土だるまと少年 ~風遣いの少年、付き纏われる~
蒼生ひろ
0話 風と記憶と土だるま
旋風が少年の周囲を渦巻く。風が砂と枯れ葉を翻弄し、くるくると空に舞い上げる。
「……アヤ」
地に座り込む傷だらけの少年が呟いた。その身体に纏う黒鉄の鎧は随所にヒビが入り、服はあちこち擦りきれている。乱れた髪がかかる顔は血と涙で汚れており、迷子のように茫としたその姿は惨めで憐れを誘う。
少年の頼りなく彷徨う視線がふとある地点に固定され、手が伸べられた。黒く血のこびりついた手が拾い上げたのは、掌に乗る大きさの土の塊。命を持たぬ無言の土人形。
「……俺は行く」
無意識のように溢された小さな声に、周囲の風がゆるりと動く。
「俺は、アヤの元へ行く。アヤに会いに。会えるかどうかなんて、いい。例えアヤ本人が望まなかったとしても、俺の意思で、会いに行く。だけどっ、俺一人の力じゃ、無理なんだ……」
少年が立ち上がる。土人形をその手に抱いて。
「こんなことを頼む資格なんてないのはわかってる。でもこれしか方法はない。だからお願いだ」
少年の瞳に、声に、既に決めてしまった者の強靭な意思が宿る。
「俺の体を変えてくれ。──アヤを取り戻す」
***
ひゅうるり、ひゅるりと風がゆく。ふんわりふわりと幼な声を運ぶ。それは過ぎ行く日方に刻まれた幸せの欠片。鮮やかに煌びやかに軌跡を描く何時かの情景。
「今日は剣ナシでやろうぜっ」
「ズルい。俺風術あまり得意じゃない」
「んなこと言ってたら、イザって時やられるって言われたじゃん。すべてのジョウキョーをそうてーするのが訓練なんだって」
「ふうん。じゃあやろうか。風術ニガテな俺に負けるのも訓練だよね」
「はっ? 俺が負けるワケないだろー? おっしゃ。んじゃ……っておい、こいつ寝てるじゃん」
「あ。ホントだ。アヤ、そんな所で寝てたらカゼひくよー?」
「起きろねぼすけー」
「おーいアヤ、アヤー?」
ひゅうるり、ひゅるりと風がゆく。ふんわりふわりと声が消える。
***
剣が宙を舞う。どさりと人が倒れる。
血の香りが充満する戦場に、体のあちこちを朱に彩ったうら若き少年が、ふわりと降り立つ。
怒声。少年の背後から迫りくる殺気。向かいくる大きな拳は、少年に到達する前に不可視の壁に弾かれる。
「──
少年の隣に黒髪の少女が現れた。まるで空から降ってきたかのように、それは唐突な出現だった。
黒い肌に黒い瞳とどこまでも黒い少女は、尻餅をつき口汚く罵倒する男に無造作に歩み寄ると、流れるような自然な動作で男の顎を蹴り上げた。
少女の倍以上の重さはありそうな男の体が、見事な放物線を描き吹っ飛ぶ。その行方を目で追うことすらせず、高々と上げた足を降ろした少女は振り返り首を傾げた。
「邪魔。問題ありました?」
「いや」
少年は僅かに苦笑すると、周囲を見回した。つられて少女も目を向ける。呻き声、鉄の香、地に突き刺さった矢、つい先程までとは全く様相を異にしたそれらの光景を視界におさめていると、カチンと硬質な音が埃っぽい空間に響いた。少年が剣を鞘におさめる。
「
「制圧済。ここが最後」
「わかった。今回連れていくのは?」
「三人。第二に行くことになると思う」
「……そう。行こうか」
歩き出した少年の背を、少女はじっと見詰める。着いてくる気配のないことに気付いた少年が、青磁色の外套を揺らし顔だけ少女の方に向け、笑った。
「どうした? 来るのが嫌になったなら、いつでもやめていいんだよ。君は自由だ。帰れる場所があるなら帰っていい」
黒曜石のような瞳が揺れ、少女はふるりと首を振った。音もたてずしなやかに、少年の後を追う。
二人は灰色の広野を静かに歩む。
からからと虚ろな音がその背を追う。後に残るは怨嗟の声。
風の音は、聞こえない。
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