第四十八話 問題の山へ(調査官ヴィーの私的記録)

   

 眩しい光が収まると、私――ヴイー・エスヴィー――は、小さな暗い部屋に立っていた。

 イスト村の教会の地下室のはずだ。私の足元には、部屋相応の、小さな魔法陣も描かれている。

 視線を上げると、まず視界に入ったのは、太り気味の中年男が腕を広げて立っている姿だった。

 少しサイズの合っていない、大きめの僧服を着ている。もしかしたら、これでもダイエットした結果であり、だから服が緩くなっているのだろうか。

「イスト村へようこそ、ヴィー調査官!」

 歓迎の笑顔を浮かべているようだが……。同じ『笑顔』のはずなのに、大司教様のような「見ているだけで、こちらの心が温まる」という印象は、与えてくれなかった。

「宗教調査官、百七号、ヴイー・エスヴィー。冒険者組合からの申請を確認するため、調査に参りました」

 この男と長話をするつもりはない。儀礼的な挨拶を口にした後、

「早速ですが。ここで二、三、聞いておきたいことがあります」

 私は、用件に入った。


 目的の場所を聞いた私は、すぐに、村の教会を後にした。『赤レンガ館』と呼ばれる、冒険者組合イスト村支部へ向かう。

 イスト村の中央広場は、花に囲まれた日時計や、青々と澄んだ美しい噴水などが設置されていて、とても華やいでいた。行き交う人々の態度や表情を見ても、活気のある村だとわかる。職務上、様々な町や村を見てきた私だが、ここは住み心地の良い村だと感じた。

 そんな広場に相応しい、立派な赤レンガの建物に、私は入っていく。

 入り口近くには掲示板があり、何人かの冒険者たちが、掲示物を見ながら言葉を交わしていた。とりあえず彼らは、今の私には関係ない。周囲を見渡して、受付窓口を見つけた私は、そちらへ直行する。

「私は、教会から派遣されてきた調査官だ」

 教会関係者であることは青い僧服からわかるだろうが、一応、身分を告げた。身分証がわりのペンダントも、強調するように前へ突き出す。

「魔王討伐申請に関する調査をしに来た。ウイデム山の頂上まで、警護の冒険者を手配しているはずだが……」

「はい、その依頼でしたら、承っております」

 窓口の受付嬢は、書類も何も見ずに、そう返した。冒険者の仕事に関して、進行中のものは全て記憶しているのだろうか。だとしたら、大変な仕事だ。

 一応確認の意味なのか、書類の束の中から一枚、引っ張り出してきた。それを見ながら、彼女は話を続ける。

「セン・ダイと申す冒険者のパーティーが、頂上までの往復を警護することになっております」

「わかった。その冒険者とは、どこに行けば会える? 住所を教えてもらえるか?」

 もしも危機管理がしっかりしているならば、迂闊に冒険者の個人情報は教えないはず。その点、冒険者組合の意識はどうなっているのか、少し興味もあったのだが、

「ああ、センでしたら……。ちょうど、そこにいますよ」

 受付嬢は窓口から身を乗り出して、私の左側を指差した。

 まさか、センは私の近くまで来ていたのか? この私が気づかぬうちに?

 一瞬そう思ってしまったが、そうではなかった。受付嬢が指し示していたのは、私のごく近くではなく、奥にある食堂らしきスペースだった。確かに、たくさんの冒険者たちが飲み食いしている。だが、その中の誰を示しているのか、少しわかりにくい。一番手前の、大柄の男を指差しているようにも思えるが……。

「どれが、そのセンという男だ?」

「青い皮鎧を着た、ひときわ体格の良い、武闘家です。モヒカン刈りの男、と言った方がわかりやすいでしょうか?」

「ああ、あの男か」

 やはり、一番手前の冒険者だ。確かに、特徴的な髪型をしている。同じテーブルには他に二人座っており、酒を酌み交わしているから、おそらく仲間の冒険者なのだろう。

「わかった。ありがとう。では、私は直接、彼と細かい打ち合わせをするとしよう」

 受付嬢に礼を述べてから、私は、センのテーブルへと向かった。


「邪魔をするぞ」

 仲間と談笑していたセンは、私に声をかけられて、最初、戸惑いの色を顔に浮かべた。だが、すぐに納得の表情に変わる。私の青い僧服を見て、事情を理解したのだろう。

「あんた、教会から来た調査官かい?」

「そうだ。貴様が、私を警護してくれるという冒険者、セン・ダイだな?」

 かつて私が宗教調査官になったばかりの頃、先輩調査官から「冒険者に対しては毅然とした態度で接しろ」と言われたことがある。下手したてに出ると舐められるからだそうだ。その教えに従って、常に私は、冒険者には『貴様』と呼びかけることにしていた。

