44 元也の死

 俺は水たまりの中にいた。滅茶苦茶な気分になって、俺はその水たまりから、無茶をして這い上がった。もう全てがもう滅茶苦茶に思えて苦しかった。

 富美子は誰かに殺された。その犯人が誰なのかは分からない。一番怪しいのはあの刑事と探偵なんだっ! ……俺はそう思ってここまで追ってきた。でも、もしかしたら、それは違うのかもしれない。そんなことはもう関係ないんだ。妻を、富美子を守れなかった警察官を許せるはずがないんだ。

 もう俺の人生は滅茶苦茶だ。全てが壊れてゆく。もはや、埋蔵金どころじゃない。

 富美子が死んでしまったら、埋蔵金なんてあったって、何にもならないじゃないか……。

 お願いだ。俺に復讐をさせてくれ。

 それぐらいしか、俺の悲しみを慰めてくれるものはない……。


 ところが、俺は水たまりから出て、目の前に立っている人物に気付いて、驚いて見上げた。そして、その人物が握りしめている日本刀を見た時、俺は絶句した……。

 そして、俺はその人物が犯人だと確信した……。

「お、お前だったのか……」

 ……俺はその人物が許せなかった。

 ……その血の通わぬような冷たい眼で俺を見るな。

 ……そんな目で、富美子を見ていたのか。そして、その日本刀で刺し殺したのか。

 ああ、お願いだ。そんな冷たい眼で俺を見るなっ!

 刀身が舞う。

「やめてくれっ!」

 俺は刀を避ける為に這いつくばった。焦って、地面をしがみついた。すぐさま、俺の背中が裂けて、真っ赤な血が噴き出す。痛みが全身を駆け巡り、もう全てが分からなくなる。

 俺はくたくたになりながら逃げようとして、また、背中を斬りつけられる。

 幾度となく、斬りつけられる。

 ……俺は斬り刻まれて、死んでゆくのだ!

 ……俺はこんなところで死んでいってしまうのだ!


 俺は悲鳴を上げた。苦しみの中に悲しみが吹き込まれた悲鳴だった。

 ああ、俺は今、悲鳴を上げている。

 ……惨めな最期だ。

 俺の人生ってこれで終わりなんだ。

 こんなものだったのか……。

 もっと違った。もっと違うものを思い描いていた。俺は確かに埋蔵金が欲しかった。だけど、富美子が死んでしまった時から、そんなものどうでもよくなった。

 俺の人生、一体、何が間違っていたんだろう……。

 そうだ、あの時、父さんが和潤を誤って殺してしまった日に、俺は父さんの味方をした。脚立の指紋を拭き取るように言ったっけな。

 あの時の天罰かな……。

 もしも、この世に天罰なんてものがあるのなら、俺は自業自得なのかもしれない……。

 だけど、何も富美子が死ぬことはなかった……。

 富美子……どうして……死んでしまった。


 俺は薄れゆく意識の中で、後悔ばかりを繰り返していた。

 そこには今まで生きてきた意味とか、あまりにも、俺にも答えの出せない、後悔ばかりが俺の胸をかけめぐってゆくのだった。

 どうしようもない人生だったと思えて、悔しくて仕方がない。

 だけど、富美子がいた。

 それなのに、今はその富美子のことがただ可哀想だった。

 その気持ちだけが最期まで残っていた。

 もう、こんなのやめよう……。

 俺は、死ぬんだ……。

 俺が死んだら、またお前に会えるかもしれない。

 また会いたい。

 また…会…い………た………。

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