第71鱗目:着替え!龍娘!

「すっずやーん!」


「おおう、どうしたとらちゃん」


「次体育やでー!楽しみやー!」


 あっそうか次体育だったっけ、なら早いとこ着替えないと。


 クラスメイトの男子達が着替え出しているのを見て、僕も着替えないとと飛び込んできたとらちゃんを退かし、夏服のボタンを外そうとする。


「ちょっ、すずやん!?」


「んう?」


「んう?やあらへん!何しようとしとんの!?」


 緊迫した表情でとらちゃんは僕の服を抑え、きょろきょろと辺りを見てから顔を近づけて小さい声でそう怒ったように問い詰めてくる。


 なにって着替えようと…………あっ。


「あ、ありがととらちゃん。いつも家で着替える時の調子でいたよ」


 僕はあははと笑いながら素早く外してしまったボタンを付けなおす。


「全く、すずやんはいつも少し抜けとるけど女の子としてはもっと抜けとるからなぁ。危なっかしいわぁ」


 あはははは……面目無い………つい男の時と同じようにやってしまった……

 さーちゃんにも言われたけど、やっぱり女の子に早く慣れて自分が女の子って自覚持たないと……少なくとも行動だけは女の子らしくならないとね。

 元の姿に戻れるかわかんないんだし。


 自分が女の子だと言うことを忘れかけていた僕は微妙な笑顔を浮かべながら、早く慣れないとと決意を新たにするのだった。


「しれっとさなっち先に行っとるもんなぁ、流石クール。ほなすずやん、ウチらも早いとこいこーや」


「うん。………………うん?」


 反射的に頷いてしまった僕はとらちゃんと何処に行くのか分からず、ほんの少し首を傾げた。


 ーーーーーーーーーーー


「あのっ!流石にっ!僕は邪魔になると思うのでっ!」


「んな事あらへん!せいぜい振り返った時とかに誰かに翼が当たる程度や!」


「それダメだと思うんだけど!」


 ギャイギャイとそんな風にとある部屋、女子更衣室の目の前で逃げようとする僕の前に、僕を連れてきたとらちゃんが立ちはだかっていた。


「ちゃんと窄めてれば当たらへんし!中は結構広いんやから大丈夫やって!」


「そういう問題じゃないでしょ!」


 僕は男だぞ!性別は女になっちゃったけど少なくとも中身は男なんだぞ!入って言い訳ないじゃないか!脳内会議満場一致で非可決だよ!


 そんな風に言い合いながら僕が逃げようとする度、とらちゃんが僕の前へと入ってくる、そんな攻防を繰り広げていると横から僕達に声がかけられる。


「あんた達なにやってるのよ」


「さーちゃん!」「さっちん!」


 僕が助けてという目をさーちゃんへ向けると、さーちゃんは少しの間僕ととらちゃんを交互に見て、わかったと言わんばかりにひとつ頷く。


 これで助かった!いやー良かった良かった、流石に僕が女子更衣室に入るのはアウトだと思うしね!

 いやーほんとに───────


「とりあえず鈴、別に誰も気にしないからさっさと入って着替えなさい」


「さーちゃん!?」


 助けてくれないの!?というか気にしないってなんなのさ!


「それに鈴って純粋無垢で人畜無害だし」


 なんだそりゃ!?理由になってない!


「ほら、観念なさい」


「あううぅぅぅぅぅ…………」


 2対1は流石の僕でも分が悪く、近づいてくる2人にジリジリと僕は女子更衣室の扉へと追い詰められて行ったのだった。


 ーーーーーーーーーーー


 他を見るな前だけを見ろ、何があろうと何が起ころうと前だけを見続けるのだ。それこそが我が歩む道なのだから……


「すずやん着替えんの?」


「ア、ウン、イマキガエルカラ」


「…?まぁええか」


 女子更衣室に入ってしまい、右も左も後ろもキャイキャイと喋っている女子に囲まれガヂゴヂに固まっていた僕は、とらちゃんの言葉に機械音声のようなトーンで答える。


 いかんいかん、いつまでも現実逃避で天上天下唯我独尊龍娘でいる訳には行かない、というかさっさと着替えて出てしまえばいいじゃん。

 我ながらなぜ気が付かなかった、だいぶ気が動転してたんだな、うん。とりあえずそうと決まれば無だ、心を無にしてさっさと着替えてしまうのだ……


 僕はすっと考える事を辞め、するすると服を脱いでバッグの中にある体操服へと手を伸ばす、そこで僕は更衣室の雰囲気が変わった事に気が付いた。


 なんか…………………………静かになった?


 さっきまでの賑やかだった女子更衣室が嘘の如く静まり返っていた事に気がついた僕は、体操服へ着替える前にどうしたのだろうと周りを見る。

 そう、僕は見てしまったのだ。周りにいる服を脱ぎかけた、もしくは脱いで下着だけになっている半裸の女子という女子が全員じっとこちらを見てきているのを。


 えっ…えっ……?………なっ、なに……?なんで皆こっち見てるの?僕なんかやっちゃった?


「あ、あのー……皆さん?どうかしました……?」


 何となく身の危険を感じた僕は、思わずきゅっと尻尾を抱きしめてたじたじとロッカーを背に後ろへと下がる。

 そしてそれと同時に僕を囲んでいた女子達も何か呟きながらじりじりと距離を縮めてくる。


「すべすべぷにぷにのお腹……」「ちっちゃいおててが……」「恥ずかしがってて……」「ちょこちょこ動いてるのが……」「尻尾抱っこ……」「さらさらの髪の毛……」


「えっ、あのっ、皆さん!?」


 なんか思ってらっしゃることが口に!というか欲望みたいなのが───────


 そして僕の言葉が起爆剤となったのか。


「「「「「「「「「「可愛すぎる!!!」」」」」」」」」」


「みゃぁぁぁぁああああ!さーちゃんとらちゃん助けっ!」


 女子達の波に飲まれた僕は2人に助けを求めようと声を張る、しかし暴走した女子達を2人が止められる訳もなく。


「ごめん鈴、私じゃ無理」


「ウチもこれは…………ごめんな?」


「そんなっ!あっ、まっ、ひゃう、尻尾やめっ……!んあっ…付け根はぁ……ふあぁぁぁぁぁ……」


 この後、更衣室からはツヤツヤとした女子達と、ぐったりして死にかけている僕が出てきたのだった。

 その後僕が体育の度に皆とは違う場所で着替えるようになったのは言うまでもあるまい。

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