳では無い。あのように勇気あるものが中にはいるのだと思いながら、深呼吸をする。
「俺も役目を果たさなければ…!!」
暫く走ると大樹に辿り着く。周りを見ると同じように木を破壊しようとしている者がおり、アークノイツも馬から降りると試しに1度ランスを突き刺す。
「あまり固くないのか。ならば……」
懐から護符を取り出すとそれを使い身体能力を強化させるとランスを構え、一撃一撃重くなった突きを連続で放つ。
「早急に折れてもらうぞ」
同じく志を持ち、木を破壊する者もいれば市民たちの避難を手助けする者もいる、勇気ある者たちが立ち上がり一丸となって困難に立ち向かっている。
自分も守るべきものの為にならいくらでもこのランスを振るおうと、また木に突き刺した。
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人々が混乱の渦に飲み込まれ、顔を顰めてしまうほど多くの叫び声が聞こえる。
滄劉もまた、災いの渦中にあった。
マリアはその中必死にコメットの姿を探していた。一緒に逃げる人を誘導して避難させていたが、不幸にも瓦礫が2人の間に崩れ落ち離れ離れになってしまったのだ。
「ま、すた……ますた……!!」
走り回り、コメットの無事だけを祈る。しかしパニックになり逃げ惑う人の波に押されながら見つけられずにいた。怖い、怖い……しかしここで立ち止まってはいけないと必死に足を動かす。
「――――マリア!!」
名を呼ばれ、マリアがその方向を向くとそこにはヴィノスが安堵した表情でマリアに駆け寄ってくる。
逃げる人に突き飛ばされ倒れそうになるマリアをヴィノスはすぐに受け止めると強く抱きしめた。
その手には薔薇の飾りの付いた片手剣が握られていて、それはある人の死を意味しているとマリアは堪えていた涙を零す。
「ヴィノスさん…!!」
「ああ、良かった…お前が無事で……!!」
体を離すとマリアは流れる涙を拭いながらヴィノスのコートを掴んだ。
マリアが周りを忙しく見渡す様子に、この状況下でコメットがマリアを1人にするはずがないとヴィノスは屈んでマリアと視線を合わせる。
「ホウプスはどうした」
「ま、ますたは、ぁ、ますた…は……!!」
「落ち着け、ほら、こっち見ろ」
ヴィノスの問いにマリアの顔が青ざめ、呼吸が乱れる。
混乱しているマリアの頬に手を添えると目を合わせると、ヴィノスの顔を見てマリアは荒かった呼吸を整えた。
「ますたと色んな人を誘導して避難させていたんですが、その時瓦礫が倒れてきて離れてしまって……」
「……これ収めんのには木を破壊すんのが早い。ホウプス探しながら木を目指すぞ」
マリアが頷いたのを見て、ヴィノスはマリアの手を取ると絶対離さないと少し強く握る。
マリアの手は震えていて、ヴィノスは安心させるよう僅かに笑みを作った。
それに溜まっていた涙をごしごしと拭ったマリアはぎこちなく笑顔を返し―
「……は?」
──マリアが消えた。
一瞬の瞬きの間だった。ヴィノスは確かにマリアの手を掴んでいる。しかし腕だけだ。
だらんと、垂れた細いマリアの腕だけが、そこにはある。
「な、ん……意味が、分からな」
目の前にはぐちゃぐちゃと言う音と骨を砕くような音を鳴らし口を動かしている竜がいた。
いつの間に、いや、今はそんなことどうでもいいとヴィノスはめちゃくちゃになった思考で必死に考える。
「は、ぇ……?ぁ、なんで、なん、マリアは……マリア、はどこ、いったんだ?なぁ、どこ…どこに…」
──そうか、食われたのか。
「─あぁ゙ぁああ゙ぁああ゙ああッ!!!!」
理解するまで時間がかかった。ボトリと落としてしまった腕をゆっくりと拾い、呆然と見つめる。
繋いだ手はいつも暖かかった。しかし今は生ぬるく、ただの肉の塊になっている。
「あ、ぁ……いやだ、いやだいやだいやだ!!なんで―」
体に痛みを感じ、ヴィノスは瓦礫に衝突した。
竜はヴィノスの叫び声に煩わしいとでも言うかのように荒れ狂っていた。もう痛みもあまり感じない、ヴィノスは立ち上がるとコートを脱ぎ捨て地面に敷くとそこにマリアの腕を置く。
「こい、よ……クソ野郎!!」
竜に向かって走り出す。剣に氷を纏わせ大剣の形にすると大きく振りかぶりそれを投げつけ、まともに防ぐことが出来なかった竜にそれは簡単に突き突き刺さった。
痛みに叫びを上げる竜に構わず剣の柄に蹴りをいれると更に深く刺さる。
