第二十六話
楽しい?焼き肉を終えて翌日。
朝も早い時間に出発し、昼前には王都を見渡せる場所まで到着することができた。
本来の行程からすると二日短縮と考えるとかなりハイペースだったかもしれない。リリアやセインにはすこしきつい思いをさせてしまったが、余裕をもって準備行動に移れるのは助かる。
しかし……。
「これが王都ですか……。 思っていたよりもかなり大きいですね。 ここが高所だから全容がある程度見えますが、あの都を囲むような壁と城は実に見事な造りです」
「旦那は王都は初めてですかい?」
「ええ。 ……リリア様かセイン様は王都に来た事はありますか?」
「私はないです。 王都に用事がある時はお父さんかお姉ちゃんがだいたい行ってましたから」
「私はありますよ。 というか元々王都が実家ですから。 私の両親にご紹介しましょうか? うふふ」
リリアが来た事ないというのは少し予想外だったな。あと両親にご紹介は結構です。むしろ全力でお断りしたい。
そういえば生徒会長が自分こそがセインと釣り合うとか意味の分からん事を言っていた気がするが、もしかしてセインは結構なお嬢様なのだろうか。吸魔族ということを隠しているのかいないのか……。
「それはお断りしておきます。 ……アーベン達は組織で奴隷を扱う事はありますか?」
「奴隷ですかい? いや、下部組織で扱ってる事はありますが、シルバーファミリーで扱う事はありやせんね。 あくまで俺達は荒事がメインですから」
「……分かりました。 では私は隠形符で三人を追いましょう。 リリア様達はゆっくり王都を観光されてください」
「うぇ!? 私達は何もしなくていいんですか?」
うーむ。隠れながら来てもいいけど、たぶん見てて気持ちの良い展開にはならないと思うんだよなぁ。
あとぶっちゃけリリアもセインも息を潜めて潜入とか苦手そうだし、アカネに至っては間違いなく無理だ。
「……あまり気持ちの良い展開にはなりませんよ? 具体的にいうと場合によってはいったん血の海を作るかもしれませんし」
「よしやめましょう! セインさん、アカネさん、私達は観光しましょう!」
いっそ清々しいほどの変わり身の早さ。信頼されてるという証拠ではあるんだろうが、ここまですっぱり断られると嫌がらせしたくなるな。まぁ今はやらないけど。
「ご主人様……妾は不要ですか?」
「いえいえ。 私が手加減を失敗してやりすぎたときにはミソラの力が必要なので、その時には一っ走りしてもらう必要があります。 その時には忙しく働いてもらいますので、それまで皆さんでゆっくりしておきなさい。 早く事が済めば私も合流しますので」
「わかりましたわ! 楽しみにしております!」
「うふふふ。 じゃあ私が二人を案内してあげるわ。 アカネさんはその角でちょっと目立つかもしれませんが、もし絡まれた時は私に言ってくださいね?」
「? 自分で対処できますわよ?」
「いえいえ。 アカネさんの心配ではなくお相手の心配をしないといけませんので」
確かに。テンションの上がりすぎたアカネが手加減を間違える可能性は十分にある。
……あれ?実はリリアのほうがこっちよりも難易度高くない?
ストーカーと爆弾娘の二人と一緒に王都観光とか間違いなくトラブルの臭いしかしない。
リリアもそれを悟ったのか、縋るような眼を向けてきた。
「頑張ってくださいね、リリア様!」
「今絶対分かって言ってますよね!? 絶対分かってるからその笑顔なんですよね!? 何ですかその腹立たしいくらいの良い笑顔は!?」
「いやいや。 大変そうだなぁとか思ってませんから、ええ本当に」
「むぅぅぅ! 本当に意地悪ですねゼクトさん! 今度奢ってもらいますからね!」
「あ、私のお金はほぼ全部リリア様のカードの中です」
「むきぃぃぃ! 金貨減らすくらい使ってやりますぅ!」
俺の金でもありリリアの金でもあるから減ったら悲しいのはリリアも一緒なんだけどなぁ……。
面白いから言わないけど。
「じゃあくれぐれもお気をつけくださいなご主人様。 ……万が一もないとは思いますが」
「うふふふ。 ゼクトさんのような方に心配は逆に失礼になりますから。 ゼクトさんの喜びそうなお店を見繕っておきますね」
「大丈夫ですよアカネ。 セイン様もリリア様にお金は預けてありますので、ある程度使っていただいて結構ですので。 では私達は先に向かいますので少し時間を置いてからいらっしゃってください」
