神よ、聖剣なんていらないから平和に暮らしたいでのすが

加賀七太郎

第0話 勇者よ、なぜにお前は。

「ば、かな……、人間、ごとき、に……っ」


 魔王の腹部に深々と刺さるのは、黄金に輝く聖剣。黒い粘性のヘドロのようなものが傷口から溢れ出し、地面に滴り落ちた。

 聖剣と持ち主である勇者を突飛ばし、咆哮を上げる魔王。その轟音に大地が揺れ、樹々が裂ける。しかし勇者はそれに耐え、再び剣を構えた。

 剣の放つ太陽の如き輝きに支えられ、勇者の不屈の精神が、何度もその体を立ち上がらせる。


「さらばだ、魔王」

「ゆ、うしゃ……勇者勇者勇者ァァァァっ!!」


 魔王が呪詛を吐く。肌が破れ、骨が塵となり、眼球が溶けようと。光に犯される体を顧みず、ただ、ただ、勇者を打ち滅ばさんと呪詛を吐く。


「……っお前まだ、そんな力がっ!」


 呪詛を受けた勇者の鎧に邪の染みが広がり、火傷痕のようにベロリベロリと剥げていった。失われた鎧の下から、深く傷ついた勇者の脇腹が覗く。力む度に傷口から、生命の証である鮮血が吹き出す。


 徐々に防御を奪われる勇者と、躰を失いつつある魔王。両者ともに死の淵に立ちながらも、戦う意思を失うことはない。

 魔王と剣を交えた以上、勇者は決して負けるわけにはいかなかった。

 勇者の剣を受けた以上、魔王は勇者を逃すわけにはいかなかった。


 満身創痍な体に顔を歪め、限界が近づいている事を確かに感じる。勇者は自らの装備に、まるで祈り、もしくは呪いに近いような最後の魔術をかけた。

 それは勇者が最も得意とする、ありふれた魔術。そして、これからの世界を守るかもしれない希望の魔術。


 響き渡る破壊の轟音の中、勇者と魔王は静寂を感じていた。命の終わりの前の、ほんの一瞬の空白。

 2人の命と世界の明暗を賭けた最期の一撃が、放たれた。


 *


 最終決戦の間、魔王城の外へと追いやられていた勇者の仲間たちは、結界が破れたことで中へ駆け込んでいった。

 勇者を探して迷路のような城内を巡り、最上部に着く頃には瘴気も晴れ、崩壊した広間には暖かな日差しが入り込んでいた。


 散り散りと風に拐われる、魔王だったもの。

 衝突の果てにできたであろう、巨大なクレーター。

 その中央に、勇者の鎧だけがその形を保っていた。


 勇者はそこにいない。聖剣も消えた。

 そこには、人類の勝利だけが鎮座していた。

 勇者の仲間は、勝利の報告と勇者の鎧を持ち、静かに都へと帰った。

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