第三十八話
王都を発ち五日。
実に穏やかな雰囲気のなかレムナントに向けて俺とリリアの二人でのんびりと歩いている。
時折魔物が出現するも、だいたい二秒で片がつくので通行の邪魔にもならない。
「……暇だな」
「何言ってるんですかゼクトさん。 平和が一番です。 そんな事言ってると本当に面倒事が舞い込んできますよ」
「ミソラとアカネはホームに引きこもって何かしてるし、エイワスはお姫様が貸してほしいとか言って貸してるからおもちゃ……じゃなくてからかう相手がいなくて」
「本音混ざってますよ……。 今は二人きりなんですし、のんびりしましょう」
「そうだな。 リリアをからかって遊ぶか」
「それは嬉しくないです!」
二人っきりの旅もそれはそれで楽しいからいいけどな。
銀の連中は食堂が繁盛しているみたいだし、かなりの量の香辛料類もおいてきたからしばらくは放置しても大丈夫だろう。
定期的に取りに来るようにも伝えているし、あとは奴等がしっかりと食堂経営を楽しんでくれるといいな。
「あ、そういえばアリアやルリアは元気にしてるかな」
「あの二人なら大丈夫ですよ。 ヴィスコールの人達は元気すぎるくらいですし」
「確かにそんな感じがするな。 今度遊びに行かないとな」
「ですね。 特にお姉ちゃんは動けるようになってはしゃいでないか心配です」
アリアの事を思い出しているのか、その様子を想像してくすくすと笑うリリア。
確かにあの姉は微妙にずれてそうな所があるから、目が離せない部分はあるかもしれないな。
そんな他愛ない話をしていると、後ろからなにやら土煙を上げながら近づいてくるものがあった。
「ん? ……馬車か? ずいぶん急いでるな」
「本当ですね。 あんなに激しい音をたてると魔物とか呼び寄せそうですけど」
「……すでに追われてるみたいだな」
土煙で見えにくいが、その後ろに真っ黒な猫というか虎というか。
前足に何やら骨で作られたような装甲が付けられており、背中には蝙蝠の翼のようなものついている。
あの勢いならもうすぐ追い付かれそうだな。
「……あれ? ゼクトさん、この進路って私達の方に向かってきてません?」
「そうだな。 このままだと俺達に押し付けられそうだ」
リベラルファンタジアでは倒せない敵や、嫌がらせで敵を他のプレイヤーに押し付ける事をギフトと呼んでいたが、まさかこの世界でギフトされるとは。
あっちはゲーム世界だからまだいいけど、リアルでやったら罪にならないのだろうか?
「……どんな人か知りませんけど、最低ですね……」
「本当ですね。 お、来ましたね。 一応処理しておきましょうか」
話をしている間にみるみるうちに迫ってきた馬車と虎っぽい何か。
御者と目が合うと、申し訳なさそうな顔をしていた。
一応やっちゃいけない事というのは理解しているんだな。
しかし……すごい豪華な馬車だな。貴族様でも乗ってそうな馬車だが、こんな馬車に乗ってるんならしっかりと護衛を雇えばいいのに。
馬車が勢いよく通り過ぎるその時。
「すまない! 君たちも何とか逃げてくれ!」
御者の男がそう叫びながら横切っていった。
馬車の中には一人の男が乗っており、妙な視線を向けていた。
「……? あの男……」
「ぜ、ゼクトさん! 来てますよ!」
男の視線が気になったがリリアの声で前を見ると、息を荒げた虎っぽいやつがいた。
口の周りや前足に血がついているのを見ると、護衛を雇っていたが殺されてしまったパターンだろうか。
邪魔くさいな。ついでに言うと近づきすぎだし、何より息が臭い。
虎っぽいそいつが前足を振り上げ、こちらに振り下ろそうとしてきた。
これは間違いなく敵対行動だろう。
つまり殺っても問題なしだな。
振り下ろされる瞬間、刀を一閃し振り上げたその前足を斬り落とす。
ついで支えになっているもう片方の前足を斬り飛ばして前のめりになった所で鼻を掴み、顔を地面に叩きつける。
顎が砕ける感触が手に伝わってくる。
