庶子王ピエトロ

三色だんご

第一章 即位

 ピエトロのところに王様のお城から上等な制服を着た軍人さんが訪ねてきたのは、朝も早くのことでした。ピエトロのお母さんはまだ仕事から帰ってきていなかったので、ピエトロはお母さんに置き手紙を書いて、軍人さんに連れられてお城まで行くことになりました。


 軍人さんの説明によると、王様は若いころ奔放なお方で、あちこち遊び歩いていたのだそうです。その時の遊び相手の一人が、ピエトロのお母さんだったのでした。つまり、ピエトロのお父さんは王様だったということになるのでした。


 王様と王妃様の間には男の子が生まれませんでした。それで、国中を調べて回った結果、王様の血を受け継いだ男児としては、ピエトロのほかには誰一人としていない、ということが明らかになったのだそうです。


 お城に着くと、ピエトロは侍従たちの手で裸にされ、いい香りのするシャボンで体中を拭かれた後、侍女たちの手で上等の服を着させられ、髪に櫛を入れられて、ピエトロはすっかり見違えるようになりました。猫背の姿勢が卑屈そうに見えることに目をつぶれば、立派な王族の青年です。


 王様の寝室に通されました。王様は見事な造りのベッドの中で、弱々しい息をしていました。息の音の中には、肺の深いところに病魔が巣食っているような、低くおぞましい響きがこもっていました。


 王様は目を開けてピエトロを見ました。吸い込まれそうな青い瞳でした。


「ピエトロか」

「はい」


 王様はピエトロの目を見ていました。病人とは思えないほど、鋭いまなざしでした。ピエトロは瞬きもできずに黙って視線に射られていました。侍従たちは固唾を呑んで見守っていました。


「クリスは元気か」

「はい」


 クリスというのはピエトロのお母さんのことです。昼過ぎから朝まで、休むことなく酒場で働いてピエトロを育ててくれました。昔に比べて起きる時間が出勤ぎりぎりになってきているのは疲れが溜まりやすくなっているのだろうとピエトロは思っていましたが、口には出しませんでした。


「私はもう長くあるまい。お前は私の血を継いだ唯一の男子である。王位を継いではくれぬか」


 ピエトロはためらいました。


「…少し考える時間をください」

「ならぬ」


 王様は即答しました。


「お前が判断に迷えば迷うだけお前を利用しようとする者が近寄ってくるからだ。お前が是と言えば後のことはマルティーノ補佐官に任せてある、心配はいらぬ。お前が否と言うなら元の生活に戻るだけだ、尚更心配はいらぬ。今この場で意思を固めるのだ」


 老王は病体の苦痛を感じさせないほどはっきりと話しました。ピエトロはすっかり恐縮してしまい、息もできないほどでしたが、その間にも、この寝室に至るまでに歩いてきた広くて明るくて色鮮やかなお城の廊下と、狭くて暗くて埃っぽい自宅とを頭の中で並べて見比べていました。


「わかりました。やります」

「そうか。安心した」


 王様はそう言って目を閉じました。ピエトロは王様の視線からやっと解放されて、ほっと一息つき、その時初めて、今まで息が止まっていたことに気づいたのでした。


 後ろに控えていた髪の黒い初老の男が、補佐官マルティーノと名乗りました。ピエトロはマルティーノに連れられてお城のあちこちを案内されました。


 マルティーノはピエトロのことを「王子」と呼びました。「ピエトロ王子」は、その日から丸々二週間、マルティーノや他の家庭教師たちから、休む暇もなく、ありとあらゆる教育を叩き込まれました。特に、葬儀の作法や、即位式における立ち居振る舞いといった授業は、念入りに、繰り返し繰り返し、教え込まれました。病に倒れた王様がいつ亡くなっても大丈夫なようにと、大急ぎで教養を「ピエトロ王子」の心身に詰め込もうとしているようでした。


 そうして、二週間後、王様は亡くなりました。


 ピエトロ王子は、葬儀において教わった通りに振る舞い、即位式においても教わった通りに振る舞い、立派に「国王ピエトロ・シモーネ・デル・マスカルポーネ」としての第一歩を踏み出しました。

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