第185鱗目:初詣!龍娘!

「ね、ねぇちー姉?それにさなちゃん?ほんとに……ほんとにそれ、着なくちゃだめ?」


 まだ日が登る気配すらない程朝も早い外が真っ暗な時間、僕は目の前に広げられた煌びやかな「ソレ」を前に、後ろに立っている2人に逃げ後になりながらそう尋ねる。


「だーめっ、せっかく私とさなかちゃんで見繕って特注したんだから!」


「そうよ鈴、せっかく千紗さんが汗水垂らして稼いだ50万円を無下にする気?」


「ごひゅっ!?」


 そんなにっ!?たかがこれ一着で!?


「…………3ヶ月……いや、4ヶ月分の生活費が……これ、一着で……」


「それじゃあ鈴ちゃん、もう嫌なんて……言わないよね?」


「さっ、観念して大人しくしなさい」


「うぅぅぅ……」


 50万……そう、これは50万を無駄にしないためだからぁー…………!


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「隆継くんお待たせー!ごめんね待たせちゃって!」


「あぁ、大丈夫です大丈夫です。どうせ鈴香が嫌がってたんでしょう?」


「まぁそんな所よ。ほら鈴、いつまでも隠れてないで出てらっしゃい」


「わっ、わわわっ!」


「ほぉ……似合ってるな…………うん、すっげぇ似合ってるぞ。その振袖」


「そ、そうかな……えへへ」


 隆継に心の底からと言った声色でそう褒められ、さなちゃんにリビングへと引っ張り出された僕は、照れながら頬を掻いて笑顔を浮かべる。

 そんな僕が来ているのは若葉色の生地の袖や裾に白や薄ピンク、水色でツツジや牡丹、桜の柄が施されたとても華々しい来ているだけで楽しくなる振袖だった。


「うんうん!やっぱりそうだよね!」


「鈴は水色とか若葉色みたいな明るめの派手じゃない色が似合うものね」


「あぁ、振袖着せられるのは知ってたけど想像以上に似合っててビビったぜ」


「えへへへへ……ん?」


 今隆継着せられるの知ってたって……


「もしかして……隆継、僕が振袖着せられるの知ってた?」


「…………うし!それじゃあ初詣行こうぜ!」


「あっ!こいつ!知ってたなぁー!まて隆継ー!」


「こら鈴!せっかく綺麗に気つけたんだから走らない!」


「ふふふっ♪今年も賑やかになりそう」


 ーーーーーーーーーーーーーーー


「お!きたきた!おーい!こっちやでー!」


「あ!とらちゃーん!」


 車で数分、運良く人もまだ少ない近場の神社へと皆と一緒に初詣にやって来た僕はカコカコと下駄を鳴らしながら、待ち合わせしていたとらちゃんの方へと駆け寄る。

 ちなみにむーさんは母がたの実家に帰省中とのことで、残念ながら居ない。


「すずやんその振袖凄い似合っとるで!翼とか尻尾とも色が合っとって凄く綺麗や!」


「ありがとー!でもそういうとらちゃんだって!その赤色の振袖、すっごい可愛いよ!」


「ふふふっ!ありがとうなー!」


「……鈴香もすっかり女の子だな」


「そうね、嬉しいんだけど……なんだか少し寂しいわね」


「でもさ、それでも鈴ちゃんが「僕は男だっ」て今も言ってるの……なんか良くない?」


「「分かる」」


「三人共どーしたのー?早く行こー!」


 キャイキャイと思わずとらちゃんと盛り上がってしまった僕は、なんだか頷きあっていた三人に早く行こうと声をかけるのだった。


「うっし!それじゃあいっちょ神様にお願いしますか!」


「皆は何をお願いするの?」


「アタシは今年一年健康に過ごせるようにってお願いするつもりよ。後はそうね……約一名、たで始まってぐで終わる人がもっと落ち着いて過ごす事くらいかしら?」


 おぉ、流石さなちゃん、新年から容赦ないなー。


「うるせぇ!そもそも鈴香が居る時点で落ち着いて過ごせねぇよ!」


「風評被害!とらちゃんはー?」


「ウチか?ウチは今年こそりゅーくんと……って内緒や!」


 あー、顔赤くしちゃって……可愛いなぁとらちゃんは。


「ウチの事はおいといて!たかくんはどんなお願いするん?」


「俺か?俺はなぁ……ガチャで星6が当たるようにかな?」


 うわー……隆継煩悩にまみれてるなぁ……除夜の鐘じゃ打ち消せなかったか。


「あんたって奴は……」


「たかくんらしいけど、絶対に叶わないと思うでー?」


「んなっ!?」


「それに初詣のお参りって確かお願いと言うよりも、今年一年これを頑張るので見ていてください、みたいな感じじゃなかったっけ?」


「ガーン」


 隆継の欲望まみれのお願いを聞き、僕達は少しとはいえ思わず引いてしまうのであった。


「口でガーンって言っちゃってるし……それで、そういうちー姉は何を?」


「私はねー、もっと鈴ちゃんとイチャイチャ出来ますようにかなー?」


 イチャイチャって……でも────


「ぎゅう」


「わわっ!鈴ちゃん!?」


「もっと甘えても……いいよね?」


「はぁうぅ……!ん、んんっ!それで、鈴ちゃんはどんなお願いしたの?」


「僕?僕はねー」


 ちー姉にお願い事を聞かれ答えそうになった所で、僕はふと「誰かに話すと願いは叶わない」という話を思い出してしまい────


「僕の願いは……」


「「「「願いは?」」」」


「お菓子食べ放題!」


「ぶふっ……!ちょっ!お前!」


「すずやんそれっ……!絶対嘘やん!」


「ふふふっ、でも鈴なら……本気でありそうじゃない?」


「確かに、鈴ちゃんお菓子で大喜びするもんね」


「だって僕お菓子大好きだもーん」


 そう言って皆と笑い合ったのだった。

 胸の内で「いつまでも皆と過ごせるように」そう願いながら。

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