第四十六話


 フォームランドの首都であるレーゲンスファル。

 水の都とも呼ばれ、芸術的な王宮の造りと魔法によって景観によく映えるように設計された噴水が有名な場所であり、それらを目的にこの首都へ訪れる者も多い。

 フォームランド自体も実に肥沃な土地が多く、農耕面などにおいても充実しており国力も高い。

 そんなフォームランドだが悩みの種も多い。

 一つは肥沃であるがゆえに魔物もまたその恩恵を受け、強力な個体が発生しやすかったり繁殖が早いという事。

 たださえ厄介な魔物が増えやすい環境というのは襲われやすい人間からすれば厄介な事このうえない。

 どれだけ間引こうとしても間に合わないのが現状である。

 それが冒険者達の飯の種にもなるので冒険者からすればいなくなられるほうが困る話ではある。


 もう一つが隣国との微妙な関係である。

 以前から国境付近で小さな小競り合いを繰り返していたが、彼の国に強大な力を持った使い魔を従える者が現れたという事で敵情視察と可能なら戦力を削るという目的で魔族に魔物を唆せてレムナントを襲わせるも失敗。

 更には送り出した部隊の者達は帰還せず、恐らく気取られて消されただろうという判断が下されていた。

 フォームランドの王は良くも悪くも凡庸な男だった。

 そんな彼は虎の尾を踏んでしまったのではと怯え、とある掟破りともいうべき行動に出る。

 首都レーゲンスファルを拠点にしている『最強』と目されている冒険者にその魔法使いと使い魔の暗殺を依頼したのだった。


 最強の冒険者。通称”死神”と呼ばれる男。

 多くの魔物を殺し、多くの人を殺し、たとえ味方であろうと邪魔なら見捨てる慈悲の欠片もなく利用できるものは何でも利用すると言われている。

 

 彼の名はリーグ・ゲッテンシュタイン。


 

 レムナントを魔物たちが襲撃してから一ヶ月後。彼はレムナント入りを果たす。



 

 

 魔物の襲撃から約一ヶ月。

 襲撃による被害もほとんどなくすぐに平和な日常を取り戻していた。

 むしろ襲撃のために人口が減少すると見込まれていたレムナントは、英雄であるリリアを一目見ようという者達や商才ある者達がこれを機に手を広げ英雄効果で儲けようと企み人口増加の一途を辿っていた。


 その為区画整理などを行いレムナントはたった一ヶ月の間に規模を広げ始めていた。


 そんな事を知ってはいてもあえて関わらないようにしている当の本人は現在学園でしっかりとお勉強中である。

 今まで妙な忙しさもあって碌に講義を受ける事が出来ていなかったが、忙しさもひと段落し静かな学園生活を満喫しているのである。



 「ふはぁぁぁぁ……。 先生の御話を聞くのがこんなに楽だなんて思わなかったなぁ」


 「昔のリリアに今の台詞を聞かせてあげたいな」


 「あの頃はほら……私も何もないっていうのが幸せだなんて知らなかったんだよぉ」


 本日最後の講義を終えたリリアは大きく息を吐き机に顔を乗せてだらけ始める。

 机に顔を載せてだらけきっているリリアを見てエルレイアがおかしそうに言葉をかける。

 そのだらけ具合は中々に見事なもので頬のまるで頬の筋肉が無くなったのではという程にふやけきった表情をしており、もしここにゼクトがいたならばその頬を引っ張って遊んでいた事だろう。


 「最近はやっと落ち着いてきたみたいだな。 一時期は酷かったな」


 「本当だよ。 魔物を倒してほしいなんかの依頼はまだ良いんだけど、学園とかギルドに求婚の依頼とか出す人もいるし……。 あ、思い出したらまた気疲れしちゃう……」


 「まぁ友人が有名になると私も鼻が高いものだ。 しかし求婚か……」


 「え、そこに反応するってエルちゃんもまさか!?」


 求婚という言葉に意味深な反応を示すエルレイアにリリアの女の子センサーが発動する。

 自分が聞くと鬱陶しい話だが、他人の話だと目を輝かせるあたり女子らしいともいえる。


 「あぁ……いや。 私の姉の話だが手紙が来てな。 ……好きな相手が出来たらしいのだが、既に求婚する気でいるようでな。 いきなりは止めておいたほうが良いと返事を書いたが、それが届くまでの間に事が進んでいそうで心配なんだ」


