第七話

 


 レムナントの南方には巨大な山脈があり、その一部には活火山がある。活火山といっても噴火自体はほとんどなく、灰による被害はほとんどない。

 だが、その内部には触れたものを焼き尽くす溶岩が絶えず流れている。

 そんな危険な場所でもあるため人々は基本的に近づかないが、それは人がその環境に適していないからだ。

 

 人ではないものにとっては必ずしもそうとは限らない。

 

 この溶岩地帯にある時、一匹の火竜が舞い込んできた。

 火竜は知恵を持ち、ここが噴火などがない事を把握すると自らの眷属であるワイバーンを呼び込み住処とした。

 

 火竜はこの世界において上位に入るほどの力を持つ。

 そのブレスが上空から放たれれば町は一瞬にして火の海となり、その爪牙が振るわれれば上物の鎧であろうと紙を引き裂くようにあっさりと切り裂く。

 鱗は位階の低い魔法なら弾き、剣でもそう簡単には裂く事は出来ない。

 一頭で一国を相手に出来るのが火竜なのだ。

 

 

 そんな火竜はゆっくりと横たわり、その巨体を休める。

 少し飛べば近くにエサも多くいる。

 更にもう少し飛べば少し厄介ではあるが味の良い人間もいる。

 条件の良い住処を手に入れた事に満足していた火竜。

 

 数日した後に違和感を感じて起きるとワイバーンが減っていた。

 狩りに出たにしても帰りが遅いことに違和感を覚えた火竜はその大きな翼を広げ、飛び上がる。

 

 一気に広がる視界に解放感を覚え、そして少し離れた所に自らの眷属であるワイバーンの無惨な死体を発見した。

 

 急いで降下し、そこに横たわるワイバーンに近寄る。

 その巨大な体躯には深く切り裂かれた傷があり、それが人間の武器で出来た傷であるということは人間と戦ったことのある火竜には判別出来た。

 

 『ニンゲンフゼイガ!!! ワガケンゾクヲテニカケルトハ!!! ミナゴロシニシテクレル!!!』

 

 火竜は天を裂かんばかりの咆哮のあと、翼を広げ飛び上がる。

 近くにエサである人間の集まる場所があるのは知っていた。

 火竜はその怒りをぶつけ、人間を皆殺しにするために大きく翼を動かし飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 冒険者ギルドより派遣された冒険者面々はその異様な光景に圧倒されていた。

 

 「嘘だろ……ワイバーンが二十かよ」

 

 「ギルドマスター……。 流石にこれは数が多すぎないか……」

 

 「あぁ。 流石にこの数は想定外だったが問題はない。 少しずつこちらに引き寄せ各個撃破していくぞ」

 

 「うっへぇ……。 人使いのあらいこって」

 

 「お前達のチームが一匹倒すにつき金貨三百。 素材は使える部分は各自自由に持って帰っていいとしたらどうだ?」

 

 ギルドマスターのその言葉に居合わせた冒険者達はニヤリと笑う。

 そこには先程のやる気のない発言をしたような臆病なもの達はいなかった。

 

 いつの世もお金は力となる。

 

 「……まぁ私が大半を倒してしまうだろうがな」

 

 ギルドマスターは手に馴染んできた剣の柄に手を添え、こちらもニヤリと笑う。

 ゼクトから買い取った剣を試すために何度かこの剣を振るっていたギルドマスターは恐ろしい物を手に入れたと思った。

 魔物を簡単に切り裂き、力や体力、更には魔力すらも高める特殊能力の付与された剣。

 今の自分なら竜種すらも倒せるのではという自信すらついていた。

 

 

 その戦いは最早一方的な狩りとなっていた。

 

 「ずりーぞギルドマスター! なんだよその武器は!?」

 

 圧倒的な力で次々と引き寄せられたワイバーンを狩るギルドマスター。

 その人間を超えた動きに冒険者の面々の誰もが驚いた。

 もともと上位の冒険者でもあったギルドマスターの実力は折り紙つきであったが、それでもブーストされたギルドマスターの強さは抜きん出ていた。

 

 およそ十五体近く狩った所で休憩となり、近くにある洞窟に作ったキャンプへと戻る事となる。

 

 

 「いやー、マスターがやばかったな。 とても現役を引退した人間の動きじゃねぇよ」

 「というか結局ほとんどギルドマスターが倒したせいで儲けが少ない……」

 「ギルドマスター! 残りは俺らが倒すからな!」

 

  口々に不満を漏らすが、みな顔は笑っている。

 実際に彼等に不満はそれほどなかった。そもそも依頼として受けた時点で金貨二百枚は貰える事が決まっている。

 更に何頭かは倒しているため追加報酬もある。

 しかもギルドマスターが超人的な強さを持つと分かった以上は依頼を失敗する危険性も少ない。

 そんな思いが彼らを舞い上がらせていた。

 