ちょっと気持ちいいと思ったのは内緒だ。
脳を揺さぶられていると思ったが、ソレは予想外に素早く翼を動かし飛んで逃げようと反応した。
「襲う相手を間違えたな。 大人しくあっちを追いかけていれば良かったのに」
地を蹴り、浮き上がった虎の背に乗り翼を根元から切断する。
そのまま前方宙返りからの踵落としを背中に叩きこみ、背骨を砕いて地面に落とす。
背中から腹部まで衝撃が貫通して穴があき、その体躯が地面に陥没する程の勢いで叩きつけられた。
「絶好調だな」
「なんでこの子こっちを襲っちゃったんだろう……。 冗談抜きに可哀想に」
「まったくだ。 奴等がこっちに押し付けたせいだな」
「殺ったのはゼクトさんですけどね!?」
そこは仕方ない。こっちを殺そうとしたんなら、容赦なく反撃しますとも。
……このまま死体放置すると腐って大変そうだな。
燃やしとくか。
紅蓮でしっかりと燃やし、いい具合に灰になった所で例の馬車が戻ってきた。
「こっち来ましたよゼクトさん……。 どうしましょう、怒ったほうがいいですかね?」
「リリアが怒っても多分効果は無さそうだけど」
「そんな事はありませんよ! しっかり見ていてください! 私だってやる時はやるんですよ!」
ほほぅ。そんな事を言ってもいいのだろうか。
もし途中でヘタレたら後でからかってやろう。
馬車が隣まで来た所で、御者の男が申し訳なさそうな表情で降りてきて頭を下げた。
「いやぁ、本当にすまない! 君たちを巻き込むつもりはなかったんだが、逃げてる先に君たちがいたんだ。 ……君たちがやった、んだよな?」
気弱そうな御者の男が真っ先に謝ってきた。
うちの主は謝ってきた相手を怒れるのだろうか。
「……つ、次からは気をつけてください! 私達じゃなかったら死んでますよ!」
うーむ。迫力が足りないうえに既に許してそうな言い方じゃないか。
面白いぞリリアさんや。
二人のやり取りが面白いので眺めていると、馬車の扉が開き中から中年の男性が出てきた。
いかにも貴族風な衣服に身を包んだ金髪の男性。鋭い目つきだ。
「先ほどはすまなかった。 私達を狙った魔物を君たちに押し付けてしまったな」
降りてきて早々にこちらに頭を下げ、謝罪の言葉を述べてきた。
だが、なんというかこの男の雰囲気がどこかで感じた事のあるものに似ている。
あまり良いイメージではないのだが……どこだったか。
「え!? あ、いえその……はい」
おーい、リリアさんや。結局怒れないんじゃないか。
後でからかい決定だな。
「実は王都からレムナントに向かっていたのだが、途中でアレに襲われてね。 雇っていた冒険者達も殺されるし、我々も何とか逃げている最中だったんだよ。 いや、本当に助かった」
「まぁ別に構いませんよ。 あの程度の魔物なら秒で殺せますので」
俺がそう答えると神妙な顔で頷く。
「そのようだな。 まさか数秒であの魔物を屠るとは。 よければ名を聞かせ……。 その容姿に常軌を逸した強さ。 まさか英雄リリア殿とその使い魔か?」
「うぇあ!? え、ええっと。 ま、まぁ。 そうです」
「これは失礼した。 なるほど、かの英雄であればあの程度の魔物など造作もないか。 ……そうだ、もし迷惑でなければここからレムナントまでの護衛を頼めないだろうか。 先ほど助けてくれた礼と護衛料も込みで相応の報酬もだそう」
おぉ、リリアの正体を察したところで依頼をするとは。
とはいえ、もうレムナントは目と鼻の先程度なのだから勝手に行ってくれても構わないんだが。
うちの主は優しいから断りはしないだろうけど。
「えっと。 ……ぜ、ゼクトさん! 受けても良いですかね?」
「問題ないと思いますよ。 がっぽりせしめてやりましょう」
「……あくどい笑い方してますよ」
「気のせいです」
そんなに悪い笑顔をしていたつもりはないけど……。
一緒にいる時間が多いからか、表情を読めるようになってきたのかな?
