第9話 異世界

 なっ! 草原? 空だと。さっきまで室内だったのに……

 

 

 俺は、麟太郎りんたろう。配送会社の運転手だ。国会議事堂占拠せんきょ事件に、首を突っ込んでしまい、いつの間にかここにいた。

 

 どこ?

 

 悪党が虐殺ぎゃくさつされる現場にて、和香ほのかと一緒に必死でいつくばって、銃弾をわした時に強い光に包まれた。

 音が消え、気配が消え、感覚が消失した。フワリとした浮遊感を感じたような気もするが、さだかではない。

 

 どれくらいの時間が過ぎたのかもわからない。

 段々と思考が動きだす。床の上にいる感覚が戻り、音が帰ってきた。風がほほをくすぐる感覚が心地よい。

 

 風?

 

 違和感に気づき、驚いて目を開ける。

 床じゃない。

 俺がうつ伏せているのは地面だった。

 草がオデコに刺さっている。

 土の匂い

 花の香り

 虫の羽音

 なんじゃこりゃあああ!

 

 俺は訳がわからず、上半身を起こしてみる。

 

 見渡す限りの草原がそこにはあった。上を向けば青い空だ。雲がのんびり流れている。

 

 なっ! 草原? 空だと。さっきまで室内だったのに……

 

 風がビュウと吹き、髪を揺らすが、見たこともない風景に驚くばかりで、しばしほうける。

 

 夢?

 

 ちくしょう、どういう事だ。あいつが400人の悪党を銃殺したと思ったら、部屋がホワイトアウトして、急に体が軽くなった。

 そうしたら、いきなり草原だと。あり得ない。

 

 いやいや落ち着け……

 

 

 

「よう、悪魔。約束を果たしてくれて感謝する。だが余計なのが付いてきてるぜ」

「クククッ、オマケですよ。あなたは期待以上の働きをした。だからサービスです。お一人じゃさびしいでしょ?」

 

 悪魔だと? なんだこの状況は、話についていけない。

 

 とりあえず声のした方向に視線を向ける。そこには、胡座あぐらをかいたゴンザ、ちゅうに浮く人型の影、白いワンピース姿の幼女がいた。

 

 なんだあの黒い影は? 人型ひとがたをしているけど、なんか空に浮いてるし、明らかに人間じゃないよな。

 幼女ってなんだよ。衆議院本会議場にはいなかったよな。

 

 胡座をかいたゴンザと同じくらいの背丈の小さな幼女が、手に持った木の枝で、ゴンザのオールバックをツンツンとつついている。ゴンザの子供か?

 

 幼女と目があった。

 

 ニパッと笑った幼女がこちらに走ってきて、俺のほほをつつきだす。何が面白いのかな? ウザいんですけど。

 木の枝でツンツンされる不快感に、顔をそむけた先に和香ほのかがいた。俺と同じように上半身を起こして、呆然ぼうぜんと風景に見いっている。

 

 

「よう、あんちゃん。起きたか」

 

 ゴンザの言葉に和香もこちらを向く。疑問を押し殺したような顔だ。釈然しゃくぜんとしないが、とりあえずは、事実として状況を受け入れようと、必死なのであろう。

 

 俺と和香が立ち上がってゴンザに近づく。いつの間にか足の怪我が治っている。どうなってるんだ?

 

 幼女が俺の手を取ってニパッと笑い、ついてきた。なんでなつかれてんだよと、余計な疑問が増えたが置いておこう。

 

「どういうことなの?」

「どういう事か説明してくれ」

 

 唯一事情を知ってそうな男を前にして、俺と和香の言葉が重なる。

 

「がはは、面白い。まあ、そういう反応になるよな。だが俺もこの世界の事は知らん。お前達がここにいる理由は、俺の転移に巻き込まれたんだ。サービスでな」

「この世界と、わざわざ言うってことは、異世界なのか?」

 

 そういうことだな。とゴンザは言った。俺と和香は顔を見合わせる。にわかには信じられないが、おいおいわかってくるだろう。

 

 

 

 何でも、地球のアチコチの戦場で、傭兵として活動していたゴンザが、ちょっとしたミスで死に掛けたらしい。その時にどうせ死ぬなら、異世界に転移したいものだと、死のふちで考えたそうだ。

 

 ゴンザの愛読書はラノベなんだとか。悪党にファンタジーは似合わないが、戦場での現実逃避げんじつとうひには良いのかもしれない。

 

「だってよう、地球は窮屈きゅうくつすぎるんだよ。なにかと正論振りかざして、あれはダメ、これは間違ってる、ってうるさい馬鹿が多くていけねえ」

「わかる気がするわ」

「コブラが何人殺してるんだよ。読者がサイコパスだとか殺人鬼だって批判するか?」

「しないな」

「俺はそんな世界に生きたかったのさ。もっと単純に楽しくな」

 

 うわー、夢見がちな子供じゃないか。そんな感覚で人を殺してたのかよ。やはり悪党の心理はわからん。

 ここでゴンザの事を「中二病でオタクな虐殺者ぎゃくさつしゃなんて、ただのサイコパスじゃないか」と批判したら殺されてしまうのだろうか?

