棗と柚はお風呂場に移動して、そこで小汚い猫の体を優しく、できるだけ念入りに洗った。その間も、猫はじっとしたままだった。人を嫌ったり、水を怖がったりもしない。首輪をしていないから野良猫だとばかり思っていたけど、もしかしたらこいつは誰かに飼われていた猫かもしれない。もしそうだとしたら飼い主はどうしてこいつを捨てたのだろう? それとも、捨てたのではなく、こいつが勝手に飼い主の家から逃げ出しただけなのだろうか? よくわからない。でも、それで別に構わない。僕はこいつの過去に興味はない。こいつだって、きっとそうだろう。そんなことどっちだっていいことなんだ。誰かに飼われていた猫だろうと、そうではない野良猫だろうと、どっちだっていい。猫は猫だ。な、そうだよな。お前もそう思うよな?

 棗はにやっと猫に笑いかける。すると棗の前にしゃがみこんで猫を抑えていた柚が「お兄ちゃん、なに笑っているの? 変なの」と笑いながら棗に言った。柚はとても楽しそうだった。

 こんなに楽しそうな柚を見るのは久しぶりだったので、棗はとても嬉しかったのだけど、少し照れくさかったので、それを顔に出すことはしなかった。「この子、綺麗な毛並みをしてるね」とお風呂上がりの猫の体を真っ白なタオルで拭きながら柚が言った。「うん。灰色の毛並みって珍しいよね」と棗は答えた。

 棗は猫に詳しいわけでもなく、図鑑で調べたわけでもないので、世界的に見ればもしかしたら灰色の猫というものは決して珍しい猫と言うわけではないのかもしれないけど、でも棗自身は灰色の猫を見たのは今日が初めてだった。それは柚の同じなのだろう。きらきらしている柚の目を見ていれば、それくらいは理解できる。……僕は柚の兄なのだから。

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