第二話 夏に溶けない、やるせなさ
「ごめん、私優衣と一緒に行く約束してて」
早苗が私の目の前でそう言ったとき、また「あの魔法」が発動してしまったのだと、そう思った。彼女の築く人間関係を、いつだって私は壊しているように思う。すらりと細い体に似合うさらさらとした長い髪。容姿からしても、早苗は今声をかけてきた友だちと仲良くあるのが「自然」なのに。
「……嫌だったかな?」
そう言われて我に返り、先ほど目の前で繰り広げられた明日校外で行われるプールの授業へ誰と一緒に行くかの話を思い出して、そんなことないと笑って見せた。小学生の頃から、彼女は変わらず、いつも優しい。
「……ありがとね、早苗」
私がそう言うと彼女はにこりと笑って、待ち合わせの時間や場所を話し始めた。話している最中、時折顔にかかる長い髪を彼女が細い指先で耳にかける仕草が綺麗で、あと数分で終わってしまう休み時間がもう少し延びればいいのにと思った。家の場所が学校を挟んで正反対にあるため、いつもは二人で一緒に学校に行くことはできない。そんな彼女と明日は二人きりで通学するのだと想像すると、楽しみな気持ちを抑えきれなくて小さく笑った。
次の日、いつもと同じ制服での通学だというのに、胸元のリボンやセーラー服の襟を何度も直した。早苗がくれたミサンガを付けた通学鞄と一緒にプール用の鞄を持って、待ち合わせに間に合うようにと家を出る。やっと普通の女子中学生のように夏を楽しむことができる。そう思うと嬉しくて、自然と口元は緩んだ。
待ち合わせ場所には予定よりもずっと早く到着してしまいそうで、どれだけ楽しみなんだと自分で呆れてしまうほどだった。じんわりと汗ばんだ体の熱気を逃がすように小さくため息を吐く。少し遠くに目をやると、待ち合わせ場所にいる早苗が見えた。華奢な腕で華やかな日傘を差すその姿に、心臓がどくんと大きく鳴る。
「さな……」
呼びかけようとした私を遮ったのは、左腕から聞こえる電子音だった。慌てて右手で押さえつけて周りに聞こえぬようにとしゃがみ込む。
「――ユイ! 大変ミャ! 近くの街に怪人が現れたミャ、すぐに向かうミャ!」
耳元で飛び回る精霊の声を聞きながら歯を食いしばる。どうして、私は普通の生活を送れないのだろう。締め付けられるように胸が痛んだ。
「――ユイ、聞こえて……」
「わかってるよ!!」
立ち上がって前を向くと、彼女は日傘と共に身を傾けながらまだ到着しない私を待っていた。
「……ごめん、早苗」
携帯の上で指をすべらしてからもう一度彼女を見ると、彼女も携帯を開いていた。見ていられずに踵を返して走り出す。通信機に応答しながら腕輪を撫でると、綺麗に結んだリボンも正した襟もない、この世界に似つかわしくない服装に変わった。ひらりと揺れるフリルのスカートが、先日できた足の傷と擦れる。走りながら、体温は段々と上がっていく。胸の痛みは、残ったままだった。
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