『ガァアァア゛アッ!!』
「―っぐぁ!!」
竜は叩き潰すように腕を振り下ろすとヴィノスは地面にめり込むほどの威力に為す術なく血を吐いた。
何度も何度も振り下ろされる腕に骨の折れる嫌な音が聞こえ、首に提げていたマリアの枷だった物のチェーンが切れ吹き飛ぶ。
そしてその猛撃が終わる頃には立つことすら出来なかった。
「はぁ、ぁ……く、そ……!!」
2人で、幸せに過ごし、困難があっても乗り越え、生きていくのだと思ったいた。
幸せは長くは続かなかった。もっと抱きしめて、愛を伝えておけば、もっとそばに居て、一緒の時間を過ごせたら…
「マリ、ア──」
ぐちゃり、と肉体は簡単に押し潰され、血溜まりができる。
竜はヴィノスが絶命したことになんの関心も無いのか、すぐにまた暴れその場を去った。
「────」
朦朧とする意識の中、意外と自分はしぶといなとヴィノスは思いながら本当なら動かないはずの体を無理矢理動かしマリアの腕に手を伸ばした。
「(いっしょ、に、ただ、一緒に…生きたかっ、た──)」
ヴィノスの手は、マリアの手には届かず
ついにその命は尽きた。
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怒号、悲鳴、千切れる音の入り混じる地獄もかくやという音の波に、スィアツィはマフラーを翻し飛び込んだ。
規格外六連超振動突撃剣の威力は高く、再生力が自慢の竜族と言えど当たれば即座に再生が難しくなるほどの裂傷を与えられる。
飛び散る甘い果物に似た匂いと血の匂い、硝煙の匂いが混ざり合って気分の悪くなるような空気がこの国の中に満ちていた。
スィアツィは眉を顰める。
彼女の記憶にある祖国と、今目の前に広がる地獄絵図はどうにも結びつけるのが難しかった。
啜り泣く、聞き覚えのある声にその方向を向く。
トルエノが損傷の激しい誰かの死体の前で泣いていた。
「トルエノ、……」
彼女に近づき、そしてその口元が血に塗れているのを見ればぴたりと足を止める。
しかし彼女の方はスィアツィに気がついたのか、こちらを見た。
いつもの夕焼けの色が、今は深く沈んでいる。
「……スィア……わ、わたし、わたし、なんでこんなこと、」
「トルエノのせいじゃない」
咄嗟に口から出た言葉は彼女を落ち着かせるための完全な嘘ではなかった。
竜は皆この場に足を踏み入れた瞬間正気を狂わされる。
この騒乱を止めるために仲間であろうが竜を倒して回った全員がそれを分かっている。
殺してしまったのは確かに彼女だが、だからといって彼女に全ての原因があるわけではない。
「……とにかくこの国から出よう。」
いつまたトルエノが正気を失うか分からない。
こうして正気が戻ったのは彼女の運がよかったのか、或いは悪かったのか。
スィアツィが彼女に近づくとトルエノはスィアツィに抱きついて泣き出す。
常日頃竜である自分は自分よりも弱い者を守らなければと口にする彼女にとって、ただでさえひどい現状はもっと辛く苦しいものに違いなかった。
宥めようと右手で彼女の背に手を伸ばす。
突然泣いていたトルエノが顔を上げて、その手は中途半端な位置で止まった。
「……は」
自分を見上げるトルエノは泣きながら微笑んでいた。
「ごめ、なさ」
辛うじて出たらしいその言葉を最後にトルエノはまた狂気に手を引かれる。
落雷がその左腕の機械ごとスィアツィを砕き、しかし辛うじて生きているスィアツィにトルエノがとどめを刺すことはなかった。
雷に焼かれ、半分炭化している彼女が掠れた声でトルエノを呼び止める。
トルエノはふるふる首を振り、頭を抱え、そして後ろから抱きとめられた。
「また友達を殺しちゃったね」
仮面で顔を隠した誰かが笑う。
それが現実なのか幻なのか、わからないままトルエノは悲鳴を噛み殺した。
狂気の中にあればまだ心は守られただろうに、その誰かはそれを許さずトルエノの正気を丁寧に手繰り寄せた。
その手に白く輝くナイフを持たせて___語り部は嗤う。
「命には命で購わないと」
耳元で囁かれる。
「さあ、心臓を一突きすればちゃんとしねるよ」
「いのちには、いのちで……」
剣を握っていたとは思えない、白魚のような手がナイフの柄を握る。
夕焼けの瞳は赤くにごった。
「……やめ……ろ、」
スィアツィの制止の言葉はトルエノに届かず、ナイフの切先は無慈悲にトルエノの心臓を捉える。
声のない叫びと嘲笑うような高笑いが響き渡った。