嬉しいと思うべきか、騙せなくなって残念と思うべきか。
「じゃ、じゃあ受けさせていただきます。 よろしくお願いします」
「助かる。 私はメイズ。 メイズ・アルドミットだ。 道中よろしく頼むよ、英雄殿」
一見爽やかそうに見えるが……。
うーむ、なんだろうかこのモヤモヤ感は。
こう、この男の顔を見ていると無性に刀の鞘で顔面をしばきたくなる。
気をつけよう。
メイズとやらを護衛し一日が経過した。
別に馬車が同行したからといって進む速さが遅くなる事もなく、王都から出て六日でレムナントに到着した。
久しぶりのレムナントの光景にちょっとした懐かしい感覚が浮かび上がる。
「いやー。 そんなに長く離れたわけでもないですけど、なんだか懐かしく感じますね」
「本当ですね。 ……ゼクトさんが来てから何というかすごく濃い日常を過ごしてる気がします」
「日常に刺激をくれる良い使い魔ですよね」
「自分で言ったらだめですよ。 ふふふふ、でも確かにゼクトさんのおかげで楽しいです」
「……冗談で言ったのに素で返されるとちょっと照れますね」
「私だってからかわれてばかりじゃないんですよ」
楽しそうに笑うリリアが可愛いので許してやるが、まさかこんな返しが出来るようになるとは。
そのうちこちらがからかわれる側になるんじゃないかと心配になるな。
油断せずにいくとしよう。
レムナントの門に到着したのだが、相変わらず人の出入りが多いな。
王立学園があるからなのか、英雄様の経済効果なのか……。
後者が理由ならそのうちリリアの像とかたちそうだな。
そんな他愛もない事を考えていると、馬車から奴が出てきた。
「君たちのおかげで実に快適な旅だったよ。 魔物から襲われても問題ないという事がこんなに安心できるものだとは思わなかった。 リリア殿は冒険者登録はされているか?」
「あ、はい。 登録しています」
「分かった。 ならば報酬は冒険者ギルドの方を通して支払っておくよ。 今日中には支払っておくので明日以降にでも受け取っておいてくれ」
「分かりました。 道中お疲れ様でした」
「うむ。 そこの使い魔殿も助かった」
「いえ、全ては主の命令あればこそです」
「素晴らしい忠誠だな。 私の部下にも見習わせたいものだ」
メイズはそう言いながら馬車に乗り込み、御者の男は頭を下げて去っていった。
……部下、か。
どうも引っかかる部分の多い男というか何というか。
「どうしたんですかゼクトさん。 メイズさんの事嫌いなんですか?」
「ん? 表情に出てました?」
「そんなにハッキリとじゃないですけど、普段のゼクトさんと比べるとなんだか雰囲気が堅いです」
「普段からそんなに見つめてくれているとは光栄ですね」
「ち、ちちちち違いましゅよ! ただ、こう何というか不機嫌そうな気がしただけですぅ! それだけですぅ!」
ふふん、この程度の返しで慌てるとは。成長したかと思ったがまだまだ甘いな。
「冗談です。 まぁ気にしないで大丈夫ですよ」
「そう、ですか。 何か悩みがあったら言ってくださいね。 解決できるかは分かりませんけど……その、何も言ってもらえないのも寂しいですから」
「……リリアは本当、素直でいい子だな」
こういう素直さは貴重だな。つくづくリリアの使い魔で良かったと思う。
何も言わずにため込む奴は面倒だからなぁ。
うちの従者達はため込むどころかオープン過ぎて逆に困る事もあるけど。
あいつらは例外だな、うん。
※(*´∀`*)
ミソラ「あか姉、すばらしいじょうほうをてにいれたよ」
アカネ「……また変な事じゃないわよね?」
ミソラ「ふっふっふっふ。 こんかいはかくじつなじょうほう」
アカネ「一体どんな情報かしら?」
ミソラ「なんと! ますたーはいぬがすきらしい!」
アカネ「……えっ? ……それが?」
ミソラ「わかってないなあか姉。 つまり、わたしたちがいぬのかっこうですりよれば……」
アカネ「はっ!? まるで愛玩動物のごとく可愛がってもらえる!?」
ミソラ「そのとおり! というわけで、なりきるためのざいりょうもそろえてきた」
朱音「ご、ご主人様にあんな所やこんな所を撫でまわされて、可愛いと言ってもらえるのかしら!?」
ミソラ「まちがいない。 みちばたにいたいぬがたのまものをしっかりしょりしてきた。 しょうどくもしてるし、きれい」
アカネ「本物の毛皮を使ってリアリティを出すのですわね。 流石はミソラですわ!」
ミソラ「ふっふっふ。 いぬみみもしっかりきりとってきた。 これをあたまにつければかんぺきないぬみみのかんせい」
アカネ「これは勝利を確信しましたわ! 待っていてくださいご主人様!」
数日後
ミソラ「まさかあんなにどんびきするとは……」
アカネ「リアリティ溢れる……というか本物の毛皮を使った素晴らしい出来でしたのに……」
ミソラ「どこがいけなかったのか。 ぜんしんけがわがだめだったのかな?」
アカネ「犬とわかるように四足歩行で近づいたのがダメだったのかしら……」
ミソラ「……ますたーをよろこばせるのはむずかしい……」
アカネ「精進あるのみですわ! 次は猫でやってみたら意外といけるかもしれませんわ!」
ミソラ「……がんばる! さっそくてにいれてくる!」
彼女達の迷走は終わらない……。
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