Part28 行動指針
――それで、何か具体的なプランはあるの?
俺は図書室へ移動しながら、ミライに訊いた。
今日は、図書委員としての仕事をやらなければいけない。昨日は杉浦先輩がやっていたのを、藤原先輩と一緒にするという事になっているのだ。
――今、あやちゃんが何処にいるのか、とか。
それが分からなくては、幾ら俺にクロスブラッドの力があったとしても、どうしようもない。
「やはり、彼女がリアライバルになった理由を探さなければいけないだろうな」
――理由? ソウルリバーサル現象が、その理由じゃないの?
「そのソウルリバーサル現象が、どうして彼女に起こったのか。これを探らなければいけない」
――ブラッド粒子の暴走、じゃないの。いや、どうしてあやちゃんのブラッド粒子が暴走したのか……だね。
「そうだ」
――じゃあ、どうしてブラッド粒子は暴走するんだ?
ブラッド粒子の暴走が引き起こすソウルリバーサル現象によって、人間の肉体と精神、それぞれに働く二種類のブラッド粒子が対象を変え、これによって肉体が精神(無意識)の形に変化する。
その暴走のきっかけは、何なのか。
――その暴走の可能性は、誰にでもある訳? 別にあやちゃんじゃなくても、リアライバルになる危険性はあるんだろう?
「可能性だけなら、どんな事だって一〇〇かゼロさ。宝くじは当落の結果以外にはない。それが一億円であっても三〇〇円であってもな」
――そりゃ、まぁ。
「しかし、やはり何かのきっかけがなければソウルリバーサル現象は起こらない。さっきも説明したが、基本的には一方向にのみ働く流動ブラッド粒子の力の方が強い。それが逆転するだけの力が、あやちゃんに働いたという訳だ……」
――その力が、何なのかだ、問題は。
力と言っても、物理的な力だけではない。それこそ、抵抗ブラッド粒子を発動させる精神的な力もある。
まさかあやちゃんが、自ら化け物になりたいなどと思う訳がないし、ミライの説明によるのならば、妄想の中では心の形を化け物にして別の世界線に誕生させる事は可能であっても、現実世界には生じ得ない。
となると……
――流れ星。
「ん?」
――昨日、流れ星を見たんだ……。
朝、あやちゃんと一緒に学校へ向かっている時、俺は流れ星を見た。
牡丹坂高校に向かって落ちてゆく、光の軌跡だ。
そしてその夜に、あやちゃんは怪物となり、俺はミライと出会った。
リアライバルと遭遇し、俺がクロスブラッドになる直前、俺があの場所にいたのは、夜にも不思議な光を牡丹坂高校に見たからである。
――あの流れ星が、何か関係しているんじゃないか?
あの日、普段と何も変わらない俺たちの日常に、変わった事があったとすれば、あの流れ星を見た事である。
「流れ星か……うん、じゃあ、もう一度、高校に行ってみよう」
――ああ。でも……
俺は、図書室の前に着いていた。この仕事をしないでいるという事も出来ないだろう。
それに、こんな妙な事を調べるのならば、昨日のように人が少ない夜の方が良いかもしれない。
学校が終わったら、その後、再び牡丹坂高校へ向かう事にした。
図書室の、貸出カウンターの内側には、既に藤原先輩が来ていた。
キャスター付きの椅子に腰掛けて、退屈そうだ。
「先輩、早いですね」
「教室がすぐ上だからね」
「一組でしたっけ」
「うん。……あ、そーだ、聞いたぜぇ飛鳥くん」
藤原先輩は、指をちょいちょいと振り、俺に近付くよう言った。
俺がカウンターの内側に入ると、藤原先輩は耳元に口を寄せて、声を潜めて話し始めた。
「喧嘩したんだって? しかも、あの浜岡たちと」
「ハマオカ?」
「浜岡
ハマオカ・レオン……ああ、あの。
「い、いや、あれは……」
「しかも
満井俊郎は、刈り上げの男だ。久保沢イワオと言われてすぐにはぴんと来なかったが、ソフトモヒカンの三年生だ。ゲンと呼ばれていたから、イワオとは“巌”の事だろう。そしてマコと呼ばれていた女子生徒は、名前ではなく苗字の方から付けられたニックネームらしい。
有名……なのだろう。
しかし藤原先輩は、テツという人の事は口にしなかった。
「な、何で、その事……」
「やっぱりマジなのか。凄いじゃないか! ……まぁ、俺だって部活をやっていた頃は、一対一なら勝てるとは思っていたけど、しかも三人をいっぺんに相手にして、しかも倒しちゃうなんてなぁ」
あの光景を見ていた生徒が、他に何人かいたのだろう。噂になって広がるのは、好ましくはないが仕方のない事ではある。
だが、尾ヒレが付いて回るのは、些か面倒であった。
「あのっ……その事、なんですけど……」
「分かってるよ。別に言い触らしたりはしないってば。他の生徒には広がっちゃうと思うけど、俺は君に確認しただけだから。特に、君のお父さんに知られるとまずいだろう」
「父さん? 俺の?」
「飛鳥くんのお父さんって、空手の先生だろ? 空手家の息子が人を殴ったとなると、正当防衛でも問題になりそうだからなぁ」
父さんは東京の道場で修行をして、自分の道場を持つ事を許され、生まれ育ったこの町で空手の指導をやっている
俺は父さんから、拳の握り方一つ教わっていないが、それでも、俺の父親が空手家であるとはすぐに知れる事だ。
俺が事件を起こしたとして、まだ、親の責任に出来る年齢だ。しかしこと暴力事件に於いては、例え指導を受けていないにしても、空手のような武道・格闘技をやっている人間の子供が犯人となるとその責任は大きくなるだろう。
「でも意外だなぁ。飛鳥くん、喧嘩、強いんだねぇ。今までちっともそんな風に見えなかったのに。能ある鷹は何とやら、だ」
それは平坂先輩にも言われたが、やはり藤原先輩にも、その本当の事は教えられない。
「そんなんじゃないですよ。あれは、その、偶然って言うか、まぐれって言うか……兎に角、色んな要素が、こう、複雑に絡み合った結果って言うのかなぁ……」
「謙遜しないで良いって。男なんだから、喧嘩が強くて悪い事はないさ!」
藤原先輩はぽんぽんと俺の肩を叩いた。
その、かつて人を散々殴り抜いたにも拘らず、ぬいぐるみのように柔らかい手なら、俺が決して喧嘩で強いような肉体ではないと分かる筈だ。だが俺の身体が彼らを倒したというのは事実だ。
「意外と、藤原先輩って好戦的なんですね……」
でなきゃ、喧嘩が強くて……などという台詞は出まい。
尤も、今は図書委員なんてものに収まってはいるが、元々はボクシング選手だ。しかも負傷で引退せざるを得なかったのであるから、鬱憤や不満自体は残っているに違いないのだ。
「血が騒ぐって奴かなァ。何なら、後でちょっと教えて上げるよ」
「な、何をです?」
「ボクシングだよ。折角だしやってみないか? 俺も、教えるくらいならまだまだ出来るぜ」
「い、いやいやいや、良いです、遠慮します。俺、体力ないし……」
「そう? 残念だなぁ……」
藤原先輩の意外な一面を見ながら、俺は貸出カウンター内のもう一つの椅子に腰を下ろした。途端に、今日一日の疲れがどっと出たように、睡魔に襲われてしまった。
仕事は真面目にこなさなきゃ……と、どうにか眠気を振り払いつつ、俺は時間までカウンターの中でじっとしていたのであった。
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