「ああ、ちょうどいいや。紹介しよう。ここにいるのが、俺のパーティーのメンバー。つまり、あんたをウイデム山まで送り届ける仲間さ」

「よろしく。ニュー・カッスルです。ニューとお呼びください」

 薄緑色の装備をまとっており、頭に被った羽根つき帽子まで、同じ色で揃えている。これが、この男のファッションなのだろう。残念ながら、私には理解できないセンスだ。

 顔立ちはハンサムと言っても構わない部類だが、私には、嫌な思い出を呼び覚ます造形だった。王都にいた頃に私を口説いてきた例のふざけた男と、なんとなく輪郭が似ているのだ。

 その二点は、第一印象としては明らかにマイナスのはずなのに、なぜか「こいつは悪い男ではない」と思えてしまう。なんとも不思議な空気を漂わせている冒険者だった。

 ニューが早速、手を伸ばしてきたので、一応、私も応じて握手をする。

「宗教調査官ヴイー・エスヴィーだ」

 私が名乗ると、

「ニューは凄い狩人なんだぜ、ヴィーさん。弓矢も鉄砲も、まさに百発百中だ。加えて、回復魔法まで使える」

 センが、得意げに語りながら、そのニューの肩を叩いた。冒険者の仲間自慢といったところか。あるいは、そんな純粋な気持ちではなく、これから護衛の任務につく上で、自分たちの長所をアピールしているのかもしれない。

「それと、こっちの戦士が、ステンパーだ」

 赤褐色の鎧を着た、体格の良い男が、軽く頭を下げる。太っているわけではないが、やたらと肩幅が広いために、妙に横に大きいイメージだ。

「ステンパーは、本当は『ジ・ステンパー』という名前なのだが、こいつは短いファーストネームを嫌いでなあ。だから『ジ』ではなく『ステンパー』と呼んでやってくれ」

 本人に代わって、センが説明し、ステンパーは無言で頷いていた。

 私の『ヴィー』という名前も短いが、それを私は気にしたことなんてない。そもそも、同じパーティーの『ニュー』だって短い名前だろう。だが、無口な男のこだわりだというならば、敢えて逆らう必要もない。

「よろしく、ステンパー」

 そう呼びかけることで、私は了解の意図を告げた。

 これで挨拶と自己紹介は済ませた。そう考えた私は、早速、用件を持ち出す。

「ウイデム山には、いつ旅立てる? 山頂まで二、三日かかると聞いているので、なるべく早く出かけたいのだが……」

「ああ、悪いが、今日は無理だ。この通り、酒が入っているからな」

 センが、いきなり私の話を遮った。

 彼もその仲間たちも、それほど酔っているようには見えない。それでも、酔っているかもしれない状態でモンスターと戦いたくない、というのは理解できる気もする。

「わかった。ならば、明日で構わないか? それも、早朝だ」

「ああ、いいぜ。そちらが依頼主だ。朝早くであろうと、夜遅くであろうと、あらかじめ言ってくれたら、体調万全にして付き合うぜ」

「私は、この村の地理には詳しくない。ここ及び教会以外の場所は知らない。だから、明日の早朝、この同じ場所で待ち合わせということにしよう」

「ああ、それも了解だ」

 話は決まった。

「では、ヴィーさん。明日からの数日間、一緒に山登りってことで、親睦を深めるためにも、まずは乾杯を……」

 何を勘違いしているのだろうか。

 このセンという男は、私を彼らの酒の席に引きずり込もうとしたが、

「いや、それは遠慮しておく」

 バッサリと断って、私は、その場から立ち去った。


 続いて、私は再び、受付窓口に立ち寄る。

「先ほどの依頼の件だが……」

「どうかしましたか? 何かトラブルでも生じたのでしょうか?」

「いや、順調だ。明日の早朝、ウイデム山に出発することになった。一応、告げておこうと思っただけだ」

「それはそれは……。わざわざ、ありがとうございます」

 そう言って頭を下げる受付嬢。その姿を見ているうちに、ふと思いついたことがあった。もしもの場合のために、今ここで一つ手を打っておこう。この女性は、それを頼んでおく相手として相応しい人物に見える。

「私の任務は、主にウイデム山の頂上で調査することだが……。山頂での調査自体は、一日程度で終わるはず。そして、往復するだけならば数日あれば十分なのだろう?」

「はい、そうです。魔王討伐を申請しているパーティーも、それくらいの日数で成し遂げました」

「では、私も数日程度だな。もしも一週間経過しても戻らない時は、何らかのトラブルに巻き込まれたと思ってくれ。その場合は、教会の方へ連絡して欲しい」

「まあ!」

 受付嬢は、大げさに声を上げた後、

「そうですね。最悪の場合を想定しておくことは、大切ですからね。はい、確かに承りました。教会へのご連絡だけではなく、アフターサービスとして、冒険者組合から捜索隊を派遣することにしましょう」

「よろしく頼む」

 そんな『もしもの場合』に、はたして本当に、捜索隊派遣などという大変なアフターサービスまでしてもらえるものなのか。大いに疑問だと感じたが、もちろん、それは口にしなかった。