こういう時ごねないでくれるのは本当に助かる。
正直足手まといになりそうなのが、自分も来るとか愚図られても困るだけだからな。
最終手段で夢の中へいってらっしゃいしてもらう必要が出てくる。
最終手段を使わなくてすんだ事に少し安心しつつアーベン達を伴い、王都へと歩を進めた。
巨大な防壁には一般者用のゲートがあり、そこで王都へ入る人達の確認を行っていた。
三人はもともとこの王都出身なので問題なく通過できるが、俺はどうしようか。
セインはそこそこ有力な貴族そうだし、リリアも一応ヴィスコールの当主だ。アカネはホームにいったん戻りでもすれば問題ない。
俺は……少し早いがここから隠形符で隠れる事にした。
隠れた以上いちいち順番通り並ぶのも面倒なので天羽々斬を装備して、防壁を見上げる。
魔法も存在するからなのかどうかはわからないが、首が痛くなるほど高い防壁。
襲われた時に登ってこられるのを防ぐためか、返しのようなものもついている。
「町を把握するのにも良い高さだな」
足に力を込め、一気に駆け出し壁を登りまずは返しまで登りきる。
多少の返し程度なら問題なく跳躍して飛び乗る事ができた。
そこからさらに跳躍して防壁の上まで登りきる。周囲には巡回の兵士もいたが、そう多くはない。
都を一望するその絶景に、前の世界では見る事のできなくなった伝統的な造りのような家々が並びその美しさに感嘆の息が漏れる。
「……おっと。 見とれている場合じゃないな。 しかし……あの城までここからどのくらいあるんだ? 本当にでかいなこの王都は」
高所だから見通せるが、町からだと城の足元は絶対に見えないと思う。
というか町の端からだと城の頂上すら見えないのではなかろうか。
あそこにも事前に一回侵入して王とも話しておかないといけないからな。
シルバーファミリーの制圧状況次第でもあるな。
下に誰もいないのをしっかりと確認して飛び降り、三人を待つこと数分。
たとえ人相が悪くてもきちんと通れるんだなぁ。三人とも問題なく通過してきた。
正直この三人は黙って立っていたら相当に威圧感があると思う。
中身はかなり気の良い奴らではあるんだが……。
「そのままいつも通りを装って本拠地に戻ってください。 私もこのまま姿を消してついていきます」
「了解っす」
三人は王都の北東方面に進んでいき、だんだんと治安の悪そうな場所へと進んでいく。
スラムとまではいはないが、周囲には排泄物によるものかかなりの悪臭が立ち込めており下水のようなものが流れているが、実に汚い。浄水施設なんて高尚なものは期待していないが、実際こういうのを直接見ると文明の大切さを感じるな。
さらに奥へとすすむとかなり大きめの屋敷が見えてきた。
スラムのようなこの場所には不釣り合いな大きさの屋敷で警備の人間が周囲を見張っている。
どいつもこいつもかなり人相が悪い。こんな場所である事に加えてこんな奴らが警備しているこの屋敷なんてそうそう襲う奴もいないだろう。いや、もしかしてシマ争いとか抗争なんかがあるのかな?
これだけ大きな都なんだし、裏組織の一つや二つあって対立くらいはあるかもな。
「おうアーベンさん! でかい仕事だったんすよね! お疲れっす!」
「ああ。 報告しておきたいんだが、頭はいるか?」
「今日は書類仕事って言ってたっすよ」
「そうか。 分かった」
「お勤めお疲れっす!」
おぉぉぉぉ……なんというかヤクザモノの映画を見てた時にも似たようなシーンがあったが……リアルでもこんな感じなのかな?
盗賊だったりヤクザだったり、なんというかこういう人種って嫌いじゃないんだよな。
任侠物も割と嫌いじゃなかったからな。
あ、いやそれはどうでもいい。三人にこっそりついて行くと、上の階に行くのかと思いきや地下に向かって進んでいく。
地下だというのに奥から風が吹いている。その風にはほんのりと血のような臭いが混ざっている。
階段を下りると、いくつかの鉄の扉がありその部屋から血の臭いは漂っているようだ。
さらに廊下を突き進み、ひときわ大きな扉が姿を現す。
アーベンは扉に向かって三回ノックを行い声を上げる。
「ただいま戻りました。 アーベン以下二名。 任務を終えましたので報告に来やした」
「……そうか。 入れ」
この声がヤクトとかいう奴か?
