第6話 聖剣よ、輝け。
「生きて、人々の希望となってこその勇者です!」
少女の力強い宣言が脳に響く。
一陣の風が吹き抜けるように。
ハンマーで頭部を叩き割られるように。
絶対零度の氷が一瞬で溶け崩れるように。
ダンテは衝撃を受けた。
それはハイリーの言葉に感銘を受けたとか、勇気をもらったとかそういうわけではなく。ただ、傷ついた少女が立ち上がり微笑む姿に驚いたからだ。
自分はいったい何をしている?
親友は倒れているのに、目の前の少女は傷ついているのに。自分は自分が傷つくことを恐れて、縮こまってばかりではないか。
ダンテは理解している。この状況で、逃げて助けを呼ぶのは実に合理的だ。善策だ。しかし最善策ではない。
本当ならとりたくない最善策がある。そして、今や誰かが傷ついているのを見過ごす訳にはいかない。いや、これ以上自分の都合で誰かを傷つけさせるわけにはいかない。
ダンテは汗を拭い、息を吸い、意を決して言葉を放った。
「ハイリー、絶対こっちを見ないでくれ」
「え?突然ど……っ!?」
振り返ったハイリーが硬直するのを尻目に、ズボンを脱ぎ捨てる。ズボンは熱風に拐われ、遠くへ飛んでいってしまった。
そうして丸裸になった下半身をローブに隠し、ダンテは佇む。
「なっ、なっ、なっ、なにをしているんですいきなり!?!?!?」
「……うーん、気でも狂ったかな?」
心もとない下半身に手を伸ばす。
「ああ。おかしいよな、こんなの。絶対におかしい」
「……ダンテ、お前」
「女の子が全身ボロボロになってるのも、親友が倒れてるのに何もしないのも」
裾を捲り上げ、中のモノを握り込む。
握りしめたモノに光が収束して、獅子のように雄々しい、金色の魔力が辺りに満ちる。
「勇者でもなんでもない俺に聖剣があるのも……!」
「全部全部、親父のせいだっ!!!」
振りかぶった聖剣は鋭い斬撃を繰り出し、対面するディッキーの右羽を襲った。光に触れた羽は瞬く間に蒸発し、男は目を見張る。
しかしそれも一瞬のこと。ディッキーはすぐさま三つの火球を生み出し、ダンテ目掛けて撃ち放った。
ダンテは虫を追い払うがごとく、全ての火球をいとも簡単に打ち落とし、そのまま背後へ跳躍する。
空中で体を捻り、ジュリオに覆い被さる火熊の喉をひと突き。勢いのまま、全身でその巨大を押し倒した。その獣は声を上げることすらできず、静かに命を落とす。
考える必要はない。倒すべき敵を認識すれば、後は聖剣が最適解を導きだしてくれる。
一ヶ所にまとまっていてくれた方が守りやすい。そう判断したダンテはジュリオをそっと小脇に抱え、ハイリーの側へと移動した。
ぐったりとした親友の体を、なるべくゆっくり地面に下ろす。聖水の雨のお陰で外傷は多少塞がってきているが、骨や内臓が心配だった。
治癒魔術は使えるか、とハイリーに言いかけたところで、邪魔な声が割り込んでくる。
「お前っ!どういうことだ!?ありえない、ありえない!それは、その剣は……っ」
「正真正銘、前勇者の使っていた聖剣だよ」
ディッキーにもよく見えるよう、ダンテは聖剣を高く掲げて見せた。刀身はハイリーが見つけた剣よりも厚く、長く、重厚な雰囲気を纏っている。
雨にも炎にも負けず、黄金の輝きが太陽のように周囲を照らした。
「あれが、本物の……じゃあ私の見つけた剣は……?」
「悪いな、ウソ、ついてて。あの聖剣は、ダンテしか、つかえねーんだ」
呆然と呟いたハイリーに対して、苦しそうな呼吸でジュリオが謝罪した。
「……!あなたも知っていたのですか!」
「まあな。俺と、俺の家族、だけ」
「どうして」
「そりゃ、ダンテ、の……ヴッ」
「!」
ハイリーは慌ててマントを破き、傷口を強く縛った。小声で「ありがと」と呟き目を閉じるジュリオ。
一方で、ダンテと対峙しているディッキーは、苛立ったような嬉しいような複雑な表情を浮かべていた。
「聖剣……。まさか、まさかこんなチンケな村で見つかるとはね」
「こちとら一生隠しておくつもりだったさ。お前が来なければな」
「まあいい。魔王様への手土産に持って帰るとするさ。ついでにお前らの丸焼きもなぁ!」
再度、男の手の上に火球が生成される。今度の火球は大きく、密度が高く、灼熱の炎が唸り声を上げている。先ほどまでのものと比べて遥かに強力なのは、見ただけでわかった。
しかしダンテは負けるつもりはない。火球の迫力に多少の汗はかいたものの、聖剣を握っている今、負けるわけがないと思っていた。
「聖剣も俺たちも、どっちも渡さねえよ」