 そしてギルドマスター自身も剣の強さを確信し、これならワイバーンが多くとも問題ない。

 むしろこれで大概の困った敵を倒せると油断していた。

 

 

 

 

 いくら強い攻撃手段があろうと届かなければ意味は無いというのに。

 

 

 

 

 日も落ち始め、黄昏時となる時間。

 世界が橙色に染められた頃。

 見張り以外の人物は各々休憩を取り、明日残りのワイバーンを倒す為に洞窟で休んでいた。

 

 見張りもかねて簡素な夕食を作ろうとしていた一人が火山から巨大な影が飛び出すのを見た瞬間。

 それが何かを判断する前に焚き火を消し、もう一人の見張りを引っ張って木陰に隠れた。

 

 「おい! なん」

 「死にたくなければ静かにしろ!」

 

 最初に気付かなかった見張りは不満を漏らそうとしたが、強い語気に危険を察し相方の視線の先を見つめる。

 

 その先には巨大な体躯を持つ紅い竜がいた。

 

 「赤いワイバーン? ……いや違う。 腕もある。 ……まさか火竜!?」

 

 「まじかよ……流石にあれはヤバいぞ。 もしかしてワイバーンを狙ってきた? いや、でも」

 

 「確かワイバーンは火竜の眷属だ。 だけど火竜自体の生存地域はもっと南の方だった筈だ。 なんでこんなところにいるんだよ」

 

 火竜は何かを見付けたのか急降下し、離れていった。

 降りたところが、自分達が戦っていた場所だというのは彼等にもすぐに分かった。

 

 「やばい! すぐに中にいってギルドマスターと団長に伝えてくれ!」

 

 一人は急いで洞窟に戻り事態を告げに走る。

 洞窟に入った後、聴くものの心臓を不安で圧し潰すような凄まじい咆哮が響き渡る。

 

 「やべぇやべぇやべぇ! あの火竜ぶちギレてんじゃねぇか! くそっどうすんだよ!」

 

 凄まじい咆哮を聞いたギルドマスター達が洞窟から出てくると同時に火竜が飛び上がり、迷いもなく一直線に動き出した。

 その速度は人間に追い付けるものではなく、一気に視界から消えていった。

 

 

 「まずい……あの方角はレムナントだ! くそっ中途半端に知恵があるトカゲだな!」

 

 「人間が殺したって分かって町に向かうのは賢しいが、褒めている場合じゃない!」

 

 火竜が飛んでいった方向にあるものに気付いた面々は一気に緊張感が高まる。

 このままだと火竜がレムナントを襲う。

 突然の火竜の襲撃に対し、どこまで町が耐えれるか。

 どれだけの人々がその命を落とすか。

 それを考え彼等は迅速に戻る準備を始める。

 例え間に合わないとしても、それは急がない理由にはならない。

 

 これは事前にしっかりと調査していれば火竜がいると分かったかもしれないのに、怠った自分達の責任であると思っているからだ。

 

 火竜がいるはずがないという思いは、恐らくどの冒険者も思うだろう。

 むしろ冒険者のように、ある程度知識のある人達は彼等を擁護するだろう。

 

 ワイバーンを退治していたらこんな南方で火竜が出たなんてむしろ信じない者が多い。

 だが、それは言い訳にもならない。

 身内が唐突に、そして理不尽な死に晒されて黙っていられる筈がない。

 

 

 「……俺はバカか……。 手に入れた力に酔って事前の調査すら怠るとは……」

 

 最早見えなくなった火竜の後ろ姿を見てギルドマスターは鞘を強く握り絞める。

 大きく息を吐いたあと、ギルドマスターはその石のような拳で自分の顔面を殴り付けた。

 自分を戒めるには少し手加減の無さすぎる音に誰もが驚き固まる。

 

 「……だ、大丈夫っすか?」

 

 「あぁ。 俺は全速力で先に戻る。 レムナントの人々の為に、そしてお前達を苦しめない為にもな」

 

 鼻血を出しながらも笑い、そう応えるギルドマスター。

 そこには悲壮感はなく覚悟を決めた男の顔があった。 

 ギルドマスターは鞘を握り剣に願う。

 

 (頼む、力を貸してくれ。 レムナントを護れたならば私の命など燃え尽きても構わない!)


 ギルドマスターは全力で地を蹴り、走りだす。

 

 (……ゼクト殿、もし貴方が早急に気付いてくれたならば望みもある!) 

