Section 1. 出会いと過去と悪夢と

Prologue: 十月のマウンド

 十月のマウンドでは、太陽がジリジリと身を焦がしていく。その日は雲一つない快晴で、体感温度は三十度を優に超え、とても秋とは思えない残暑だった。高崎祐司たかさきゆうじは肩で息をしながら、グラブをはめた左腕で額の汗をぬぐう。


 県大会の準決勝戦、一点リードの九回表でワンアウト一、三塁という場面。バッターは今日二安打を打たれている三番打者。

 手堅くスクイズで来るか、強気で打ちに来るか。キャッチャーののぞむも迷っているようだった。低めの変化球で外すか、高めの直球で押し切るか。


 出されたサインは、内角高め、自慢のストレートだった。


 一つ頷き、セットポジションの構えに入った瞬間、ふと脳裏をよぎった。


 今日勝てば、春の甲子園が見えてくるんだ。


 祐司の心臓が早鐘を打ち始める。甲子園、自分の夢への第一歩。


 投球動作に入っても、ランナーはスタートを切らない。打てるもんなら打ってみろ!


 疲労で手元が狂い、百四十キロを超える直球が指示より少し低く投げ込まれる。相手はそれを見逃さず鋭くバットを振り抜く。


 打ち返されたボールは弾丸ライナーで祐司の方へ飛んでいき、


 え?


 コンマ数秒、何が起こったのかわからなかった。目の前で落下していくボールを見ながら、祐司の意識は徐々に回復していく。

 前方へと体が傾げ、膝から地面へと崩れ落ちた瞬間、右肘に激痛が走って彼は悲痛な叫びを上げた。


「うわああああっ!」



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