 「え!? 告白とかじゃなくていきなり求婚!? というかエルちゃんにお姉ちゃんいたんだ!?」


 「ん? 何を言っている? リリアは既に姉に会っているぞ」


 「うそ!? え、誰だろう……」


 予想外の言葉に今までの事を思い出そうとするリリア。

 しかし、思った以上に色々な事がありすぎて相当に印象の強い人しか彼女の脳内には浮かんでこない。


 「王都で会っていると聞いたぞ? エレインという名前で、王の身辺警護をする程の実力者なのだが……」


 「え、エレインさん!? お姉さんっていう事にも驚いたけど、それ以上にあの人が誰に求婚したの!? そっちの方が気になる!」


 「あ、あぁ。 なんでも最近出来た肉料理専門の店で働いている男性らしくてな。 詳しくは知らないが、どうやら本気らしい」


 「うわぁぁぁ。 ……最近出来た肉料理の店ってあそこしか浮かばない……。 相手が誰か分からないけど、幸せになれるといいね」


 リリアはふとゼクトプロデュースの肉料理専門店『銀のサルヴァトーレ』を思い出す。

 ゼクトが持ち出したこちらでは扱っていないような調味料を使用する事で他店よりもかなりのアドバンテージを有する店で、店員が自前で材料を入手するため非常に安価で質の良い料理を提供する店として名を広めている。

 その店の店員と言えば大半が見た目は危ない系の人だ。

 リリアの知るエレインの性格ではあの店の店員に求婚どころか関わる事すら嫌がりそうだと想像してしまっていた。


 「ああ。 ……そういえば最近ゼクト殿を見かけないが宝玉の中なのか?」


 「うん。 何でも試してみたい事があるって言って二日ほどいないって」


 「それは使い魔としてどうなんだ?」


 「ミソラさんにアカネさんもいるからね。 ……でも確かにゼクトさんがいないって思うと寂しいなぁ」


 リリアは少しだけ寂しそうな表情でそう話す。

 そんなリリアのゼクトという名前を呼ぶ時の声質でエルレイアはリリアがどれだけゼクトに心惹かれているのかを察する。

 それと同時にそんなリリアを放っているゼクトに対しやや腹立たしさを覚える。


 (まったく……大切な主人にこんな想いをさせるとは罪作りな使い魔だな)


 この場にいないゼクトに対しちょっとした嫌味の念を飛ばしてみる。

 効果はないだろうが少し痛い思いでもすればいいとエルレイアは内心思っていた。


 「折角だ。 一緒に帰るか?」


 「そうだね! 一緒に帰ろう!」


 二人はお互いの近況や他愛ない話に花を咲かせながら帰路につくのだった。







 

 

 どうも、絶賛勉強中のゼクトさんだ。

 現在とある確認を行うためにレムナントから少し離れた場所にある、魔物多く棲息していると言われている森に来ている。

 最初はそんなにいないと思っていたが、蟻型の魔物が気持ち悪い程に多くいた。

 体長が一メートル近くある大きな蟻で、その顎に掴まれたならば人間の胴体なんて一発で両断されそうだ。


 だけどもまぁ今回のお試しには丁度良かった。


 「よっしゃ。 かかっておいで」


 そこそこに美味しそうと思ってくれたのか、蟻達は視界に入った途端に一斉に襲いかかってきた。

 蟻の顎がこちらを挟もうとした瞬間に回避を行う。


 ジャストタイミングで回避を行うと無敵時間が発生するのがリベラルファンタジアで当たり前だったが、この世界でもそれが適用されるのは割と早い段階で確認していた。


 今日はそれの更に先の確認だ。


 このジャストタイミングでの回避による無敵時間はだいたい一秒程度ある。

 その後にカウンタースキルを放つとジャスト回避ボーナスで、周囲に広範囲の一閃を叩きこむ事が出来る。

 

 以前は近くに人がいたので巻き込むため実践しなかったが、今さらではあるがやはり自分のスキルは確認しておく必要がある。


 向かってくる蟻の顎を避け、回避が成功した時の特有の感触を感じた瞬間に抜刀し、スキルが発動したことがわかる。

 振るわれる刀が何の抵抗もなく蟻の固い外皮に入り込みそのまま頭を真横に切り裂く。


 蟻達は仲間の死も意に介さず次々とこちらに向かって殺到してきている。


 「これが数の暴力の厄介な所だよな」 


 次々と襲い掛かってくる蟻達。

 普通に考えたら死亡コースまっしぐらだな。

 向かってくる顎のすべてをしっかりと避け、なるべく多くの敵を巻き込むようにカウンターを発動させていく。

 一閃するだけで数多の蟻が両断されていく光景は中々に爽快な手ごたえと、グロテスクな光景を見せてくる。

 周囲には蟻の体液がぶちまけられているため臭い。

 正直そこらへんは全く考えていなかった。

 

 しっかりとカウンターを決めつつ燃やしながら周囲を焼いて環境汚染に配慮する事十数分。

 やっとの事で蟻さんの数も底をついたらしく、一際大きな蟻と女王蟻のような羽の生えた蟻が出てきた。

 女王蟻のほうは腹部が大きく、妙にてかてかと光っている。きもい。



 「これで打ち止めかな?」


 一際大きな蟻は顎をガチガチと鳴らしながら顔を持ち上げる。

 今までのやつと違う行動なので様子を見ていると、唐突に変態を始めた。


 別にストリップショーを始めたとか奇行に走ったわけじゃないからな?