 

 一縷の望みにかけつつ、常軌を逸した速度でギルドマスターは走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 レムナント王立学園の初等生による使い魔を用いた新人戦当日。

 ただ戦うだけではつまらないという事で、一般にもその様子を公開し入場料を取って経営の資金としている。

 

 場所はレムナントの外壁の外側に一つのアリーナの様に建設されており、かなり大きく設計されている。

 

 使い魔を使った戦いという事で怪我人もない上に派手な戦闘になる事が多いため人気のイベントの一つである。

 それを見る為に他国からも使者が来たりする程だ。

 

 町には露店なども並び、観光客が金を落として町自体も潤うという素晴らしいイベントなのだ。

 そのぶん色々と問題も発生はするが大体のことは町に在中している兵士達でどうにかなる。

 

 「あぁぁ……き、緊張してきました」

 

 「ふふふ、ゼクトさんなら大丈夫ですよ」

 

 「自信を持て。 戦うのはリリアじゃないんだぞ?」

 

 リリアの言葉にセインとエルレイアが励ます。

 

 ここは新人戦の控え室である。

 これから第一回戦という事でかなり緊張気味だ。

 一回戦は数を減らす意味もあり、十人でのバトルロワイアル形式だ。

 初等生がだいたい百人近くおり、そこから十名が二回戦に進出する事になる。二回戦からはトーナメント方式に変わる。

 

 「エルはなんでそんなに落ち着いてるのぉ」

 

 「負ける気がしないからな」

 

 「あら、エルレイアさんは凄い自信なのね。 貴女の使い魔さんの活躍もたのしみにしているわ」

 

 「光栄です。 うちのギャレットの剣術なら良いところまでいけるでしょう。 流石にデイバーのソウルリーパーには勝てないでしょうが」

 

 「ソウルリーパーを使い魔にしたっていうのも凄いわよね。 あんまり興味はないけどね」

 

 セインは本当にどうでもよさそうに答える。

 実際言葉のとおり興味は無いのだろう。

 

 「ゼクト殿はコンディションはどうなんだ?」

 

 「問題ないとは言ってました。 ただちょっとやることがあるから暫くは宝石の中にいるって言ってました」

 

 「そう。 ……その中にあの人がいるのよね」

 

 ゼクトが入っているという宝石を見て一瞬目に妖しい輝きが灯るが、それもまたすぐに消える。

 リリアはそれに気付かなかったが、エルレイアはそれに気付くもその光の意味が何かは分からず、害意は無かったため特に追求することもなかった。

 

 『次のグループの選手は入場してください』

 

 拡音石と呼ばれる声を響かせる効果をもつ道具によって入場の合図が聴こえてきた。

 

 「よよよよ、よっし! 行ってきます!」

 

 「ふふふ、頑張ってね」

 

 「大丈夫さ。 行ってこい!」

 

 リリアは気合いを入れ、二人の励ましに押され試合会場へと歩を進めた。

 

 

 会場はかなり広く、おおよそ三百メートル四方の中に固められた地面。

 一般の観客席は二面設置され、一面が貴族席、もう一面が王族などの観覧席となっている。

 

 審判によって案内され、それぞれが定位置につき使い魔を召喚する。

 

 「よし。 ゼクトさん、そろそろ良いですか?」

 

 『ちょっと待って。 ……あーもう! だから大丈夫だって!』

 

 「……え、ゼクトさん誰と話してるの?」

 

 何やら誰かと話しているような雰囲気に疑問を持つリリア。

 待てと言われ少し待つことにしていると、とある使い魔が現れたときに歓声があがった。

 

 「うぉー! あれガーゴイルじゃないか! 防御力も高いし空中戦も出来るから厄介な使い魔だぞ」

 「優勝候補の一角になりそうだな!」

 

 石の体を持ち、翼で空を飛ぶガーゴイル。

 その体は剣を弾き、空中からの高速のヒット&アウェイで敵を翻弄する厄介な魔物だ。

 普通なら人間が挑むのは危険な相手だ。

 

 (ガーゴイルかぁ……。 でもゼクトさんって確か地竜も余裕で、というか私が気付く前に倒せるくらいなんだよね。 余裕で斬りすてそうだなぁ)

 

 過去を思いだし、なんとなく申し訳無い気持ちになったリリア。

 彼女に非は全くないのだが居たたまれない様子になっている。

 

 「ゼクトさん、そろそろ良いですかぁ?」

 

 『良いか、すぐ戻ってくるから絶対に出てくるなよ! あ、大丈夫。 今から行く』

 

 (え、本当に誰と話してるの?)

 

 取り敢えず問題なさそうなので、宝石から召喚すると疲れたような様子のゼクトが姿を現す。

 

 「だ、大丈夫ですかゼクトさん? 誰かと言い争っているみたいでしたけど」

 

 「……大丈夫。 近々紹介するよ」

 

 「え、別に良いです。 なんだか怖いのでむしろ紹介しないでください」

 

 リリアはこれ以上変な人が増えるのは勘弁してほしいと心の底から思い、気付いたときには口に出してしまっていた。

 本心である。

 

 「……すまん」

 

 「謝られた!? そこ頑張ってください! 面倒事は本当に勘弁してくださいよ!」

 

 「……御免なさい」

 

 「…………なんだろう。 新人戦より嫌なストレスが……」

 

 新しく浮上してきそうな問題に緊張も吹き飛んだリリア。

 後に新人戦のストレスの方がまだ百倍はマシだったと語る事になる。

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