第13話 貴方と私【後編】



「それで、実際問題団長さんを責めてどうしたいんですか、その人たちは」

「……頭の痛い事ですが、自分たちの息の掛かった者を騎士団長の座に付けようとしているんです」

「は? そんなの無理に決まってますよね? だって、団長さんが辞めても副団長さんが……」

「ええ、しかし少なくとも駒は進められる。今の小隊長四人は皆男爵、子爵家の者ばかりなのです。そこに無理矢理爵位の高い者を詰め込み、色々文句を付けて副団長の地位に据えるつもりでしょう。……そうなれば少なくとも今よりよほど奴らはやり易くなります。……リュカはこの国で最も爵位が高い唯一の『公爵家』の者です。彼を団長の座から引きずり下ろすのは簡単ではないですが……」

「…………。…………?」

「?」

「ええと、公爵家は爵位が最も高いんですよ。王家に次ぐ位置とお考えください」

「え……ええええ!?」


 爵位とか分からない。

 と、親娘の顔にありあり出ていたのだろう。

 ハーレンが「まずはそこからかー」という顔で説明してくれた。

 爵位は下から子爵、男爵、伯爵、侯爵……そして、一番偉くて権威があるのが公爵家。

 男爵の爵位は個人に与えられるもので、時に伯爵の爵位で侯爵に匹敵する権威を持つ家も現れるそうだが公爵家とはその揺るがぬ権威を意味する爵位である、と。

 リュカとメイリアが貴族だとは聞いていたが、よもやそれほど偉い人たちだったなんて思うわけがない。


(普段あんななのに〜〜〜〜〜!?)


 お洗濯をしてお掃除をして。

 書類仕事をして、野菜を収穫してきて。

 そんな二人が、この国で一番偉い公爵家!

 衝撃的すぎて思わず天を仰いだ。


「じゃあ大丈夫なの?」

「え? えーと?」

「そう簡単にはいかない、という認識でいて頂ければ結構ですよ。……もしアユミ様が亡くなっていれば……さすがに、とは思いますが……リュカが側にいてそんな事はありえない」

「っ」


 ハーレンの真剣な表情と、そのはっきりとした物言いにどきりとした。

 そうだ、と歩美の心がすぐさまそれに同意をしたのだ。

 倒れる寸前、リュカの姿、その声。

 それだけで、心のどこかに『希望』を抱いた。

 安堵を覚えた。

 彼が来てくれたからもう大丈夫。

 そんな風に思えた。

 とくん、とくん、と胸が温かくなっていく。

 その感覚に戸惑った。


「………………。ん? そういえば、お二人はお部屋から誰を共に付けて来られたのですか?」

「「え?」」

「今日の担当はジインとルカだったはず、ですよね? 二人は……」

「? あれ、そういえば、私今日騎士を一人も見てません……?」

「え?」


 ギョッとしたハーレン。

 歩美も思い返してみたが、歩美が目を覚ましてから、騎士は一人も見ていない。

 恐る恐る、真美を見る。

 真美が思い切り顔を背けた。


「ま、真美! あんたなにかしたの!?」

「わたし悪くないもん。ジインがわたしの事へちゃむくれって言うから、ジインの聖霊に反省するまで迷子にさせちゃえって言っただけだし」

「「は、はあ!?」」

「でもルカさんは知らない。アリアナさんと一緒にいるのは見かけたけど、それは野暮だと思ったし」

「「……………………」」


 アリアナとは、歩美たちを世話しているメイドの一人。

 それを言われると察してしまうのが大人というものであるし、まさか真美にまでそれを察されていたとなるとハーレンも頭を抱えるしかないだろう。


「職務を放り出して……」

「…………。ま、まあ、なんにしても、あの、まずは団長さんに戻って来てもらえないでしょうか? お礼も言いたいですし……」

「! でしたら今すぐに迎えに参りましょう!」

「え?」

「出来れば、聖女様にもご助力願いたい!」

「わたし? ……うん、別にいいよ。わたしもお母さん助けてくれてありがとうって言いたいし」

「! 真美……」


 頷いたハーレンと一緒に詰め所から出ると、騎士たちがどこか心配そうな表情で歩美たちを眺めていた。

 歩美にはもうみんな顔を見知った同僚のような存在だ。

 彼らに頷いて見せ、城内へと戻る。

 赤い絨毯の続く廊下を進み、一階の端まで来ると左の扉をハーレンがノックした。

 両脇には騎士ではなく兵士。

 見慣れない顔に、歩美は理解する。

 自称『革新派』の私兵だろう。


(……まさか、この私兵から騎士団に人を入れているの?)


 明らかに鍛えているとは思えない細腕。

 安っぽい鎧や武器。

 こんな奴らに真美を任せる事になるとすれば、それは『無理』だ。

 不安でしない。


「失礼します。聖女様とアユミ様をお連れしました」

『!?』


 扉の奥から騒付く気配。

 ハーレンは返事を待たずに扉を開く。

 大きな会議室のような場所に、複数の男。

 右側の壁の方に、リュカが一人立たされていた。

 歩美の顔を見ると一瞬驚いたが、すぐに安堵の表情を浮かべる。

 その表情に、胸がきゅう、と苦しくなった。


「団長さん……あ、ありがとうございました!」


 それを押し込めるように、リュカへと駆け寄った。

 そして、頭を下げる。

 また驚いた顔をしたリュカ。

 歩美は、顔を上げてその顔を見付めた。

 彼がいなければ、自分は死んでいたのだと改めて思う。

 この人がいなければ——。


「いえ、俺は……貴女を危険に晒して……」

「違います! 助けてくれました! 団長さんがいなければ……貴方が助けてくれなければ、私はここにはいなかった。だから……本当にありがとう。貴方は私の、命の恩人です……」

「……アユミ……様……」


 緑色の瞳が淡い色合いを滲ませる。

 その美しい瞳に、そのまま吸い込まれてしまいたい。

 一瞬だけ苦しげな表情をしたリュカは、首を横に振り、そして微笑んでくれた。


「! リュカ……さん」


 その場でリュカは膝を折る。

 そして、歩美の左手を取ると柔らかな笑顔で見上げてきた。

 胸が高鳴る。


「アユミ様。そのようなお言葉を頂けるとはありがたき幸せ。このリュカ・ジェーロン……至上の喜びにございます」

「っ」

「……どうかこの先も貴女をお守りする事をこのリュカにお望みください。貴女が望んでくれるなら、私は命続く限り貴女を守ります」

「……え、あ……」


 まるでプロポーズではないか。

 顔がどんどん熱くなる。


(そんな! 急に! え、ええええぇ!)


 あたふたしているとリュカが小さな声で「話を合わせてくれ」と歩美に囁く。

 それにハッとした。

 今、歩美の後ろにはなにやら偉そうなおじさんたちがずらりと並び、忌ま忌ましそうな顔をしてこちらを見ている。

 恐らくあのおじさんたちが自称『革新派』なのだろう。

 リュカを引きずり降りそうと、詰問していたのだと容易く想像が出来た。


「! ……もちろんです。引き続き、よろしくお願いします」


 思い至り、冷静になった歩美はどこか残念なような安堵したような気持ちのまま頷いた。

 それにリュカは微笑む。

 今までで一番、嬉しそうな笑顔に見えた。


(……リュカさん……)


 本当に嬉しい時の笑顔だ。

 目を細める。

 歩美の心も高揚していく。

 この人にこれからも守ってもらえるのだ。

 これからも、毎日、これまで通り——。


「くっ! もうよいわ!」

「!」


 憎々しいとばかりに突然叫び、出て行く茶髪の男。

 それを振り返り、見送ってからリュカが立ち上がる。

 他のおじさんたちも、男に付いて部屋から出て行った。


「助かったよ」

「え? いや、こっちこ、そ……」


 背の高い彼に柔らかな笑顔で見下ろされて、恥ずかしさに目を下に逸らす。

 ては握られたまま。


「!」

「あ、ああ、すまない」


 その視線に気が付いたのか、リュカも慌てて手を離す。

 顔を逸らし、歩美は自分の左手を胸に抱いた。

 リュカの温もりがまだ、強く残る左手。

 右手を重ねても、その感触がありありと思い出せた。

 心臓の脈動が手に伝わる。

 普段とは違い早鐘のように鳴り響いていた。

 顔も、暑い。


「…………」

「…………」

「…………、……こほん! 団長、いいだろうか?」

「! お、あ、ああ! ハーレン、わざわざすまなかったな」

「いや。アユミ様も、ご協力ありがとうございました。おかげで団長はもう大丈夫でしょう」

「え! あ! は、は、はははい!」

「…………」


 にこり、とハーレンに絶妙な笑顔を浮かべていた。

 真美も入口の横で微妙な表情。

 なぜか顔を合わせられない。

 リュカは頭を掻きながら、ハーレンと彼らに言われた言葉などを話している。

 歩美は自分の頰に触れた。


(あつい……)


 その夜。

 お風呂に入ったあと、真美と一緒にベッドへ入る。

 この部屋のベッドもコールの聖霊術で太陽の香りがたっぷりだ。

 あのあと、メイリアにもお礼とお詫びを言いに行き、また「明日手伝いに来てくれる?」と不安げに聞かれた。

 もちろん、と返事をした歩美は、また必要としてもらえる事が心から嬉しいと思う。


「お母さん」

「ん?」

「団長さんかっこよくて優しくて強いし、わたしは反対しないよ」

「…………っん!?」

「おやすみ!」

「っ!? ちょ、真美!?」

「おーやーすーみー」

「…………〜〜〜〜っ!」



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