42 鍾乳洞の中で
二人はこの時、まだ大した不安感は抱いていなかった。すぐに帰り道が見つかるだろうという気がしていたのだ。二人は歩き出す。しばらくして、見たこともない巨大な空間に出た。それは吹き抜けのように天井が高く、地面には海水のようなものが溜まっていた。
「なんだろな……ここ……」
根来はぼんやりと呟くと、すぐさま、
「そんなこと言っている場合じゃねえな。おい、どうやってこの洞穴の中から出るんだ」
と悔しそうに言った。
「根来さん。どうやら僕たちは迷ったようですね……」
「なんてこった。元也の野郎……」
根来は、不機嫌そうにその場に座り込んだ。
「根来さん、歩き続けるしかありません。入ったんだから出れるはずです」
祐介の言うことには一理あった。しかし、洞窟から出られなくなって死亡したような事故の数々が、根来の頭をよぎっては消えた。
それに元也が、今も、二人を探してこの洞穴内を彷徨っているのかもしれない。
どうすりゃいいんだろう、と根来は頭を抱えた。しかし、どうすることもできない。後は運任せだ。何しろ、懐中電灯しか持っていないのだ。元也がくれば、その時は殺されても仕方がない。
しかし、犯人は……? 今、犯人はこの洞穴の中にいるのだろうか。そして、この洞穴のどこかに埋蔵金が隠されているのだろうか。
「なあ、羽黒。犯人は誰なんだろうなぁ」
根来はぼそりと言った。
「誰なのでしょう。なんだか、今は頭がまわりません」
そりゃそうだろう、と根来は思った。とにかく、外に出ることを考えなくちゃならねぇんだよな。
祐介はとにかく歩くしかない、と思った。二人はまたしばらく、鍾乳洞の中を歩きまわった。一体、どれほどの時間が経ったのだろう、それすらも分からないような気の遠くなる探検だった。
しかし、帰り道は見えてこない。しばらくして、二人はまたしても、この吹き抜けのような空間に戻ってきてしまったのだ。
「おい、なんだよ、さっきのところじゃねえか」
「困りましたね……」
二人はその場に座り込んだ。だんだん疲労が増してくる。次第に絶望感が増してきた。
一体、どれほどの時間が経ったことだろう。もうずいぶん、この洞穴に閉じ込められている気がする。出たくても出れない。だんだんと無性に息苦しく感じられてきた。
「どうすんだ、羽黒」
「分かりません。根来さんも考えてください」
根来はむすっと黙ったまま、じっと考えていた。祐介も黙っている。異常な静寂が二人を、包み込んだ。
「外は暗い……でしょうね」
「ああ、青月の夜だ」
月の色など分からぬが、確かに青月島の夜だから、根来はそう言った。
「そういえば暗号にありましたね。『入るべからず 青月の夜 地獄ゆき』……」
「くだらねぇことゆうなよ、本当に地獄ゆきになっちまうぜ」
根来は不機嫌そうにその場に寝そべった。まるでテレビの前で昼寝をしているようだ。もちろん、下は石ばかりであるから寝心地は最悪である。
「なあ、羽黒。この事件、どう思う? ちょっとさ、考えてみようじゃねえか」
「そうですね。どうせ、ここにこうしていても埒があきませんから、事件のことを考える方が有意義でしょう」
「そうだよな。なあ、この青月島って島にはさ、巨万の富が隠されているわけだよ。そいつの奪い合いで、殺し合いが起きているんだろうな」
「そうですね。しかし、そうだとすると、犯人は元也さん、幸児さん、沙由里さんの三人の内の誰かでしょう」
根来も考える。
「それに、英信も怪しい。あいつも死体は見つかっていないからな。本当は死んでいないのではないか?」
「その可能性も考えました。それについて述べましょう。第一に、殺害現場に服が置いていたり、靴が置いていたあの状況を見れば、当然、英信さんは死んだのだと誰もが考えるでしょう。しかし、そうだとすると、現場には不自然な点がいくつもありました。そもそも、犯人がそのような遺留物を殺害現場に放置しておくはずがないのです。それらを海に放り込めば、英信さんの殺人そもそもをうやむやにすることすらできたのです。しかし、犯人はそれをしなかった。実際に、英信さんの死体は海に捨てられたと考えられますから、遺留物だけその場に残したということは、極めて不自然です。それに、血が付いていて、裂けた上着が残っていたというのも不自然です。もし斬られた時に被害者が上着を着ていたのなら、どのタイミングでその上着を脱げたというのでしょう。このように英信さんの他殺説はあからさまに不自然なのです」
その言葉に、根来は顔を上げた。
「すると、やっぱり奴は生きているのか! つまり、あの第三の殺人は偽装だったと」
「残念ながらそうは思いません。なぜなら、むしろ、こう思わせることこそが、犯人のトリックではないか、という風に思えるからです。第一、これらの不自然な点というものが、あまりにもあからさますぎるのです。犯人は、第一と第二の殺人で、極めて巧妙なトリックによって、密室殺人とアリバイの偽造を実現した人物と思われます。仮に、その犯人が英信さんだったとして、このような不自然な偽装殺人を犯すでしょうか。誰が見ても、あれは他殺ではなく、偽装殺人だったと思ってしまう。そう思ってしまうからこそ、あれは他殺だったと言えるのです。英信さんが、実は生きているのではないかと思えるからこそ、本当に死んでいるのだと言えるのです」
根来はその言葉に頷いた。
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