 

「この世界でも殺しまくるって事か?」

「俺は悪党だが、無闇むやみやたらに殺生せっしょうするキチガイじゃねえ」

 

 ゴンザはそう言うが、なぜか、トラブルに嬉々として突っ込んでいくゴンザの姿が思い浮かんだ。俺も先日、トラブルにみずから足を突っ込んだ口なので笑えない。

 

「そこで、私が手を貸しました。クククッ」

「あなたは、誰ですか? 人間ではありませんよね?」

 

 和香ほのかが恐る恐る聞いた。

 

「私は、悪魔です。エイメンとお呼び下さい」

「「悪魔!」」

 

 ゴンザが、ニヤニヤしている。余裕だなぁ。悪魔と契約したってことは、たましいささげることになるぞ。永劫えいごうの地獄をさまようんだぞ。

 

「悪魔って、人間をだまして魂を地獄に連れてく、邪悪な存在的なやつなのか?」

「地球の人間の解釈は知りませんが、この世界は私が作りました。この世界において私は、人間の言うところの『創造神』ですね。ご理解いただけましたか?」

「この世界は、地獄なのか?」

「悪魔の作った世界を地獄と呼ぶなら、そうなりますね。私は、この世界を『ナラクネイダ』と呼んでいます」

「俺は地獄に連れてこられたのか……」

 

 落ち込む俺を見て、ゴンザが「がははは」と豪快に笑う。

 

「何を勘違いしているかは知りませんが、ここは異世界です。あなたの常識は、一度捨てた方がよろしいですよ。

 神が善良、悪魔が邪悪とは限りません。人間の妄想もうそうから作り上げた知識など、役に立ちませんよ。

 神は秩序ちつじょを愛し、悪魔は混沌こんとんを望むだけ、力に差異さいは無いのです」

「私には、エイメンさんが邪悪な存在には見えないし、この世界が地獄には見えないわ」

 

 確かに俺にも見えないけど、悪魔は狡猾こうかつだと聞くぞ。演技なんじゃないか?

 

「ありがとうございます。現にゴンザさんは、地球は退屈で地獄だったと言っています。秩序があれば良い世界と思うのは、人それぞれなのではないですか?」

「そうかなぁ。そうやってだまして、いっきに不幸のどん底に落とすのが、悪魔のやり口なんじゃないのか」

 

 俺が悩んでいたら、和香に「話が進まない」と怒られてしまった。ゴンザがまた笑っている。

 

「話を戻します。ゴンザさんが死に掛けて、私が命を助けました。そして私の願いを聞く代わりに、ゴンザさんを異世界転移させる約束をしました」

「エイメンは、1日で100人殺せるか? と言った。俺には容易たやすい要求だった」

「ゴンザさんは、ファンタジー世界に行きたいと言いました。私は、この世界はどうかと提案しました」

 

 こうしてゴンザとエイメンの契約が成立したらしい。エイメンから、ロボットと白い人形が貸し出され、ゴンザの計画通りに悪党が400人も集まり、それを虐殺した。

 

 見事、契約がされてファンタジー世界に転移してきたというわけだ。

 

 逃亡の事を考えなくて良かったので、楽なものだったとゴンザが笑う。

 

「俺達は、そのとばっちりを受けたわけか」

「予想以上の収穫でしたから、サービスで、ゴンザさんが気に入ったあなたの願望も、かなえてあげたのです。なかなか無い事ですよ。クククッ」

「俺は、異世界転移なんて願ってないぞ」

「あなたの願望は、『和香さんの力になりたい』でした。そして和香さんの願望は、『異世界転移』だったのです」

「俺の願いを叶えるには、和香の願いを叶える必要があったというわけか? 俺は、地球で和香の力になりたかったんだ。拡大解釈かくだいかいしゃくし過ぎだろ」

「あなたは和香さんの幸せも願っていましたよ」

「……」

 

 和香ほのかが「私はたなぼたねぇ」と呑気のんきに喜んでいる。

 本当に喜んでいいのか? 悪党ゴンザ悪魔エイメンに、得たいの知れない世界に連れてこられたんだぞ。警戒しろよ。まったく

 

 ちなみにエイメンが、なぜ1日で100人殺したかったのかというと、地球の神とけをしたそうだ。

 1日で100人の悪党を殺せる人間を見つけたら、殺した魂をもらえる約束をしたらしい。エイメンの世界ナラクネイダは、魂の数が足りていないので、こうして補充ほじゅうしているのだとか。

 

 地球の神は、悪党のけがれた魂を浄化する手間がはぶけ、エイメンは魂の補充ができる。そしてゴンザの願いも叶う。正にWin-Winな計画でした。とエイメンは嬉しそうに語る。

 

「悪党が400人以上、それ以外が100人ほど死にました。それ以外の100名の魂は、地球に返さなければなりませんが、悪党の400の魂は私のものです。期待以上の成果でした。ゴンザさん、ありがとうございます」

「なあに、お互い様さ」

 

 と、悪党と悪魔が握手している。人の魂をなんだと思っているんだ。地球の神も結構邪悪じゃないか。世の中には、まともな神はいないのか?

 

 

 

「で? 俺と手をつないでる幼女は誰なんだ?」

「お前の子供じゃねえのか?」

「麟太郎君、いつの間に」

「隠し子とは、すみに置けません。クククッ」

「パパ」

「違うわー!」

 

 ゴンザが「冗談だ」とゲラゲラ笑い。エイメンと和香は目をらす。幼女は、嘘泣うそなきしながらチラチラとこちらをうかがっている。

 

「こいつは、ヘルンクラムってんだ。半分機械で、半分生き物さ」

「サイボーグとかアンドロイドみたいな物か?」

「いや、生物と言っても魔法生物だ。つまりゴーレムさ」

「その子は、ゴンザさんの乗っていたロボットですよ。白い人形は、私の眷属けんぞくです」

「あのデカいロボットか?」

「いろいろ形態を変えられます」

 

 

 元々、ゴンザに貸し出したゴーレムだったが、ボーナスとしてあげたと言う。これは、俺にもボーナスがあっても良いのでは?

 

 

 

 

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