青春群像劇オムニバスシリーズ

華也(カヤ)

第1話 『智宏と明宏』

【青春群像劇オムニバスシリーズ】


『智宏と明宏』


華也(カヤ)



「…雨だな…」

「雨だねえ〜」

そう教室の窓から外を見た時に私の目に映ったのは、見慣れた色鮮やかな街並みが全て灰色とかしていた。雨が降っているので、必然的に太陽は隠れる。

私の風景は、灰色一色。

雲も空も街並みも、なんなら空気もそう見えてしまう。

それ故に、思わず呟いてしまった現状の一言。明(あき)が反射的になんとなしの返答をしているのはわかった。

私も別に何か感想を求めたわけではなく、見たものを、ありのまま言っただけだ。

「これで何日目?」

灰色の景色を見ながら、今度は返答を求めるように明に向けて放った。

「なにが?」

いや、話の流れ的に雨の事でしょう。何を聞いていたんだ?さっき返答したじゃん。と、一応はつっこむのだか、明は「オレ、なんか返事返したっけ?」と言う。

ああ、本当に脊髄反射的に出た言葉で、意識は無かったのだな。

なら、改めて問おう。

「雨、何日連続だっけ?」

そう改めて私の後ろの席にいる明に、今度はキチンと体と顔を向けて言葉を吐く。さっきは、背を向いてたから、まあ私が悪いか。

私が見ているのを机に肘をつきながらスマホを怠そうに弄っている視線が、一瞬こちらを確認するように動いて元に戻り、考えているそぶりなのか「う〜ん……」と喉を鳴らしている。

私の予想では、明はちゃんと考えてはいない。怠そうな声とは裏腹に、スマホを操作する指の速さが見合ってないのが、ちょっと面白い。

「わかんね」

30秒ほど唸って考えたそぶりをした後の答えがこれだ。もっとわからないなら早く出せ。そして続けて言う

「なんかさ、感覚的には、1ヶ月くらい降ってない?雨」

いや、それは感覚的にはだろ?本当に1ヶ月連続で降っていたら、川は氾濫。山は土砂崩れ。作物の収穫に影響が出て、野菜の値段高騰ってワイドショーで連日放送する事になるでしょ。なんなら、休校になる可能性もある。わからないでもないけどさ。

「確かに、その感覚的はわかるけど、それはない」

そう訂正して、私はポケットから、スマホを取り出す。

1週間の天気を見返して、ああ3日連続か。

確かに4日前…日曜は晴れてたな。日曜は何をしてた?確か勉強をしようとしたが、身が入らずに、ダラダラとテレビを見て昼寝をしての繰り返しだった気がする。

そして、これから今日以降の天気予報もチェックしつつ、

「3日連続だな」

「何が?」

「だから、雨が降っているの」

「…はあ〜〜」と溜息を混じらせ、私の方に視線を再度送り、明は少しだけちゃんとした口調で言う。

「智(とも)、お前の話、主語が無くて分かりづらい」

正論をズバリと言われた昼休みだった。


───────


明との出会いは1年生の初日、クラスでの自己紹介だった。

『佐藤明宏です!好きな事はYouTubeの動画漁り!部活はサッカー部に入ろうと思ってます!よろしくお願いします!』

そんな自己紹介だった気がする。

髪の毛の色は今の茶髪とは違い、真っ黒。ネクタイもきっちりして、身長が175とスラっとした、でも筋肉がしっかりついている体。

きっと、中学もサッカー部だったのだろう。

パッチリ二重の、端整な顔立ち。女子ウケしそうな顔だなあと思った。

今、目の前にいる怠そうな顔つきとは別の生き物だった。ハキハキとして、フレッシュさがあった。まあ、それは私もだろうけど。

私の自己紹介も当たり障りもない事を言った気がする。

『佐藤智宏です!趣味は音楽鑑賞と読書。軽音部と文芸部に入ろうと思ってます!よろしくお願いします!』

確かに、こんな事を言った気がする。

私もこの時は黒髪。今は茶髪だけど。軽音部と文芸部って両極端って思われるかもしれないけど、この学校は部活の掛け持ちはokだと事前の学校説明会で聞いていた。

中学の時は軽音部。パートはギターボーカル。そんなに上手くないけど、弾くのも歌うのも大好きだった。

文芸部は、興味があった。

本を読んだり、物語を作るのが好きだったから、入りたいと思っていた。中学の時は掛け持ちは禁止されていたので、軽音部の練習のない日は、文芸部にお邪魔して、本を読んだり、先輩や同級生、後輩たちと、小説を書いたり、充実した中学生活を送っていた。

