11鱗目:不穏の訪れ、竜娘

『鈴香ちゃん聞こえる?』


 無線機から聞こえてきたお姉ちゃんの声は、よく映画なんかである途切れ方をするでもなく、至ってクリアに聞こえてきた。


「うん、聞こえる」


『良かった、それじゃあ鈴香ちゃん。正直に言ってね?』


「う、うん」


『降りられなくなったんでしょ』


 そんな無線機から聞こえてきたセリフは見事に図星で、僕は思わず表情だけでなく動かしていた翼まで固まり、バランスを崩すどころか落ちかける。

 そして体勢を立て直した後、僕は一言。


「…………………………ちがうし」


『今の間と一瞬の硬直はなんなのかなー?』


「そっそんな落ちるのが怖いとか降り方がわかんないとかじゃないし!」


 お姉ちゃんに降りられなくなっている事がバレないよう、そんな見栄を張った後更に余裕であるといわんばかりに口笛を吹く。

 ………………吹けなかったが。


『全くもう…それに口笛吹けてないし…………意地はらないで本当の事言ってご覧なさい』


「うぅっ…………はい、降りられなくなりました。落ちるの怖くて降りれません」


 お姉ちゃんのどこか呆れたような、それでもって問い詰めるような声に僕は逆らうことが出来ずに正直に話す。


『はい、よく言えました。とりあえずネットは張ってあるから羽ばたく速度を落とすか、翼を真っ直ぐ横にして滑空する要領で降りられるかやってみてくれない?』


「うぅぅ…でも……」


『やらないとずっとそのままだよ?しかもどんどん翼動かすの痛くなって来るだろうし……』


「あぅぅぅ……」


『いい子だから、ね?』


「ぅぅぅぅ……がんばる……」


『偉い!後でマッサージしてあげるから頑張れ!それじゃ以上!』


 最後にお姉ちゃんの嬉しそうな声が聞こえ無線機の通信が切れる。

 そして僕がちらりと下に目をやりお姉ちゃんを見ると、お姉ちゃんはこっちに笑顔で手を振っていた。


 マッサージ……マッサージかぁ…………それは別にどうでもいいけど、褒められたからには応えなきゃ………落ちても大丈夫、皆を信じて…よし!


 僕は決心を固め、羽ばたく速度を落とす代わりに更に大きく羽ばたくことで少しずつ高度を下げることを試みる。

 そうして数十分の格闘の末、僕はなんとかちょうどいい加減を見つけ出した事でようやく高度を落とし始め、さらに数十分をかけ僕は地上に戻ることが出来たのだった。


「お…おりれたぁぁ………………!」


「鈴香ちゃんよく頑張ったね!よーしよしよしよし!」


「えへへへへ…………」


 地上に戻れた安心感で腰が抜けて座り込んでしまった僕は、お姉ちゃんに抱きつかれ頭を撫でられながらやり切った顔になっていたのだった。


 ーーーーーーーーーー


「はうぅぅぅぅ……そこぉぉ………んんっ…もうっ…ちょっと強くぅ……んあっ!はふぅ……ぉぉぉおお…………あうあぁぁ…………おうっ!?ふへぇあぁ…………」


「だいぶ……!凝ってるねぇ……!」


「腰も……!肩もガッチガチだね!他はぷにぷにのぷになのにっ!」


 そう言いながら僕の肩と腰を揉んでくれる大和さんと叶田さんがの横では、さっきまで揉んでくれていたお姉ちゃんと花桜さんが座って休んでいた。


 ところでぷにぷにのぷにってなに?


