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 僕は名前が嫌い。でも、猫を拾った以上、猫には名前をつけなくてはいけない。でも、やっぱり、猫に名前をつけるのは気が進まない……。

 と、こんな風に棗の思考は昨日拾った猫の名前という言葉を中心として、ぐるぐると同じところを回転し続けていた。

 僕は全然前に進めない。(そんなことを棗は思った)

 だけど足はちゃんと前に動いているから、棗の体は心と違ってきちんと前進して、目的の部屋の前まで、棗は無事にたどり着くことができた。心もこれくらい簡単だといいのにな、とドアを開けるときに棗は思った。


 そこは中学校の図書室だった。

 図書室を利用している生徒の数は、いつも通りたくさんいた(棗、そして柚の通っている学校は幼稚園から大学までの施設が全部揃っている、とても有名な私立の学校法人だった)でも、棗はなにも困ることはない。棗が当然のようにある地点に視線を向けると、その場所には当然のように一人の男子生徒が座っていた。

 棗は読書や勉強をしている生徒たちの邪魔にならないように、なるべく音を立てないよう気をつけながら、その男子生徒の前の席まで移動していく。

 棗は静かに図書室の椅子を引いてそこに座った。それと同時に『佐伯真』は読んでいた本から顔を上げて棗のほうに視線を向けた。


「やあ」と棗が小声で言う。すると真は「うん」と小さな返事を返した。

「今日はどんな本を読んでるの?」と棗は真に聞いた。真は(ほかの生徒のように)図書室で勉強はしない。きちんと本を読む生徒だった。それでも、ここで必死に勉強しているほかのどの生徒よりも真の成績は良かった。なぜなら真はこの学校で一番成績の良い生徒だったからだ。一つ上の学年である三年生を含めても、真より成績の良い生徒はこの学校の中にはいなかった。彼がナンバーワンなのだ。

「少し古い小説だよ。前から気になっていた本なんだ」と真は言う。そのあとで「古いって、いつの本なの?」と棗が聞くと真は「明治時代の本だよ」と答えた。

「夏目漱石?」と棗は聞く。

「違う。もう少し、マイナーな人」と真は言う。

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