第1話 少女よ、なぜ露出する。
暗い赤毛の青年・ダンテは、商品カゴから赤く熟した果実を5つほど失敬し、まとめて口に放り込んだ。噛み締めると、モチモチした特徴的な食感と甘酸っぱい果汁が口の中いっぱいに広がる。
ネルプという、この地域にしか流通していないこの果実。手頃な値段で味も良いため、庶民のおやつとして人気だが、果汁が魔力を奪ってしまう作用がある。そのため、昔から大量に食べることは控えるよう注意されてきている。
雑貨屋のカウンター奥で堂々とつまみ食いをしながら、ダンテは大きく伸びをした。サイズの合っていないローブがミシミシと軋む。
彼の暮らすミルティーユ村は『平和と実りの村』と呼ばれるほど平和である。平和であるがゆえに、旅の休息地として旅人や狩人の集団が立ち寄ることも少なくはない。
訪れては去る多用多種な来訪者を、村人は皆笑顔でもてなす。楽観的で好奇心旺盛、外の人間とも分け隔てなく接するその村民性は、平和な村の産物と言えるだろう。
ダンテは、そんな平和な村に生まれた。
両親亡き後、幼馴染みの家に引き取られ、のびのびと育てられた。今は近所の農家や教会、幼馴染みの家が経営する雑貨店の手伝いをして生活をしている。
成人を目前に控えた17歳の今、将来についてアレコレ考えてはいるものの、この村の生まれらしくその考えはどこか楽観的であった。
「給料的には神官だけど、試験がなー……。やっぱり、このまま雑貨屋手伝いでいるのが楽チンか……」
安定した収入と、それに見合う学力があるかどうかを考えため息を吐く。将来について考える時間は日に日に長くなって来ている。思わず独り言が出てしまうくらいに。
そうしてボソボソと独り言を言っていたダンテの側に小柄な影が降り立った。
幼馴染みのジュリオだ。
彼の家に引き取られて以来、兄弟同然に育てられたため、ダンテにとって弟のような存在である。
顔立ちは幼く、大きなつり目が印象的だ。小柄な体格も相まってそうは見えないのだが、これでもダンテと同い年である。
ジュリオは銀髪を揺らし、ダンテに向かって早口で捲し立てた。
「ぶっちゃけうちの稼ぎは微妙!だから自立して働け!」
「じゃあジュリオが稼げばいいじゃん?」
「人任せかーい。ていうか、その有り余る魔力を有効活用して魔術師でも目指したらどうよ」
ジュリオの言葉に、ふむ。と考えてみる。
魔術師。魔術を行使してけが人を治療したり、モンスターを退治したり、魔術の研究をしたりする。魔術のプロフェッショナルであり、何でも屋だ。
中でも特別な『白』や『黒』の魔術を極めた者には、それ相応の厚待遇が待っているという。普通の実力の魔術師が国や町からいいように扱われることも少なくない一方で、『白魔術師』は医者や聖職者と同等の扱いを受け、『黒魔術師』は呪いを掛けたり解いたり、とにかく貴族や王族からの依頼が絶えないらしい。
魔力量は人によって異なるが、ダンテは生まれつき、村一番の魔力量を持っていた。(ちなみに村で一番魔力量が少ないのはジュリオである。)
豊富な魔力を活用し良い環境で学ぶことができれば、並の魔術師よりも活躍し好待遇・高給取りを目指すことも可能だろう。
しかしそこにたどり着くまでの道のりは厳しく、また魔術師を志す者は少なくないため、倍率が高い。
要するに面倒臭いと思った。
「俺が魔術師になったら世界中の魔術師が無職になってしまうからな。辞退しておく。なにより面倒臭い」
「本音出てるぞ~!」
「お前みたいに商人の資格とかあれば、そっちの道に進んだかもだけどな。それ、何歳で取ったんだっけ?」
ジュリオの首に下げられた首飾りを見つめながら、ダンテは何気なく聞いた。
国から認められた商人であることを示す、金属プレートのついた首飾り。扱える商品が増えるなどのメリットがあるが、獲得するためには資格試験に合格しなくてはならない。
「初級が12で、中級が……15だったはず」
「よくやるよ。その根性は褒めてやる」
「何で上から目線なんだよ」
カラカラとひと笑いした後、ジュリオは俊敏な動きで棚を片付け始めた。