 ……蟻のストリップショーってどんなだよと自分に突っ込んでしまいたくなるな。


 なんと目の前の蟻がぐちょぐちょと骨格が変化し、ヒト型に変わっていった。

 女王蟻も同じくだ。

 正直最高に気持ち悪い。

 フォルムはヒト型だけど蟻さんだからな。

 顔も蟻さんだし腕や足も節が普通にある。


 結論、きもい。


 『ギギギギギギギギ』


 『ギギギ。 ギギギギギ』



 んむ。何を言ってるのか全く分からんが命乞いをしているような気がする。

 何かを訴えているようだが。

 

 さてどうしようかと悩んでいると女王蟻っぽい奴が何かを差し出してきた。

 みた感じ琥珀のようにも見える。

 これが卵とかだったら笑えんな。


 「正直こんなの渡されてもなぁ。 まぁここからかなり離れた所に行くなら見逃さない事もないぞ? って言っても通じないか」


 『ギギギ。 ならば私達はここより離れます! なのでどうか見逃して頂きたい!』


 「え、喋れるの?」


 ギギギとか言ってたから喋れないかと思ってたら普通に話しかけてきおった。

 最初から喋れと言いたいですはい。


 『いえ、とてもヒトの動きではなかったので、きっと別のナニかだと判断しておりまして。 ヒトの言葉を話せるのですね』


 「……悪気はないんだろうけどちょっとイラっくるな。 まぁいいや。 逃げるならさっさと行け。 あぁいやその前にこれなに?」


 何か分からない物を渡されても困るからな。


 『これは我々の秘宝です。 ヒトはこれを目的に我々を狩りますが、貴方は違うのですか?』


 秘宝ねぇ。この蟻達を狙ってまで手に入れたい秘宝とは一体何なのか。

 一度ホームのアイテムボックスにぶち込めばフレーバーテキストというかアイテムの内容が見れるし、いちど確認しておくか。

 

 ……しかし、違うのですかとか聞かれると困るな。

 ただ実験のために来ただけでそのついでに全滅させましたとか言ったら怒るよな。

 ……うむ、適当に嘘でもつくか。


 「この辺りで魔物が徘徊しているから調査してほしいという依頼があってな。 その調査に来たらお前達が襲ってきたから返り討ちにしたんだが……。 その魔物ってのはお前達か?」


 『ギギギギギギ。 手を先に出したのは我々なのですが、それで全滅寸前にされるのも些か辛い。 我々はあまり地表にはいないので我々である可能性は低いでしょうが』


 嘘だからな。

 しかしこいつら地下で暮らしてんのか。

 餌とかいったい何を食べているのか。案外地下に深く穴を掘ったらこいつらの集落に遭遇したりするんじゃなかろうかと思ってみたり。


 「そうか。 まぁ俺も殺されるわけにはいかないからな。 今度はもっと人里離れた場所で暮らせ」


 『ギギ。 その前に聞きたい。 今まで五百年は生きているがヒトには負けた事が一度もなかった。 ヒトも我々には極力関わらないようにしていた為、昨今は争う事はなかったが今のヒトはこれほどまでに強いのか?』


 一際大きかった蟻さんはそういって何やら考えている風……に見えなくもない動きで尋ねてきた。

 五百年負けなしってそれもそれですごいな。 

 それってもはや伝説級の魔物っぽさそうだけど。


 「……そうだなぁ。 ヒトも強くなりつつはあるな」


 『ギギギギ。 ……我らの怠慢であったか。 次こそは負けぬように精進しよう』


 「あ、あぁ。 頑張れ!」


 去っていく二匹の蟻を見て思う。

 別に蟻を殺した事自体には何の気負いもないが、家族ともいえる仲間をあれだけ虐殺されてあの態度はちょっと怖いっす。

 キレて襲いかかってきてくれたほうがまだ安心出来るんだが。

 精神構造の違いとでもいうべきか。

 個の意思よりも種を存続させるための本能が強いのかな?


 まぁいい実験台になってくれたんだし、一応感謝しておこう。

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