この高校に進学したのは私だけだった。知り合いゼロの不安と緊張でいっぱいだった初日。

その後だった。一通り自己紹介が終わった後、明日からよろしくと担任の影山が言い終わり、初日を終えた。

その瞬間、急に後ろを振り向いたのが佐藤明宏、通称・明とのファーストコンタクトだった。

「君も佐藤なんだね!同じじゃん!しかも名前も似てるし(笑)あ、俺、佐藤明宏っていうから、佐藤…は被るから、明でいいよ!」

この明の声かけで、いろいろ和らいだ。

「俺も同じこと思ってた!同じ苗字で

名前も似てるって!俺の事は智でいいよ!よろしく!」

嬉しかったのを覚えている。

とてもとても嬉しかった。

「こっちこそよろしくね智!」

「よろしく明!」

ここから、この佐藤明宏との長い腐れ縁学園生活の始まりだった。

今にして思えば、この瞬間に一生の親友を手に入れたのだと思える。

そんな桜満開の1年生の春だった。


───────


「俺、梅雨って一番嫌いなんだよね」

学校が終わり、私の部屋で宿題をする明が唐突に言う。

「なんで?」とテーブルに置いてある教科書とノートから目を逸らさずに、声だけ向ける。

「だって、雨ばっかでうざいじゃん!しかも一番嫌なのが湿気な!暑いし、蒸し蒸しするし、もうすっごい不快指数上昇するんだよ」

梅雨が嫌いな理由が全て詰め込まれていた。

「まあ、そうね」

と、ノートから目を逸らさずに応える。

「智も嫌じゃねえの梅雨?あれ、俺はよくわからないけど、ギターとか楽器って、湿気はあまりよくないんじゃないの?」

そう私の部屋にあるギターを指差しながら訴えてくる。

中学2年生の時に、貯めたお年玉と、親から前借りしたお小遣い、兄に頭を下げて足りない分を援助してもらって、ようやく買えた、マイギター。レスポール。好きなアーティストが使っていたから、同じカラーを探して、予算の範囲で買った大切なブラックカラーのギター。

それを指差しながら、梅雨の湿気が如何に嫌かを訴えてくる明。

「俺はちゃんとメンテしてるから大丈夫だよ〜」

頑なにノートからは目を逸らさない。

「なっ!?智はもっとズボラだと思っていたのに、その辺しっかりしてるんかーい!」

「いいから、早く宿題終わらせるぞ」

明を諭し、明日の3限目までに提出の英語の宿題を処理していく。

「なあ智?英語って勉強する意味あると思う?俺ら日本人なのに…」

宿題から逃避したい故の疑問だろう。つか、私の答えを写すだけで、明は全然自分でやってねえじゃねえか!とツッコミを入れつつも、

「兄貴から聞いたんだけどさ、英語って、究極できなくても困らないってさ」

一瞬で、顔の表情が明るくなった明。

今日の晩ご飯はハンバーグだよと母親から伝えられた時の子供みたい。

「!!だろ!!さすが智の兄ちゃん!わかってるぅ〜」

私は続けて言う。

「でも、最低限のを読めたり、片言でも喋れたりした方が、いろんな場面で役に立つってさ。ほら、学校教育の英語は、あんまり実用的じゃないけど、一応は必要単語って教えてはくれるじゃん?書けはしなくてもいいから、読めた方がいい。リスニングできなくてもいいから、片言で喋れた方がいいって兄貴は言ってたよ」

「智兄ちゃん…」

表情が曇る明。うちの兄貴の尊敬が10秒くらいしか保たなかった。

「それにほら、大学ではもっと使う機会が増えるって言うじゃん?なら、今のうちに詰め込めるだけ詰め込めばいいんじゃない?」

「…大学ねえ……」

右手でペン回しをしながら、怪訝そうな顔をしている。

つか、思うんだけど、そのペン回しってどうやってるの?

「智は大学決めた?」

ペンを回しながら聞いてくる。だから、そのペン回しはどういう原理で回ってるのだ?

「一応は候補は固まってきたよ。学校の雰囲気と、サークルの活動が充実してるか、あとはアクセスの良さで。一応はオープンキャンパスにもちょこちょこ行ってたし」

「ええ?オープンキャンパス行ってたん?誘えよ!!」

「いや、声かけたけど、最後の大会に向けて練習あるから無理って言ったのお前じゃん」

「…そういうのは、内容を先に教えろよ…。ただ、明日は暇か?って聞かれたら普通は暇じゃねえって言うだろ」

いや、暇じゃねえとは必ずしも言わないけど、なんかごめんなと一応謝ってみる。

「将来何になりたいかなんて決まってねえよ。智は何になるか、なりたいか決まってるの?」

動かし続けてた右手のペンを止め

「一応は」

「えっ?マジ?なになに?

