12鱗目:襲来、竜娘

「………………よし、大丈夫……いいよ、おいで」


「う…うん……」


 先に曲がり角から顔を出し、廊下に誰も居ないかを確認したお姉ちゃんはそのまま廊下を見張りながら大丈夫と僕に手招きをする。

 そしてそれを見た僕は尻尾や翼を体に寄せ、バレないようにして足音を忍ばせて千紗お姉ちゃんの元まで走る。

 そんな事を何回も繰り返しているうちに、僕達はやたらと厳重な扉の前へとたどり着いた。


「ロック解除するから、そこの柱の所に隠れて待っててね」


「分かった、隠れとく」


 お姉ちゃんに指示を出され他僕は、柱の陰に隠れる。


 翼とか尻尾出てないよね?……もうちょっと寄せとこう。


 そしてそんな僕をよそに、お姉ちゃんは扉の横にあるパスワードを打ち込む場所へと走り、色々と認証を始める。


「カード通して……暗証番号っと…………次に網膜と指紋、それと……んんっ!「中央職員天霧千紗」これで声紋もよしっと」


『本人確認完了、ロックを解除します。中央職員様、中央情報室へようこそ』


 扉から機械音声が聞こえるとそのやたらと頑丈そうな扉は、上に下に、右に左にと開いていき、最終的に15枚程開いた所で薄暗い室内が見えた。


 か……かっ…………かっこいい!扉が動いた!しかも本当に友達が話してたSF映画みたいに!

 ズゴゴゴゴゴって感じの音立てて!縦とか横とかに!凄い!かっこいい!


 そんなSFチックな開き方の扉に思わず興奮してしまった僕の目はその時、多分すっごくキラキラして居たに違いない。


 ちなみにその時僕の翼は小さくパタパタと動き、尻尾も楽しそうに揺れていたが無意識で動いてるものなので僕がそれに気がつくことはなかった。

 そんな場違いとも言える僕の表情と翼や尻尾の動きを見たからか、お姉ちゃんは緊迫した表情から一変して可愛らしいものを見るのようなほにゃっとした顔になる。

 数秒間そんなほにゃっとした顔にお姉ちゃんはなっていたが、ハッとして顔をふるふると振ってキリッとした表情に戻す。


「それじゃあ鈴香ちゃん、私が開けるまでこの部屋に居るのよ?分かった?」


「子供じゃないんだから大丈夫だよ!まったくもう」


 厳重な扉の先にあった1台のパソコンと、高さ2mくらいの四角く黒い塊が沢山ある部屋で、キョロキョロと周りを見ていた僕に千紗お姉ちゃんは注意してくる。

 その心配したような声での注意に僕は無意識で少し頬を膨らませてしまいながらもぷいっとしつつ返事をする。

 そしてそんな僕を見てお姉ちゃんはふっと微笑んだ。


「ふふっ♪そうだったね、一応高校生だもんね………うん、分かったそれじゃあまた後でね!」


「うん、また後で!……って一応って言わなかった!?あっ、もう扉が……」


 僕のツッコミをよそにお姉ちゃんが部屋からでると扉がまた重い音を響かせて閉まる。

 そして扉が閉まると室内は外からの明かりが消え、自分でもなぜ見えてるのか不思議な程真っ暗になった。


 一応ってなんだよ一応って…………小学生とか保育園児じゃないんだぞ僕は。


「はぁ……」


 僕はお姉ちゃんの最後の一言にため息をつく、そして……


 というかなんか本当にここ都市伝説とかでありそうな場所だけど…………少しなら、見て回っても……いいよね?


 ふんすと僕は普段じゃ絶対来れない場所を前に意気込んだ。


 ーーーーーーーーーー


「─────では次に中央情報室を見させて貰うよ三浦君」


「申し訳ありませんが、そこは例え田上誠一郎様でも私の一存で入れる事は出来ません」


 大手医療機構の幹部である田上誠一郎という、太っている男に向かい俺は至って事務的にそう述べる。

 一応、これでも俺は日医会の情報に関する最高権限者だが、あの部屋、中央情報室へ外部の者を入れる事は俺の一存では厳しい物がある。

 それ程までに現代社会への多大な混乱を呼び起こす可能性がある情報が山のようにあるのだ。

 それもその山がいくつも。


 だからこそ姫、鈴香をあの部屋に連れていくように陣内に指示を出しておいたが……裏目に出たか。


 多分だがこのクソ野郎の事だ、きっと────


「おや?ワシに見せられない事でもあるのですかな?なぁに心配はいりませんとも、ただ部屋を見るだけです。

 情報へのアクセス等は行いません。なんなら監視していて下さっても構いませんよ?」


 やっぱりそうきたか、だがどういう事だ?

