「月のない夜に」導入

晴天の日のこと。

唐突にシルフィがお出かけに行きたいと言い出した。

それに丁度何も仕事がなく、暇を持て余していた者や町に出る用事のあった者などが同行する。

そうこうする内にシルフィの周りにはかなりの人数が集まっていた。

流石にこの大人数で歩くのは躊躇われる、と言える人数である。


「……多いね」

「多いな」

「まあ、楽しくていいんじゃないか?」

「それに、きっと途中で分かれますしね」


なにやら言いだしっぺのシルフィがもじもじとしている。

シャーリアが少し腰を曲げて顔を覗き込んだ。


「……どうしましたか?」

「あっ、いえ、えへへ……、その、こんなに沢山で出かけるのって、あんまりないから……」


嬉しいなあって……と続く言葉はシャーリアが頭を撫で始めたことにより遮られる。

だが何も言わなくとも誰しもが、シルフィのその表情を見てその続く言葉を理解できていた。

___________________________

最初に誰かが言っていた通り、それぞれが分かれて行動をする。

コメットはシルフィとトルエノと三人で歩いていた。


「それにしてもシルフィがお外に出たいって言うの、珍しくないですか?」

「え、そう……ですかね?」

「いや、割とそうでもないぞ~。

まあいつもは私達じゃなくてリーダーとかがついてるけど」

「私が知らないだけってやつです?」

「そ。」


三人で仲良く話しながら歩いている。

ふと、トルエノは魔力の流れを嗅ぎ取った。

周囲を見る。人がいない。

昼間の町のど真ん中で起こるには、それは明らかに異常な現象だった。

シルフィは気づいていないが、コメットが異変に気がつく。

トルエノとコメットは互いに目配せをして、この場から離れようとシルフィに目を向けた。


「ご機嫌麗しゅう。」


女性の声、突風。

目を開けていられず、気がつけばシルフィがいない。


「シルフィ!?」

「探しているのはこの子かな?」


足音と共に声の主が姿を現す。

その腕の中には目を閉じてぐったりとしているシルフィがいた。


「シルフィ!」

「……お前、一体何だ?」


今にも飛びついてしまいそうなトルエノを押さえ、コメットが静かに尋ねた。

下手に相手を刺激して、万が一幼い小鳥に何かされては困る。

女性は微笑を浮かべた。

否、目は笑っていないから、正確には笑う振りをした、と言うべきだろう。


「これは失礼。……私の名はアンバー。

ただのしがない魔術師だ」

「シルフィを返してくれ。」

「それはできない。」

「なぜ」

「コメット・ホウプス。そして、トルエノ。

……お前達の絶望する顔に興味があるんだ。」

「っ、私だけで我慢してほしい。シルフィは離してやってくれ、なんでもする」


名前を知られていたこと、そしてその目的。

聞きたいことが多すぎてコメットは言葉を詰まらせるが、どうにかシルフィを助けようと試みた。

しかしアンバーは薄い笑みのまま何も答えずこちらを見ている。

相手はシルフィを気絶させたのか眠らせたのか、ともかく白い小鳥が向こうの腕の中にいる以上逃げるという選択肢もない。

隣にいるトルエノの魔力がはじける音がした。

臨戦態勢だ。

トルエノが一歩を踏み出す。

コメットは慌ててトルエノを止めようと声を上げた。


「とるえ、!……」

「……コメット?」


不自然に途切れた声。

それにトルエノはぴたりと足を止めて振り向く。

そこにいたのはコメットと黒く長い髪をした獣人の少女だった。

獣人の少女がコメットの首筋に刃物を突きつけている。

コメットは中途半端に手を上げた状態で固まっていた。


「……そしてね、トルエノ。」


トルエノはばっと敵の方を向いた。

アンバーはいつの間にやらトルエノのすぐ近くにいる。


「私はお前の師匠にも用がある。」


咄嗟に雷を放とうとして、しかしシルフィを未だ抱えているのを見ればそれを諦めた。

とん、とアンバーの手がトルエノの胸___心臓のある辺りに触れる。

途端に内臓の中をかき回されるような苦痛を感じトルエノは悲鳴を上げた。

この感覚に覚えがある。

それは彼女がエウノイアから習った、ある一つの術の感覚に似ていた。

トルエノはそれから逃れようとしたが、その場に縫い付けられたかのように上手く動けない。


「トルエノ!!おい、やめろ!やめてくれ!!」

「……そう浮き足立つな、ホウプス。

ルシア、夢の中へ案内してやるといい」