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スノウは特殊な機械を使用して避難指示をしていた。
一般には普及していないその技術は、なるほど確かに一般市民を避難させるのに大いに貢献した。
もしこれが落ち着いたとすれば、きっとその技術を教えてくれと面倒くさいことになっただろうが、残念ながらこの世界に次はない。
さて。
彼女はモニター越しに逃げ遅れた一人の子供を発見した。
ここに一番近いのは自分である。
車椅子であれば無謀なことだろう。
だが彼女はその一人のために一旦足を返してもらい、そしてその場まで走った。
子供は怯えて泣くことしかできない。
そのときに現れた彼女にどれほど安心したのだろうか。
「いいかい、ここからまっすぐいったら他の大人たちがいるから、」
彼女はそういって子供を行かせる。
前述した彼女の技術では見逃しがある可能性があった。
だからこそ彼女はその場に残り逃げ遅れた市民を探そうとしたのだ。
だが、竜が近くで大暴れしている中、瓦礫が落ちてこない保障などない。
けれど彼女は怯えて縮こまっている子供のことを思い出し、自分の過去を思い出す。
「助けられるなら、助けたい」
その気持ちのまま声を上げることこそできないが必死に探し続ける。
彼女の上に瓦礫が落ちて彼女が終わるまで、彼女はただひたすら人を助けようとし続けた。
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阿鼻叫喚の中で、マリアとはぐれたコメットは足を止めた。
多くの人が竜に食い殺され、辛うじて生きている彼らも様々な場所が欠損し、今にも死んでしまいそうだった。
「……、そうか。」
銀の銃を握り締める。
「これは、そういう使い方なんだな」
彼女は母に教わったあの歌を思い出す。
自分の命と引き換えに、彼らを救おうと。
彼女はそう思って息を吸い―――――血を吐いた。
背中に突き立ったその剣が彼女の心臓を貫いている。
「……は……?」
「そういう勝手なことされたら困るんだよね~。
折角集めた命なんだからさあ」
聞き覚えのある声が、聞き覚えのない口調で話している。
「……と、るえ」
「ん?でももしかして、集めた命が持ってかれるんじゃなくて新しく作られるタイプなのかな……?
それなら歌わせちゃった方がよかったのかなあ」
名前を呼んでもそれは反応しない。
トルエノの顔をした誰かはにこにこ笑っている。
薄れていく意識の中で、彼女は何も出来なかった無力感とまるで裏切られたような絶望に飲み込まれた。
「まあ、そんな歌歌ったところで、誰かが救われることもない犬死になるんだけどね」
トルエノの体を奪った語り部はけらけら嗤った。
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「……コメット」
イグニスは何かに気がついて、ただ一方を見つめた。
自分の元に彼女はおらず、手を伸ばしても彼女には届かない。
何も出来ず、ただ彼は彼女を失った。
それはただの予感であったが、だが予感は大抵悪いものほど当たるものである。
彼はしかし、立ち止まりはしなかった。
目の前に立ち塞がる大樹を睨みつけ、再び大剣の柄を握り直す。
今彼がやるべきことは、わかっていた。
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三つの国を飲み込んだ騒乱が、大樹が攻撃に耐え切れず朽ちると共に終止符を打たれる。
大樹の残骸の前にいた彼らはそれぞれ仲間や恋人の訃報に項垂れ、憤り、或いはこの争いが一旦とは言え沈着したことに安堵を覚えていた。
しかし、地面が大きく揺れたことで彼らは身構える。
地震が起こることなど滅多にないこの場所でそれが起こったのだ、何かがあるとしか思えなかった。
そしてその予感は外れず、彼らはその場から消え去る。
次の瞬間彼らが目にしたのは_____水晶の大樹と地底湖、そしてある竜族の娘だった。
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拍手の音が空虚なこの空間に響く。
ここにいる全員がとは言わないが、大多数が彼女が誰かを知っていた。
トルエノはにっこり微笑んでわざとらしく礼をした。
「おめでとう!