 その晩はイスト村の教会の寄宿舎で一泊させてもらい、翌日。

 朝早くに、私は再び『赤レンガ館』へ赴いた。

 約束した通りに食堂ホールで、センとその仲間たちを待つ。朝食のために食堂を利用している冒険者たちもいたが、その数は少ない。家で食べる者が多いのだろうか、あるいは、そもそもまだベッドの中という冒険者が多いのだろうか。

 すぐに、おそらく後者なのだろうと思うようになった。センたちが、なかなか現れないからだ。どうやら、私の感覚における『朝早く』と、冒険者にとってのそれは、かなり違っていたらしい。

「やあ、すまない。少し遅くなったかな?」

 しばらくして。

 仲間二人と共にやってきたセンが、苦笑いしながら、そんな言葉を私に向ける。ふざけた男だ。だが、正直に貶す必要もあるまい。

 私は、肯定も否定もせずに、ただ一言だけ口にした。

「では、行こう」


 外へ出ると、私が『赤レンガ館』に入った時より、明らかに中央広場は賑わっていた。店を開き始めた露天商もいるし、広場で過ごす冒険者の数も確実に増えている。

 冒険者たちが活動を始める時間帯になったのだろう。ただし、動き回っているのではなく、何もせずに立っていたり、適当に座っていたり、という冒険者の方が多い。どうやら、この広場は、冒険者たちの待ち合わせの場所として使われているようだ。

「あっ!」

 私の前を歩くセンが、突然、小さく叫んだ。

 何かと思えば、広場にいる冒険者の一人が私たちを凝視しており、それと目が合ったらしい。美しい噴水の縁石に腰掛けている、薄茶色の皮鎧の男だった。

「ちょっと、ここで待っていてくれ。一言、挨拶してくる」

 そう言ってセンは、その冒険者のところへ向かった。

 残された私たち三人。そのうち一人は無口なステンパーなので、私は、ニューに向かって尋ねる。

「噴水のところにいる男は、センの友人か?」

「まあ、そうですね。ラビエスさんは、そんなに付き合いの広い冒険者ではありませんが……。一応、センは親しい部類に入るでしょう」

「ラビエスというのか、あの冒険者は」

 一見したところ、たいした冒険者でもなさそうだが……。なぜか私は、妙に気になってしまい、その名前を口にする。するとニューが、面白いことを言い出した。

「ああ見えて、ラビエスさんは凄いですよ。ほら、例の『魔王を討伐した』と言っているパーティーの中心人物です」

 聞き捨てならない発言だった。

 ならば、それこそ私の任務とは関係深い冒険者ではないか。私の『妙に気になる』というのも、宗教調査官としての直感だったのかもしれない。

 問題の冒険者パーティーには、ラゴスバット伯爵家の人間が含まれているはずであり、伯爵家の関与についても調べる必要があるのだが……。少なくとも、このラビエスという男は違うだろう。

 面構えも体つきも、有象無象の冒険者という感じだ。高貴さを思わせる雰囲気の一片かけらもない。そもそも、装備が皮鎧だ。なめし加工がしっかりと施された『革』ではなく、安物の『皮』を使っているのだ。どう見ても、庶民の冒険者だった。

「今『凄い』と言ったが、彼は、そんなに強いのか?」

 情報を引き出そうと思って、さらに尋ねると、

「どうでしょう? 兼任している治療師としては一流という噂を聞きますが、冒険者の能力としては、特に評判にもなっていませんね」

「では、何が『凄い』のだ?」

「正確には、彼自身ではなく、彼の仲間が凄いんですよ。パラさんとか、リッサさんとか……。そうそう、今回ウイデム山で魔王らしきモンスターを倒した時も、リッサさんがドラゴンを召喚したと言っていましたね」

「ドラゴンを召喚?」

 思わず、聞き返してしまった。

 魔法学院で教える魔法の中に、召喚魔法なんて存在しない。かくいう私も、闇の系統という『魔法学院では教えない魔法』の使い手だから、他人ひとのことは言えないのかもしれないが……。

「そう、驚きますよね。イスト村に来る前、リッサさんはラゴスバット城で働いていたそうですから、そこで特殊な魔法を学んだのでしょうね」

「なるほど、そういうことか」

 話が繋がった。そのリッサという女性が、重要人物だ。実際には伯爵家に雇われていたわけではなく、その血筋の者に違いない。さすがに伯爵の娘ということはないとしても、姪あるいは年の離れた従兄妹いとこくらいの関係だろうか。

 ちょうど私が知りたかった話を聞き出せたところで、センが戻ってきた。

「やあ、待たせたな」

「挨拶は済んだのだな? では、行こうか」

「はいよ、ヴィーさん」

 私たちは、再び歩き始めた。


 私は最後に、もう一度だけ振り返って、ラビエスという男に視線を向けた。

 彼も、探るような目で、私を見つめている。魔王討伐の申請をしているだけあって、彼の方でも、宗教調査官である私のことが気になるのだろう。

 まあ、それはそれで構わない。リッサという娘の件もある。帰ってきたら、直接ラビエスたちと話をして、色々と聞かせてもらおうではないか。

 とりあえず、今は……。

 私は前を向いて、ウイデム山の調査に向かうのだった。

   

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