軽い音と共にコメットの叫び声が途切れる。

トルエノは涙に歪んだ視界で辛うじてコメットが気絶させられたのを見た。

ずるり。

トルエノの体から力が抜け、糸の切れた操り人形のようにその場に倒れ込む。

彼女に触れていたアンバーの手には一本の剣が握られていた。


「ふむ、中々いい剣じゃないか。

小さくとも雷の騎士の血筋であることに変わりはないということだな」


軽く振れば空気を切る音が耳に届く。

切っ先は鋭い。

影の中を通り、ルシアがコメットを抱えたままアンバーの隣に現れた。


「ふふ……さて、シルフィとコメット、どちらを連れて行こうか____」


ぱちり。

弾ける音。

アンバーが顔を向ける。

それと同時に周囲を強い閃光が貫いた。

___________________________

何が起こったのか、誰もわからない。

ただ、何かが起こったのだということを理解した。

町の中央でいきなり強い雷に似た魔術が天を貫くように放たれたのを見て、あの時シルフィたちと一緒に外に出た群の面々が集まる。

最初にやってきたのはシャーリアとラドネ、ブルーの三人だった。


「トルエノさん!」


ブルーとラドネが倒れ伏したまま動かないトルエノに駆け寄る。

先ほどの雷は恐らく彼女のものだろうと予想がついた。

幸い二人とも治癒術師であったため、トルエノの状態を把握しようとトルエノを助け起こす。

シャーリアはその間、周囲の状況を確認した。

……建物の影に飲まれるようにして人が立っている。

そして、その両手にはシルフィとコメットが抱えられていた。


「……これは困ったね」

「!」


そこで漸くトルエノの状態を診ていた二人が彼女に気づく。

対するアンバーは気だるげな表情のまま小首を傾げた。

さらりと髪がその頬を撫でるが、生憎と両手は塞がっていて鬱陶しげに首を振る。


「きみたちにも興味はあるが、これ以上土産を増やすと……流石につまみ食いレベルを超えてしまうな。

いや、この白い小鳥に手を出した時点でそうなってしまうのかな?」

「……シルフィたちに何をしたんですか」

「何、ただ眠らせただけさ。しんじゃいないよ。」

「返してください」

「断る。連れ帰るつもりなんだ、彼女らは。」


じり、とシャーリアが距離を詰めようとした。

シルフィもコメットも群の仲間だ、連れて行かせるわけにはいかない。

しかし、その瞬間巨大な黒狼がアンバーとシャーリアたちの間に立ち塞がるような形で現れる。


「それにしても、枷を嵌められ私に心臓をとられ……それでも尚一矢報いようとしてくるとは。竜族は強いね。まあ、当たらなかったのは残念だが」

「しん、ぞう?」

「ああ、ただの比ゆだよ。……心を抜き取ったというほうが正しいだろう。

……ふふ、本当に群と言うのは素晴らしいね?

そこで倒れている小娘など、エウノイアを釣る餌に過ぎなかったというのに。」


ぺらぺらとよく口の回ることだ、と。

そこにエウノイアがいたならば言ったかもしれない。

いずれにせよここにエウノイアはおらず、ならば三つ全てを手中に収めた彼女に帰還以外の選択肢はなかった。


「____それでは、諸君。私は屋敷の中で待っているよ。

ごきげんよう。」


ゆっくりと、恭しく。

アンバーは一礼をして見せた。

空気を切り裂く音。

それがアンバーに届くかと思われ、しかし彼女は寸前で歌姫二人と飼い犬を連れて消えた。

スィアツィは構えていた弓を下ろす。

あと一歩、一歩届かなかった。

ぎり、と歯噛みをしてアンバーのいた場所を睨みつける。

遅れてやってきたエンルストがブルーとラドネに加わった。


「トルエノさん、どんなに治癒術をかけても起きなくて、」

「心を抜いたって」

「そう!心臓を取ったって言ってて」


二人の言葉を受けながらエンルストは眉を寄せた。

トルエノは一見して眠っているように見える。

外傷はなく、脈を図れば確かに脈があるが、しかし。

二人の言う通り何か状態異常をかけられているわけでもなく、ただただ眠り続けている。


「……生きては、いる。動かしても問題はない……と思う」


シャーリアが彼女をおぶった。

それでもやはり反応はない。


「……群に戻りましょう。

リーダー達に、知らせないと」


それに異論を唱えるものは誰一人としていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る