第五話 引き止められる、この匂いは
「ユイ、少し遅れるミャ」
レイナと一緒に走っていくユイを、その場に留まって見送った。
「この学校からは何かの気配を感じるんだミャ……」
ふわふわと宙を進みながら少し緊張して下駄箱を通ると、爽やかな匂いがして下駄箱の一つへ隠れる。そう言えば姿は見えないんだったと思い出すと同時に、バタバタという足音を立てながら数人の女子生徒が通り過ぎて行った。
「朝練疲れたー! バスケ部練習きついわー……」
「でもさでもさ、転校してきた藤堂先輩だっけ? まさかバスケあんなに上手いとはね! ほんとかっこいい! 彼女とかいるのかなぁ?」
ひょこり、と顔を出してから昨日魔法少女のリーダーをしているひかりが話していた転校生の話を思い出した。
「おはよー」
後ろから聞こえた声にびくっとして振り返ると、ちらほらと生徒が登校し始めていた。
「……ユイ、この前学校休みがちなこと気にしてたし今日は代わりに出てやるか!」
すいーっと宙を進みながら人のいない方へと進んでいった。
「あれ? 優衣ちゃん遅刻?」
はっと目をやると、目の前にユイのクラスメイトらしき生徒がいた。人間になりすますのは久々で、ユイの完成度をあげるためにあれこれ魔法を試していたらどうやら遅刻するような時間になっていたようだ。ボロを出さないようにとニッコリ笑ってそのままそそくさと歩く。今朝ユイがいた席に着くと、ふぅっと息を吐いてからあたりをキョロキョロと見渡した。
「……バレてなさそうミャ」
鞄の中を漁るふりをしながら、急いで次の授業の教科書を魔法で作り出した。がさごそとしながら、ふと鼻が甘い匂いに反応した。ふらふらと匂いに誘われて廊下に出たが、匂いはすぐに消えてしまった。
学校の授業は退屈で、時計を見ながら早く進めてやろうかと迷ったり、人間たちを観察して過ごしようにしていた。
クラス中からおいしい匂いが立ち込めて、きょろきょろと周りを見渡した。
「優衣、ご飯食べよ。……って、あれ、今日はお弁当ないの? 学食?」
お弁当を片手に近付いてきた早苗と学食へ向かう途中は、初めての学食に心踊った。席についてばくばくと食べ始めたときの彼女の驚いた顔なんて気にも留めず箸を進める。
「ん……この匂い……」
鼻をかすめたのは学校に着いてすぐ嗅いだ甘い匂いで、早苗に断りを入れてから匂いを追った。廊下を走るなと数回注意されたのをきっかけに、面倒になって人気のなかった理科室で精霊の姿へと戻す。
「精霊も楽じゃな……ミャー!」
目の前でご対面した内臓が剥き出しの人間に驚いて後ろへ飛びのくと、背中が当たった棚からばさばさと何かが降ってきて視界を塞がれた。
「お前の仕業かミャ?! 精霊をバカにするのはいけないんだミャ!」
目の前が見えずばたついてるうちに今度はあの人間からか大きな叫び声が聞こえて、驚いてそのまま飛び回る。
「感情のない目、半分に割れた体……!あんな人間見たことないミャ!」
知らないうちに廊下に出たのか、生徒たちのざわざわとした声が一層大きくなる。静かな場所まで来て急に止まると、あっけなく視界は開けた。
「なんだ……ただの布ミャ……」
ため息を吐いてからユイへとなりすまし、力なく教室へ戻った。
午後の授業はあまり耳に入らず、休み時間も疲れを癒そうと机に突っ伏して寝てしまっていた。気が付くと帰り際のホームルームも終わり、今日は早く帰ろうとすぐに席を立った。
「優衣! ちょっと待って!」
背中にとん、と手が当たってびくりとした。振り返ると早苗がいるのを見て安心し、疲れた感情を抑えて精一杯笑った。
「ごめんね、今日ちょっと疲れてて……。また明日ね、早苗ちゃん」
こくりと頷いた彼女を背に、歩き始めて数分経った。
「誰かに追われてるミャ……」
背後に感じる気配に嫌な予感がして、自然と早歩きになる。それでも離れない気配に次第に小走りになった。
「一体何者ミャ……そこに逃げ込むかミャ……」
道の角を曲がって身を隠し、精霊の姿へと戻ってまたすぐ元の道へ出た。
「あれは……早苗ちゃんミャ」
心配そうな顔で走ってくる早苗を見つめてから嫌な気配はこれだったのかなと首を傾げ、ふわりと浮いて帰路についた。
家に着くとユイは戦いで疲れたのかベッドで横たわっていた。
「おかえり、ミャア。どこ行ってたの? 心配したんだよ」
「不用意に名前を呼ぶのはいけないっていつも言ってるミャ。誰かに聞かれたら姿が見えちゃうミャ」
ばたりとユイの隣に倒れ込むと眠気が襲ってくる。
「もう寝るの? まだ夕方だよ?」
「精霊だって……大変……なんだミャ……」
意識が遠のく中で見える夢の入り口が、今日の学食の入り口に見える。ほんのりと、あのおいしい匂いがした気がした。
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