意外と若そうな声だな。さてさて、いったいどんな奴なのか……。
アーベンが扉を開けた瞬間。
「裏切り者に用はない。 死ね」
まさに一瞬。
アーベンが扉をあけたその瞬間。殺気も何も感じさせない剣による一突きがアーベンの首に向けて放たれた。
予想外とまではいかないが、突然の一撃に反応すらできていない三人。
「……さすがに話も聞かずに突き殺すというのは尚早では?」
「……誰だ貴様。 どこから湧いてきた」
刀を抜くよりも直接止めたほうが速かったので咄嗟に掌を挟んでみたが間に合ってよかった。
剣の先がちょびっと刺さってる。痛い。
そのまま力を入れて貫こうとしてきたので剣を握っている手を蹴り上げる。
咄嗟に手を離し、避けた男はそのままバックステップで距離をとる。
「おや? アーベンが裏切ったことを知っているのであれば私の事もご存知かと思いましたが?」
「俺が報告を受けたのはもっと頼りのなさそうな男だ。 たしかエイワスとかいうな。 貴様は違う。 それに……今のを止めるとはな」
「はっはっはっは。 今の程度なら余裕です。 それより、少しお話をしませんか?」
「話? そんなものは必要ない。 お前を殺し、そいつらを始末して改めて王女を殺す。 それだけだ」
うーむ。聞く耳持たずといった様子だな。しかし、どこで裏切ったのがばれていたんだろうか。
こいつらと一緒に来たのを見ただけなら暗殺失敗とは思わないはずだが。
「頭! 裏切った俺達が言う事じゃねぇけど、旦那に逆らっちゃいけねぇ! まずは話を聞いてくれ!」
お頭さんはアーベンの言葉にも耳を傾ける気はなさそうだ。
まぁ部下が王女を殺さずに変なのを連れてきたら、そりゃあ疑うわな。
……自分で変なのとか言ってしまった。
「裏切りには死。 任務の失敗も死。 それが俺達の掟だ」
短剣を取り出した男は素早く踏み込み、今度こそ俺を殺すという意思を込めて喉を狙いに来た。
人を殺すには最も効果的で迅速にやれる部分だ。頭は頭蓋骨があるし、体は服の上からだとうまく急所に当たらないこともあるからな。
一撃で殺るならやはり首が一番だ。それはわかる。
「ふぅ……面倒だなぁ」
刀を一閃して伸ばし始めの腕の肘あたりから腕を切り落とす。
さすがに高レベルの暗殺者たちの親玉というべきか。
動揺も少なく、反対の手で何かしらをしようとしたのでそちらも切り落とす。
「ばか……な……!?」
「まだやりますか? とかいう問答も面倒なのでまずは素直になりましょうか」
逃げようとされるのも面倒なので両足も一息で切り捨てる。
うむ。大腿骨って硬いのにスパッといけるな。一家に一本あると便利かもしれない。
……あほな事考えてしまった。
相当痛いと思うが、表情を変えないのはなかなかすごいな。とはいえ出血もあるので少しずつ顔色は悪くなってきている。
「何者だ貴様……剣線すら見えない斬撃だと……」
「ただの使い魔さんですよ。 さてさて話す気にはなりましたか?」
「ふん。 こんな状況で話すも何も……ないだろう」
まぁそう言われるとそうなんだけど、襲ってきたのは自分じゃん?
返り討ちにあってそんな拗ねられても……。
「仕方無いですねぇ。 とりあえず手持ちの簡単な回復薬だけ使ってあげます。 返答次第では腕も足も治して差し上げますので。 改めて……お話、しましょうか」
いやぁ、後ろの三人もドン引きしてるなぁ。せっかくいい上司みたいになれそうだったのに残念だ。
ポーションタイプの薬だが……この場合傷にかけるべきなのか飲むべきなのか。
取り合えずかけてみたら止血は出来たのでよしとしよう。
「何が……知りたい」
「そうですね。 そういえばどうして失敗した事をご存知で?」
「それか。 簡単な事だ。 そいつらが失敗した時の保険に一人、優秀なのをつけていただけだ。 妙に強いのが護衛についたと報告があったから監視させていた。 その三人がお前たちに懐柔されたというのはその後の行動を見ればわかる」
「なるほどなるほど。 この後は本当であれば陛下の暗殺も行う予定でしたか?」
「…………ちっ。 あぁ、その通りだ」
「やはり王子殿下からの依頼ではあるのですね。 ……ふむ。 ちなみに貴方は超人結社ともつながりはありましたか?」
「な、なぜその名前を知っている!? 表には決して出ていないはずの名だぞ!?」
おぉ、わかりやすく狼狽してるな。
「王都の防壁の外。 郊外にある彼らの本拠地が吹き飛んで、全員死んだのは貴方もご存知ですよね?」
「…………」
「あれは私がやりました。 その気になればあの程度は片手間でできるのですが。 さて、この情報をあなたに与えた上でお聞きします。 私の手下になる気はありませんか?」
たぶんこいつの目には俺が相当に悪い笑顔をしているように見えてるんだろうなぁ。
こんなにも純粋で優しいゼクトさんだというのに悲しい事だ。
「……どういう、ことだ」
「言葉そのままの意味です。 せっかくですのでこのシルバーファミリーそのものを私が貰い受けたいのですよ。 ちなみに断るなら構いませんが、復讐される可能性があるので断ったその時は皆殺しにさせていただきますけどね」
「はっ……実質選択肢はねぇじゃねぇか……」
諦めたようにため息をつく男。ふふん。俺の素晴らしい説得のおかげだな。
朱音や美空とは違うのだよ。こいつらの部下にも一応調教は必要だろうし、それはまた今度やるか。
「ふふふふふ。 後悔はさせませんよ」
「……強者には従う。 それもまた掟だ。 ……あんたに従おう。 その代わり、部下の命は助けてくれよ」
「勿論です。 一応身の程を知ってもらうために一度歯向かう気が無くなるほど心を折らせてもらうかもしれませんが」
「……ほどほどに頼む。 ……俺は……ヤクトだ」
「ほどほどに、ですね。 私はゼクトです」
ふふふふふ。意外とスムーズに第一段階終了したな。
次はこいつらに仕込みをしないとな。
…………こっちは余裕だったけど、リリア大丈夫かなぁ。
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