一
その夜、雪が降り、次の朝は雪が十センチ位は積もっていた。もっと積もっていたかもしれない。その冬初めての積雪だった。
そんな日に僕らは汽車の終点駅前にあった商店街に遊びに行った。
集合は学校の校門に昼の一時半。でも、結局、雪のせいで全員が集まった時には二時になっていた。そこから、学校から一番近い駅に向かってみんなで十分ぐらい歩いた。終点駅に比べるととても小さい。ホームは一つだけで、駅舎なんてものはなく、ホームに屋根があるだけの小さな駅。
駅にやってきたのは、茶色と水色の車輛だった。最近、藍色の新型車があるらしく、ときどき見かけてはいたけれど、乗ったことがなかったから、それに乗ってみたかった。鉄道に詳しい修一によれば「静か」らしい。
みんなで汽車に乗り込んだ。お客さんはお婆ちゃんが一人しかいなかった。
この駅から終点までは九分ぐらいで着く。短いけれど、途中に山があるので自転車で行くのは大変だった。あっという間に終点に着いて、運転手に料金を支払って僕たちは勢いよく、汽車を降りた。
「どこ行く?」
「お菓子買おう」
まずは、駄菓子屋に寄って、僕ら男子三人はベーゴマとかメンコとかを買った。そのあと、さっそく買ったベーで店内に置いてあった桶で一度だけ対戦をした。買ったのは僕だった。女子二人はそれを見ていた。そのあと、少しだけお菓子を買って駄菓子屋を出た。
次に本屋に行った。ほとんど立ち読みをしていたが、洋平は何かの本を買っていた。何の本か訊いたけれど、教えてくれなかった。見ようとしたけれど、カバーをしてもらっていたし、すぐに鞄に仕舞ったので見れなかった。
それから商店街のいろんな店を出たり入ったりして、色んなものを買って食べたり飲んだりした。そうして、数時間があっという間に過ぎていった。
気がつけば、時刻は夕方の五時をまわっていた。夕方のラッシュが始まる頃だった。
帰りの汽車は来る時と同じ車輛だった。正直、藍色の新型車が良かった。でも、これに乗らないと門限に間に合わないから仕方無く、乗りこんだ。
「今度はいつ来る?」
「また日曜日にしない?」
「俺、金無い」
「じゃあ、一ヶ月後にする?」
「予定がなかったらね」
列車が発車した。分岐点を過ぎ、汽車は単線を走っていく。窓からは山のふもとまで続く田畑と、所々にある建物が見えていた。
洋平が町で買った本を読んでいた。何の本かやっぱり、気になったけれど、カバーをしたまま読んでいたから分からなかった。
運転席のすぐ後ろあたりで僕らは集まっていた。
幾つかのトンネルを超えた。次の駅はもうすぐ……、のはずだった。
目の前に光。それは、トンネルの出口から漏れる光ではなく、列車のライトだった。
そして、鳴り響いた汽笛。
「うわっ!」その瞬間、誰かの叫び声が聞こえた。
僕らは後ろに走った。でも、すでに遅かった。それは、無駄な行動だったかもしれないけれど、その時の防衛本能だったと思う。
急に体が後ろに引っ張られ。
飛んだような感じ。
そして、何かにぶつかった。
何に、ぶつかったのか。
何が起きたか分からなかった。
僕の指は動いていた。その時の他の奴のことは覚えていない。
覚えているのは、トンネルの壁に赤いペンキが散りばめられていたことだけ。どうして、あんなところに、赤いペンキがあるのか分からなかった。その時のことは、これ以上は思い出せない。もちろん、あとから赤いペンキが、ペンキではないことに気がついた。
どれぐらい経った頃だろうか。色んな人の声がたくさん聞こえ始めた。怒鳴る声、泣く声、誰かを呼ぶ声……。
「しっかりしろ! 声が聞こえるか! おーい! こっちだ、こっちにも担架持ってこい!」知らないおじさんの声がした。「聞こえるなら、どこでもいいから動かせ!」
視界は霞んでいた。でも、指をかろうじて動かせた。そして、おじさんの何処かに触れた。
「よし、生存者発見! まだ、担架は来ないのか!」
もう、駄目だ……。
そう、思った。
意識は遠くなり、やがて……。
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