　根来と祐介は、その料理屋の海のよく見える座敷に上がると、尾上家の人々の欲望にまみれた笑顔に迎え入れられた。

「どうも、どうも。皆さん。出発はいつですか」

　根来が酔っ払いらしい愛想を振りまきながら尋ねると、

「出発時間だなんて、そんなことは後でいいじゃありませんかぁ。第一まだ、東三（とうざん）さんもそのお兄さんの双葉（そうよう）さんもまだいらしてませんよ。それよりもお二人に海鮮丼とお酒を！ね？女将さぁん」

　英信がにやにやと薄笑いを浮かべながら、女将さんを呼んだ。

「おい、ソーヨーって誰だよ」

　根来は眉をひそめて、祐介に尋ねる。

「幸児さんが言ってたじゃないですか。例のおじいさんが愛人を三人作って、子供を一人ずつ産ませたんだって、その二番目が支倉双葉（はせくらそうよう）さんって言うんです」

　祐介はさっぱりした表情で語った。

「そうか。つまり、そいつらがまだ到着していないわけか。しかし、なんだ、ソーヨーって。なんで音読みばかりなんだ。戦国武将かよ、まったく」

「おじいさんの和潤さんは、渋い名前がお好きだったのでしょう。あるいは家柄のせいでしょうか」

「ひいじいさんはメイアン、その子はワジュン、愛人の子供は、ジュンイツ、ソーヨー、トウザンか。それで、正妻である早苗さんの子供だけはヒデノブ……。こいつも戦国武将みてえな名前だ」

　根来はもごもごそんなことを不満げに語る。後にこれが重要な手がかりになることも知らずに……。

　英信は、こそこそ会話をしている二人のことが、心配でならない。オロオロと膝立ちになって、手をこねまわし、

「ね、根来さん？は、羽黒さん？何かご不満な点でも……」

「ああ、いやいや。別になんてことねえんだ。それやりも海鮮丼と酒があんのか。いいねえ」

　根来は嬉しそうに言った。祐介はやれやれと言った顔をして、

「根来さん、仕事なんですから」

「俺は仕事じゃねえよ。仕事はお前だろ。俺は休み取ってきてんだからさ。これぐらいされて当たり前だぜ」

　と言う。それもそうか、と祐介は思い直して、だんだん自分も旅行気分になってゆく。

「海鮮丼頂きましょう。……すると、東三さんと双葉さんが到着してから、島に出発するんですね。それで島に向かう漁船は？」

「そこの漁師の浜松さんに頼んであるんですよ」

　すると、部屋の隅に座り、丼を片手に持って、ガツガツと掻き込んでいる顎髭の濃い漁師風の男を、英信は指差した。彼は頬に米粒を付けたまま、ぺこりと二人にお辞儀をすると、

「この度は、法外なお金を頂きましてありがとうございます」

　と英信に言って、さも嬉しそうに笑った。

「い、いくら積んだんですか」

　根来は驚いて、すぐさま英信に尋ねた。

「へへっ、まあ、これぐらいです」

　と自慢げに右手を開いて五本の指を立てた。

　根来は、それを見ても、桁がまったく分からない。いちいち尋ねるのも貧乏人臭いので、

「ああ、なるほど……」

　と、とりあえず分かった風に頷いておいた。

　見れば、英信の隣に座っている品の良い、しかし、なんとなく冷たそうな印象を与える年長の女性が、英信の正妻の時子である。さも面白くなさそうな顔をして座っている。

　それと幸児の隣にいる色の焼けた男が、英信の長男である元也（もとや）に違いない。

　そして、隣りに座っているのが、その妻の富美子（ふみこ）なのだろう。すると残りの次男、幸児の恋人である未鈴（みすず）と、幸児の妹、沙由里（さゆり）を合わせた美女三人が、その場にずらっと並んでいるのが大変に艶やかだった。もっとも、根来や祐介にとってみれば、この三人のうち、誰が誰なのかは分からない。三十代ぐらいの年背格好の一段と大人っぽい美女が、おそらく富美子なのだろう、と根来が勝手に想像しているだけである。

　この集団が皆、物欲にまみれた顔つきでヘラヘラと笑っているのが、根来にはなんとなく不気味に思えた。よくよく考えても見れば、こいつらは金に困っているものでもないのに、さらに巨万の富を手に入れようとしているのだ。貧乏な家に産まれて、苦労して育った根来はその金持ちの傲慢さに、虫酸が走って堪らなくなるのであった。

「ううっ、くそ……」

「どうしたんですか、根来さん」

　祐介は驚いて尋ねた。

「何でもねえ、ただちょっと古傷が痛むんだ……」

　するとそれを聞いた英信がオロオロして、立ち上がり、

「ふ、古傷ですか？それならお酒は止めておきますか」

「いいや、俺の古傷は酒飲んだ方が治んだ。さあ、一気にあおるぞ！」

　根来はそう言うと、日本酒をさも美味そうに呑み込んだ。

　酔っ払って役に立たない根来は放っておいて、祐介は英信から話を聞いた。

「それで、この青月島に集まろうという話は、東三さんの方から提案されたんでしたね」

「ええ、手紙でね。あの時は心底驚きましたよ。私はそれまで東三と会ったこともなかったのですから。それで、この度、潤一さんが亡くなられたということで、それまで潤一が持っていた暗号文を私が受け取ったので、お会いしたいと言うのですよね。私ども、そう言う暗号文があることは知っていたのですが、父の遺言では、それは一族の抗争の元だから触るんじゃないよ、ということだったんです。どこにしまわれているのかも私は知らなかったんですよ。それが、どういう訳か、愛人の子の潤一さんが預かっていたと言うんですよね」

「はあ、それで今回、東三さんはその暗号文を持ってくるのですね」

「そうなんですよ」

　しかし、東三はなんで暗号文をこの場に持ってくるのだろう。そんな宝のありかを描いた地図のような存在を、英信なんかに教えないで、自分一人で独占し、解いてしまえば良いものを。それとも埋蔵金を独り占めするのが嫌だったのだろうか。だとしたら、その暗号文のことも教えずに捨ててしまえば良いのに。まあ、東三にも人並みの配慮ができて、埋蔵金を見つけても独占せず、一族内で平等に分けようとでも提案するつもりなのだろう。

　祐介はまだあまり関心が湧かず、運ばれてきた海鮮丼を頬張りながら、適当なことを考えていたのである。