 いつもなら「監視をする気か!無礼だぞ!」なんて喚き散らして情報を抜き取ろうとするのに…………

 やはり何らかの形で鈴香を嗅ぎつけていたか。

 鈴香を見つけてそれを問題に、それからこちらで預かると言って攫う……これが最悪のパターンか……


 三浦はそう田上の狙いを予想し、手を強く握り締める。


 この男田上誠一郎はコレクターだ。

 多数の希少生物、及び絶滅危惧種等を裏で密輸や密猟しては剥製やホルマリン漬けにしてコレクションしている。

 そして奴は児童養護施設から女児を引き取り慰みものにして最終的には捨てているという、まさに人間のクズと言う様な事を陰ながらしている。

 どちらも一部の人間しか知らない事だが、表沙汰になろうとすると権力でねじ伏せている。

 そしてそんな奴がもし鈴香のような存在を知ったのならば───


 確実に狙われる。


 三浦は攫われた鈴香が慰みものにされるという事態を想像し吐き気を覚えるが、その事態を回避する為にも強くその申し出を拒否しようとする。

 しかし……


「それでもなりません、それは────」


「そういえば!ここ最近日医会のここ中央本部では一部区画が立ち入り禁止になったりしているそうですなぁ!

 もし日医会が何か危険な実験をしていたとするならばぁ!隠すために中央情報室へそれを運んだー……という事もあるのではないのですかな?」


 クソっ、それが情報源か…………鈴香の存在自体はまだ知らない様だが、万が一鈴香を見られないようにするためにやったのがここに来て……


 どうする……!


 ここでもし拒否すれば何かを隠している事を認めた事になる。そしてそれは確実に査察の口実になり、鈴香は持っていかれ一生実験動物にされてしまう……


 どうする…………?


 ここで拒否しなければ中央情報室に逃げ込ませた鈴香は見つかり、こいつの餌食になる。


 どうする………………


 早口でそう言った田上は、ニヤニヤとした顔で苦渋の選択を強いられている三浦を見てくる。

 そして三浦は─────


「分かりました。部屋を見ることは許可します。ですが機材類には絶対に触らない事、これを破った場合即座にお帰り頂きます」


 睨み付けるようにして田上に向かって三浦は怒りを咬み殺すしてそう言い放ち、そして田上はそれをからかうような口調で嘲るように三浦に言い返す。


「おぉ怖い怖い、それでは行くとしようか」


 3人は中央情報室へと歩き始める。

 そして中央情報室への廊下から天霧が出てきたのを目にし、三浦は強く拳を握る。


 いよいよ……覚悟しなきゃならんかもしれんな。


 先を歩く田上とそんな決断を下した三浦の横を軽く会釈して天霧が通る。

 その通り過ぎた天霧の顔は悲痛なとても悔しそうな顔だった。

 そして田上は彼女が横を通るのを目で追い……


「ふむ、たまには成熟した女もいいな」


 そうニヤけた顔でボヤいた。そんな田上に三浦は本気で軽蔑した目を向け、怒りで手を更に強くにぎりしめていた。


 ーーーーーーーーーー


「それでは開けますので、少し下がってお待ちください」


「うむ」


 三浦は天霧がやったように扉にカード、パスワード、指紋、声紋、網膜、それらを認証させロックを解除する。

 すると中央情報室の扉は上に下に、右に左にとゆっくりと音を立てて開かれていく。

 そして三浦は扉が開ききる前に動き出そうとした田上の秘書に向かって声をかける。


「すいません、秘書の方はここでお待ちください」


「ですが私は──────────」


「美希クン、君はここで待ってなさい」


「…………了解しました」


 美希と呼ばれた秘書は田上にとめられ、2人は秘書を置いて部屋へと入る。

 その中はいつも通り薄暗く、扉が空いてなければ真っ暗になり何も見えなくなることは間違いなかった。


 そんな情報室の中を田上と共に部屋に入った三浦は見渡す。


 そこはいつも通り数多の情報が納められた縦長の黒い箱と、中央本部にある全てのデータへアクセスできるパソコンが1台あるのみで………………


 彼女の水色の鱗が生えている大きな翼や長く靱やかな尻尾、透き通るような灰色の髪や透明な水晶の角は部屋のどこにも見当たらなかった。


「何も無い……か、本当に何も隠してないのだな」


「…………えぇ何も、元よりこの部屋は情報の為の部屋ですから。何かを隠す場所ではありません」


 2人が出ていくと扉は閉められ、情報室には完全な暗闇が戻った。そして……


 ドスンッ


「あいてっ」


 その暗闇に1つの鈍い音と共に間抜けな声が響いたのだった。

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