ゲームクリアだ!……なんてね。
きみたちに折角の舞台がめちゃくちゃにされたのはちょびっと残念だけど、まあいいさ。
きみらは試合に勝って勝負に負けたんだからね!」
その場にいた全員の表情が険しくなる。
おちゃらけた口調は彼女のそれではなく、彼女はあの凄惨な状況を作り出すのを望むような存在ではない。
そして、その違和感の正体にレイゴルトは心当たりがあった。
「貴様は語り部か」
「あら、きんぴかの人も生きてたんだ~!
きみがいなかったら他の人にたのもーって思ってたのに。
まあいいや、白星に伝えといてよ。
気づいてるかもしれないけど、もうこの世界は終わりだって!」
「何……?」
空気がぴりつく。
それもお構いなしに、語り部はトルエノの顔で愛嬌たっぷりな笑顔を見せた。
「あの木ね、この世界の命を吸って成長したんだ。
だから、命を吸われた王は怒り狂ってそろそろ起きるってことさ。」
ぐらりと地面が揺れる。
語り部はにこっと微笑んだ。
「ほうら。
王が起きようとしてるんだ。
楽しいね、さっきよりすごい地獄絵図が見れるよ!」
けらけらと嗤う語り部に、誰かが攻撃をしかけようとする。
そのとき。
「そうだね。
そろそろ王が目覚めるだろう。」
白い輝きをその身に纏い、星の欠片が現れた。
語り部はそれに一瞬驚いたような顔をして、それから嫌な笑顔を浮かべると目を細める。
「やあやあ、きみ直々に現れるとは。」
「……それで?言いたいことはあれだけなの」
「まあね!
きみはもう少し絶望してくれるかと思ったんだけど。」
「……。」
白星は目を伏せたままじっと語り部を見つめ、ため息をついた。
「……少し彼らと話すから、きみは……そうだね。
アンバー、何かしようとしたら止めていてくれないか。
きっとエウノイアに見せたら発狂してしまう。」
「やれやれ、人使いが荒いな君は。」
何もない空間から現れた彼女は語り部の隣に降り立つ。
それを確認してから白星はその双眸を開き、金の瞳で彼らを見回した。
「……。
私は、今からきみたちにはもしかすると受け入れがたいかもしれないことをする。
きっときみたちは忘れてしまうけれど……きっと、怒るだろうね、きみたちは。」
淡々と語る。
普段の人間味に溢れた表情はそこにない。
だがそれでも彼がわざわざこういうのは、彼らに嫌われたくはなかったという気持ちがあった。
どうせ全て忘れてしまうのだから、そんな発言をする必要もなかったのだろうが。
白星は微笑んだ。
「私はこの世界を愛している。
だから……ここで終わらせるつもりはない」
白星の体が崩れ、本来の神獣の姿へと変わる。
《我は世界の楔、世界の守人―――》
魔法陣が展開される。
白い輝きが視界に散らばった。
「なっ、ちょっと待って、まさかこの繰り返しって―――」
《今此処に、王の権能を以てして―――》
語り部が立ち上がるが、その場から動けない。
アンバーによってその場に縫いとめられていた。
《我が燈火を捧げ、此世を繋ぎ留めん》
ぱきん、と何かが割れる音がした。
神獣の体が崩れる。
その度に光は強さを増して行く。
それを見ていた彼らは、まるで奪われてしまったかのように声が出ない。
《自己犠牲による救いだなんて……。
きっときみたちは嫌いだろう。
……大丈夫だ、過去は変わらない。
私は変わらずいるし、死んでしまった彼らもまた……》
言葉は途切れ、神獣の身体は全て砂へと変わった。
語り部は深くため息を吐く。
「そうかそうか、君がそうだったんだね。
まあいいや。
……そうだなあ、ただ戻させるのも癪だし……
こうしよう」
語り部がにっこり笑ったのを誰かしらが見ていた。
意識は白い光に呑まれ消えていく……。
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「くりかえすのね」
「記憶もないのに、良くやるよ」
「このままだとまた同じことの繰り返しになってしまうだろう」
「私たちが手助けをしてやらねばなるまい」
「やられっぱなしは……むかつきますしね……」
「僕たちができるのはこれだけだ。彼らが目覚めるかはわからない」
六対の琥珀の瞳が巻き戻りの途中を見つめる。
彼らは始祖であった。
だが同時に竜であった。
彼らは順々に目を閉じていく。
現れた天使に自らの力を分け与えて。
天使は夕陽の色の翼をはためかせ、その場から去っていった。
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