深海女
見知らぬおじさんは
懐中電灯を海に照らす。
しかし此処まで光は届いていない。
海底にいる少女の
コポコポと吐いた息は
丸みを帯びたまま
海面を目指して上昇していく。
その丸みを帯びた二酸化炭素を
提灯鮟鱇が飲み込む。
「また失敗」
「ねぇ、そこの貴方!!
私が吐いた空気飲み込まないで!!」
感情を込め言ってみたが
提灯鮟鱇は知らんぷり。
そのくせ、
私に向けてパッシングしてくるのには
腹が立ってしょうがない。
「貴方は自由なんだからいいでしょ!
私なんか足に鉄球枷付いてんだから!」
そう言い放つと
周りの帆立がカラカラカラカラと嗤う。
あぁ、何時まで海底に
沈んでいなければならないのか。
提灯鮟鱇は鮫に食べられた。
彼の落とした提灯は
光を失い海底に落ちた。
「山椒魚」を思い出し
彼が食べられる前に
「怒ってはないよ」
そう言ってあげた。
彼はふっと笑い、
口から肺に溜まっていた
酸素を全て吐き出した。
大きなシャボン玉は海面へと上がった。
彼は月を見たいと言っていたが
それも叶わなかった。
少し寂しい気持ちと自分も
彼のように食べられて陸上に
もう戻ることが出来ないかも知れない
現実に少しの間、打ちひしがれてしまった。
足をバタバタさせていると
ガタン、足枷が取れた。
動かしていなかった足は
とても細く痩せていた。
浮力に任せ、上に浮かんでいく。
もう、この海底に来ることは無いのだ。
目を瞑り涙を一粒落とした。
「ただいま」
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