「そうだ。そもそもそれは、ダンテのち◯こだぞ」
「ジュリオっっっ!!!!!?」
大怪我しているはずの親友が、根も葉もない言い方をするものだから。ダンテの口から悲鳴に似た声が飛び出す。
ジュリオの治療をしていたハイリーが小さな声で「ちん……っ」と呟いた。顔が赤いのは、炎のせいではないのは明らかである。彼女の反応を見て、今度はダンテが顔を赤らめた。
そうしている間にもディッキーの構える火球はどんどん大きくなり、焦げるような嫌な臭いが辺りに立ち込める。
「ハッハッハッ!なるほどなるほどぉ?じゃあお前が死ねばその聖剣も役にたたなくなるんだろうなぁ!」
「……最悪なジョークをどうも。やれるもんならやってみろよ」
「うん、じゃあ、遠慮なく」
ニッと牙を見せて笑い、ディッキーは鶏小屋ほどの大きさの火球を放った。
猛る炎が大地を焼く。熱い風が喉を焼く。赫い光が空を焼く。そうして凄まじい勢いで迫りくる火球。
ダンテは聖剣をしっかり両手で持ち、片足を上げ、目線は逸らさないまま大きく振りかぶり
―――そして高く打ち上げた。
腰全体を使って大きくフルスイングされた聖剣は火球をしっかり芯で捕らえ、高く遠く、まるで彗星のように遥か上空へ飛ばして見せた。
その場にいた全員があんぐりと口を開け、行方を見守る。数秒後、頭上から鼓膜を揺さぶる破裂音が響き渡り、パラパラと砕けた火の粉が降り注いだ。それらも聖水の雨に包まれて、やがて消え失せていった。
「よぉ、誰を丸焼きにするんだって?」
自然と好戦的な笑みが顔に浮かぶ。上出来な結果に勝ち誇り些か喧嘩腰のダンテに対し、ディッキーは大きく舌打ちした。
「普通の人間ならこれで終わりなんだよ。まあ本気の半分も出してないけどねぇ!」
「あははっ。あいつ、ち◯こに負けて、言い訳してやがる」
「ジュリオ!お前は少し黙ってろ!」
「言い訳じゃねーよクソチビ!」
二人に叱られ、ハイリーに睨まれ、怪我人のジュリオは地面に寝転がったまま肩をすくめた。聖水とハイリーの治療のお陰で外側の傷はかなり塞がり、呼吸もだいぶ安定してきている。それにこれだけ軽口を叩けるのなら、命の心配はないだろう。
「つーか、お前らさぁ」
馴れ馴れしく傲慢で不躾な声。ディッキーはイライラした様子で尻尾を地面に叩きつけていた。ジュリオに煽られたのがよほど気にさわったのだろう。
「そもそもなに呑気にしてるわけ?俺はディッキー・フィーゴ様だぞ。魔族の中でも高位の存在なんだぞ。俺様が本気出せば国の三つや四つ、簡単にぶち壊せるんだけどわかってる?」
「ハッ!目の前にいる『聖剣を持っただけの一般人』に勝てないやつが何を言ってんだか」
「聖剣が予想外だっただけで、今なら余裕で勝て……る……」
ディッキーの言葉の最中に、ジリリリと激しいベルの音が鳴り響いた。ズボンのポケットを探りやたらと大きい時計を取り出したディッキーは、その盤面を見てため息をついた。
「あーあ。無駄なお喋りのせいで時間が来ちゃった」
油断なく聖剣を構えるダンテをチラリと流し見し、尻尾を引きずって、ゆらりゆらりと歩きだす。
向かう先には、火熊の死骸。
「じゃあ俺様帰るけど、次に会うときはお前らが死体であることを願うよ」
「待ちなさい!貴方をこのまま野放しにするわけにはいきません!」
「ただのお飾りお姫様勇者様のくせに、騒ぐんじゃあないよ。言っておくけどめちゃくちゃ手加減してやってたんだからな?」
「この……っ!」
「待てハイリー!あいつ一体、なにをし……て……」
今にも飛びかかりそうだったハイリーを押さえ、ダンテは目を凝らした。
ディッキーの青い爪が火熊の首の傷に入り込んでいく。ぶちゅっ、と音を立て、爪から指、手、手首まで。そしてディッキーがニヤッと笑った瞬間、火熊の死骸を黒いヘドロが包み込んだ。じゅるじゅる、どろどろ、不快な音が耳にねじ込まれる。
ディッキーが手を引き抜くと、ヘドロは自立し、こちらを睨み付けた。
「火の神改め、邪焔の大神・黒火熊、一丁上がり~」
ヘドロの下から現れたのは、火熊だったもの。体からヘドロを滲ませ、汚物を焦がしたような悪臭と蒸気を身に纏っている。濁った瞳には理性も知性もなく、灼熱の唾液がひたすら溢れ落ちている。
ディッキーが黒火熊と呼んだ存在は、しばらくの間ただそこに突っ立っていたのだが、急にダンテたちの方を向いたかと思うと猛烈な勢いで走り迫ってきた。
「グルウォオアァァァァァッ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます