13 鬼根来

 五人はその後、すぐに洋館に戻った。殺害現場を保存するより、洋館の人間の安全を確保するのが先決だからである。事実として、もう二人の人間が殺されてしまったのである。そして、その犯人がこの島のどこかに潜伏していることは疑いようがないのである。

 根来は洋館の戸締りを念入りに確認すると、リビングに集まっている人間に今までの状況を説明した。皆、一様に驚きの表情を浮かべたが、果たして本当に驚いているのだろうか。それは根来には分からなかった。この中に犯人がいるのか、それとも全く別の殺人鬼がいるのか。それを判断する必要があるのだけれど、根来には真実が一向に見えてこないのであった。

「とにかく、戸締りだけはちゃんとしてもらいましょう」

「ねえ、刑事さん。犯人は私たちの中にいるんじゃないかしら」

 と当然にこんなことを言い出したのは沙由里であった。根来はそのことだけは言わないでおこうと思っていたのに、といかにも都合が悪そうな顔を浮かべた。

「なぜそう思うのです?」

「だって、東三さんと双葉さんが死んで得をするのは私たちじゃありませんか!」

「さ、沙由里!」

 英信はそれを聞いて、顔を真っ青にして叫んだ。


 根来はこんなことを誰かが言えば、パニックが起きるだろうと危惧していた。そして、それは事実その通りになった。

「沙由里さんは私たちの中に犯人がいると仰るのね」

 と冷たい声が響いた。その声は富美子だった。

「そうです。それが何か?」

「不謹慎だと思わないの? 現実に人が亡くなっているのよ。そんな時に刑事さんを困らせることを言って……」

「お姉さん。一言、言わせてもらいます。私は冗談なんかではなく、本当にこの中に殺人犯にいると思っているんです」

 富美子は、沙由里の毅然とした口調に言葉を失った。するとバトンを回されたように元也が、

「へえ、沙由里は家族を何だと思っているんだ? 冗談じゃないって? 冗談の方が良かったよ。まさか、俺や父さんが人殺しだと思っているわけじゃないよな?」

「それなら、お兄さんはこの状況をどう説明するの? 本当にこんな小島に私たちの知らない殺人鬼がいると思っているのかしら」

 その小馬鹿にするような言葉に腹を立てたのか、元也は不機嫌そうに立ち上がると、

「いるんだよ。それとも何か、お前があいつらを殺したとでも言うのか?」

「元也もやめなさい!」

 英信が真っ青に震えながら叫ぶ。


「いいや、言わせてもらおうか。沙由里は一体、尾上家を何だと思っているんだ? 東三と双葉が死んでくれた今、埋蔵金は俺たちのものだ。上手くいっているんだよ。それをお前は一族の立場を危うくするようなことばかり言うじゃないか。お前は一体、尾上家の人間なのか、それとも赤の他人なのか!」

「そういう考えが、この事件を引き起こしたんだわ!」

「お前!」

 元也は、もう我慢ならないとばかりに立ち上がると、沙由里に掴みかかった。すぐさま右腕を振り上げる。沙由里の見開かれた瞳、元也の血走った視線が交差する。……その時。

「やめろ!」

 根来が、虎が飛びつくような勢いで、二人の間に飛び込んできた。すかさず根来が、元也の右肘を掴んだかと思うと、元也は右腕を一気に捻られて、そのまま全身のバランスを失って、ソファーに頭から飛び込んでいったのである。

 ソファーのクッションに弾かれて、ムクッと起き上がった元也は、一体何が起きたのかも分からずに、自分の右腕を抑えていたまま、ただ呆然としていた。

 根来はすかさず、周囲にいる人間に向かって叫んだ。

「これは殺人事件だ。勝手な行動は許さん。これからは誰一人として感情的な言動は慎んでもらおう! そして、沙由里さんの言う通り、あなた方もこの事件の容疑者なのだぞ!」

 根来のあまりの迫力に、一同は押し黙った。


 祐介は、この様子を眺めながら、この事件がどのように展開してゆくのか考えた。根来の怒号が効果的に響いただろうか、それも犯人の感情を逆なですることになったのだろうか。

 何はともあれ、この状況で混乱が巻き起これば、二次、三次の殺人が起きかねない。第一、第二の殺人を起こした犯人とはまるで違う人物が、感情的になって、まったく別の殺人を起こすかもしれない。

 根来のように力で押さえることも必要だろう。しかし、飴と鞭と言うのではないが、あまり力だけあって、容疑者たちの気持ちを悪戯に追い込んでもいけない。

 そこで祐介は、

「勿論、皆さんの中に犯人がいるなどということは我々も考えておりません。しかし、あくまでも可能性があるということなのです。そのことをわきまえて、慎んだ行動をして頂ければ、皆さんが不利益を被ることはありません。そうですよね。根来さん?」

 根来は、さっきまで完全なる鬼神、鬼根来の状態だったが、羽黒もなかなか上手いことを言うもんだな、といくぶん感心した様子で、

「ふむ。そうですな。あくまでもこれは可能性の問題です。なに、帰りの船が到着するまでの四日間は、各人が冷静に動かねばなりません」

 といくらか丸くなって語った。その言葉を聞いて、一同はほっと胸を撫で下ろしたのであった……。

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