本当に興味があるようで、興味深そうな眼差しを向けられる。

「一応は、出版社希望。それと、小説を投稿して、できれば作家になりたいとも思ってる」

一応、自分の将来の進路と、本当の夢も添えて提示する。

「マジで?音楽は?」

「それは趣味で」

「なんでなんで?智、すっごい頑張ってたじゃん。ライブハウスとかにも出てたじゃん。俺はてっきりミュージシャンになるのかと…」

明は軽音部にいる人間はみんなミュージシャンを志すと偏見を持ってるみたい。でも現実は違う。部の8割は趣味でやっている。2割はミュージシャンを志してる人もいるけどさ。

私は音楽は大好きだけど、ミュージシャンという職業を目指したら、音楽が嫌いになりそうで恐い。

それに、業界が甘くない事は、今の時代ネットで情報収集すればわかる事。ミュージシャンになるなんて、ただのドリーマーだ。と私は思ってしまっている。

そういう風に思ってしまっている時点で、私はなれないのだと自覚した。

物書きは好きだった。

軽音部でも、歌詞を書いたり、文芸部でも小説を書いたりしていた。

だから、これからもそれは続けたい。

だからこれを夢にした。

そして、現実的な将来の就職は、するのであれば出版社が興味があったから、それを視野に入れて進学も勉強もしていこうと3年に上がってから決めた。

「勿論、趣味で続けるよ?でもミュージシャンは目指さない。ただそれだけのことだよ」

「そっかあ〜」

どこかしら残念そうに見えるのは私だけなのかな?

「智の歌、結構好きなのになあ。惜しいなあ」

…そういう事を面と向かって言っちゃうのが明なんだよな。恥ずかしいな。でも嬉しいよ。

恥ずかしさを隠すために、明に進路の話を振る。

「明だって、サッカーやってんだから、大学でもやって、プロ目指せばいいのに?」

「プロ?無理無理(苦笑)俺よりも上手い人間なんて腐るほどいるのに。サッカーは趣味。大学でもサッカーやりたいし、社会人サッカーもやるつもりだけど、プロはないない!」

「それと同じだよ。俺がミュージシャンを目指さない理由」

「?」

「俺より上手い人間なんていっぱいいる。それを蹴散らしててっぺん取れるほど、俺は才能に溢れてるわけじゃない。高3にもなると、物事を本格的に現実的に考えるんだよ。その辺は明と同じ」

なるほどと言う顔をする明。

「でも、やりたい事がないのに進学するのかあ〜」

「やりたい事が無いからこそ進学するんじゃないの?大学生活なんて最低でも4年はあるんだから、その間にやりたい事が見つかるかもしれないし、大体今の時代、やりたい事を見据えて進学してる人の方が少ないだろ」

そんなもんか。と納得してるんだかしてないんだか、明は腕を組んで考え込んでいる。

「って、兄貴が言ってた」

「智の兄貴すげえな!俺の兄貴になってほしいわ」

そんな冗談でケラケラ笑う明。

俺は、お前とこうやって普通にしてるだけで、きっと人生楽しいと思うけどな。ま、これは言わないけど。

「ま、将来の事なんて、誰にもわからないって事…」

「ん?智、どうしたん?」

雨が降っていたので締め切っていたカーテンの隙間から光がさしていた。

私は立ち上がって窓を開けた。明も釣られるように立ち上がって、私の後ろに立つ。

カーテンを開けると、雨は上がって、太陽の陽が差していた。

「おっ!雨上がってんじゃん!」

「だな!」

そう言い合せた時、明が「おお!!」と何かを見つけたような驚いた声を上げる。

「なんだよ急に大声で」

耳元でうるさいなあっと言いながら、明が見る方向へ視線をやる。

そこには虹が架かっていた。

「おお!雨上がりの虹だ!綺麗だな!テンション上がるな!こう見ると、梅雨の雨も悪くねえな!!」

「今日、梅雨がー、雨がーって文句垂れてたのはどこのどいつだ?」

さあね?と笑いながら、明は「さあーて、将来よりも目の前の宿題頑張るか!」と私の部屋のテーブルに戻る明。

「お前は俺の写すだけだろうが」

とツッコミつつ、晴れた日の光が入るように、カーテンを開けっぱなしにして、テーブルに戻り宿題と睨めっこ再開。

心の中で思っていた事を思わず口に出す。

「俺たちの未来も、今日みたいに曇って、雨が降ったり、急に晴れたり、虹が架かったり、その繰り返しなんだろうな…」

……我ながら、歌詞や小説に書きそうな言葉を並べてしまって後悔した。

なぜなら、臭い台詞を言った私に対して、明が目の前で腹を抱えて笑っているからだ。


───────


でも、思うよ。

こんな毎日が続けばいいなって。





END




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