初級はともかく、中級の試験は大人ですら落ちる者は少なくない。そんな試験をまさかの15歳で合格したのだから、彼の勤勉さは並大抵ではない。口には絶対出さないが、密かに尊敬しているダンテであった。
また勤勉なだけでなく、面倒見が良くて、好奇心旺盛でもある。よく村の外へ出かけては、様々な面白い情報を収集してくる。
平和なこの村において、
「さっきも外回り行ってたんだろ。今日はなんか面白い話あった?」
「面白いかどうかは別として、お前の耳に入れといた方がいい話なら」
「なんか含みのある言い方だな。どんな話?」
「今日か明日、この村に新しい勇者様が訪れるってよ」
「……新しい勇者」
顔をしかめるダンテの様子を伺い、言葉を選びながらジュリオは続けた。
「最近また魔王が復活したって話じゃん?それで魔王を倒すために各国から勇者が選抜されて、それぞれ仲間集めやら修行やらの旅をしているそうだ。……この村に来る勇者は、前勇者の息子に会いたがっているとかなんとか」
「会ってどうするんだろうな」
「さあなー。ご利益でもあるんじゃねえの?」
「ふぅん」
気の無い返事をし、ダンテはしばらく天井を眺めていた。やがてゆっくり立ち上がると、ネルプをいくつかポケットに仕舞い込み、出口へ向かう。
「おい、ダンテ」
「俺、しばらく家の地下でサボってるから。誰にも言うなよ」
「……あいよー」
ジュリオに別れを告げて店の扉の前へ。乾いた気持ちに背を向け、ドアを開けようとした瞬間。
ドバァンッと、凄い勢いで扉が開かれた。
そのあまりの勢いに、木製扉が軋みながらバウンドする。慌てて飛び退くダンテの前に、強く高らかな声が響いた。
「私は勇者ハイリー・ライアンズ!伝説の勇者カルロ・アンフィニート様の息子殿に会いに来ました!」
「そんな叫ばなくても聞こ、えま……っ!?」
文句を言いかけたダンテが固まる。ジュリオも固まる。
威風堂々と現れた勇者・ハイリーは、輝くような美少女であった。
高い位置で結んだ金髪はよく手入れされており、陽の光を浴びて眩く輝いている。濃い蒼の瞳は自信に満ち溢れており、勇者という使命に燃えていた。
しかし何よりも、問題はその服装である。
身に纏う鎧の胸部は、非常に発育のいい胸をぎゅうううっとキツく押し上げている。あわや、呼吸するだけで胸が溢れ出しそうな勢いだ。
一方で腹部は一切の防御も布もなく、惜しみなく滑らかな素肌を見せつけていた。下半身は太股の付け根ギリギリのかなり際どいショートパンツ。そのあまりの布面積に、大量に下げられている武器など全く目に入らない。
脚は一応薄手の黒タイツに覆われているのだが、凹凸が強調されて性的なことこの上ない。
つまり、彼女の服装はエロかった。
驚き硬直する二人を訝しげに見つめながら、弾け飛びそうな胸を張り、ハイリーは再び口を開く。
「あなたが伝説の勇者カルロ・アンフィニート様の息子殿ですね?お会いできて光栄です!私もあなたのお父様に負けないよう
カツカツとブーツの音を響かせ、ダンテに近寄るハイリー。
一方のダンテはジリジリと後ずさりし、後ろにいたジュリオの体にぶつかった。触れたダンテの背中から小刻みな震えを感知したジュリオは「ヤバい」と察する。
逃げ場のなくなったダンテにハイリーはズイッと近づき、顔を覗き込んだ。どうやら素で距離が近いタイプの人のようだ。
「どうなさいました?」
「こ、こ……っ」
「ダンテ、おいダンテ、落ち着けダンテ」
ジュリオが落ち着かせようとしたが、すでに遅かったようだ。
「このっ
「きゃぁっ!?」
絶叫とともにハイリーを突き飛ばし、全身真っ赤になったダンテは店を飛び出す。古びた扉はその衝撃に耐えきれず、派手な音をたてて外側へ倒れた。
事態を飲み込めず尻餅をついて惚けるハイリーに、ジュリオはそっと商品のマントを被せ、そっと請求書を押し付ける。そして親友のフォローのために真っ直ぐ走り出した。様子を見にきた村人のざわめきで我に返ったハイリーも、慌ててその後を追いかける。
勇者の来訪と面白そうな状況に、平和と実りの村は大いに盛り上がっていた。
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