「やっぱり翼と尻尾が相当重いんでしょうか?」


「そうだろうねー、それにそんな物を平然と付けて歩いてる鈴香ちゃんの筋力も相当だよねー」


「はぁぁ……大分楽になったきがしますぅ……ありがとうございました」


 最初の方こそ女の人ばっかりの部屋に放り込まれて気まずかったのだが、なんやかんやでマッサージを始められた結果、今ではそんな事はどうでも良くなっていた。


「いいのよー、鈴香ちゃん可愛かったし」


「ねー、最初なんてもっと大きい声だったもん。本当に気持ちよかったんでしょー」


「気持ちよかったけど言わないでぇぇぇ」


 僕が恥ずかしさで顔を赤くして起き上がり叶田さんや大和さん達女性陣の皆さんと話していると、ドアがノックされて三浦さんが入ってくる。


「あれ?三浦さんどうしたんですか?」


「あぁ、データがまとまったからそろそろ出発する事を伝えにな。あー…それでだな…………一体何やってたんだ?」


 おずおずと聞いてきた三浦さんに僕を含む女性陣全員が顔を見合わし、不思議そうな顔で説明する。


「何って」


「鈴香ちゃんの」


「マッサージ」


「ですよ?」


「そっ、そうだったのか……こほん、とりあえずそういう事だ。それとだな」


 漫画やアニメでありそうな返答の仕方をしたお姉ちゃん達に、三浦さんが微妙な反応を返し、話を続けた。


「お前達さえ良ければ天霧以外の3人も鈴香と一緒の荷台に乗って言って欲しいんだが…………頼めるか?研究進める為に先にあいつら返したくてな」


 そんな三浦さんの言葉に、お姉ちゃんを含む4人は即座にOKを出した。

 それになんだか皆さんとても喜んでいるようだった。


 えーっと、僕個人の拒否権はー…………あ、はい。そんな物は無いと、なるほど了解しました。


 今更「僕は一人だけがいい」なんて言えない雰囲気を僕は拒否することは出来ず、お姉ちゃん達4人と一緒に数時間の間コンテナに揺られることになったのだった。

 そして車に揺られること数時間後。日医会に戻ってきた僕は────


「片付け来たぞー……って姫はどうして天霧と花桜に隠れてるんだ」


 今度はお姉ちゃんと花桜さんの背に、涙目で隠れていたのだった。


「いやー、鈴香ちゃんの反応が楽しくて……」


「ついちょっと、構いすぎちゃって……ね?」


「お前らなぁ……ちゃんと謝っとけ?」


「「ごめんなさい」」


 そう言って大和さんと叶田さんが頭を深々と下げてくる。

 その様子を僕がそーっと2人の間から覗き見ていると、突然頭にぽんと手が乗せられ、僕は短い悲鳴を上げてしまう。

 そして僕がその手の主を見ようと上を向くと、花桜さんと目が合う。


「ごめんね鈴香ちゃん、2人も悪気があったわけじゃないの。許してあげて?」


 そう言って申し訳なさそうに笑顔を浮かべて頭を撫でてくれるそんな花桜さんを見て、僕はきゅうっと胸が締め付けられるような罪悪感に襲われてしまう。


 あぅぅぅ…………そんな顔で見られたら罪悪感がぁ…………ううっ……はぁ…仕方ない、今回は花桜さんに免じて許そうかな……


 そう決めて2人の後ろから出て、今も頭を下げている2人に顔を上げるように言おうと声をかける。


「えと、大和さんに叶田さ────」


「良かった!まだ居た!」


「柊さん?」


 どうしたんだろ、なんかすっごい慌ててるみたいだけど……


 僕の言葉を遮るように必死の形相の柊さんと島内さん、それに柏山さんの3人がこちらへと凄い勢いで走ってやってきた。

 それを見て大和さんだけでなく全員が怪訝そうな顔をする。


「どうしてこっちに?あんた達先に戻ってデータ洗い直してるんじゃ……」


「あんの変態クソ野郎が来てやがった!名目は施設の視察!多分だがそれにかこつけて姫をかっさらう気だ!クソッ情報どっから漏てやがった……」


 そう陣内さんが走ってきながら言うと、お姉ちゃん達は一瞬固まり、次の瞬間顔を見なくても分かるほどの怒りをお姉ちゃんや大和さんから僕は感じ取った。


「島内それほんとなの!?」


「マジだ!さっき下層区北口に居たから真っ直ぐ来たら10分もかかんねぇ!天霧は姫を!三浦先輩がクソ野郎と話してる間に第五区を通って中央情報室に!」


「はい!行くよ鈴香ちゃん!」


「はひ?え?ちょっ、お姉ちゃん!?」


 お姉ちゃんはそう言うとキョロキョロとしていた僕の手を取る、そんな尋常じゃない雰囲気の中で僕はお姉ちゃんと一緒に走り出した。


「他の奴は俺らとコンテナの中にある椅子とテーブルに傷入れろ!んで壊れ物扱いにしてから処分名目にして誤魔化す!何としても姫を隠してる事がバレないように疑問を抱かせるな!」


「「「「「「了解!」」」」」」


 その場にいた全員の声を背後に聞きながら、僕はお姉ちゃんに手を引かれ、柊さん達が来た方とは逆の廊下へと走っていく。


 どっ、どうしていきなりこんな……!私をかっさらう気だとか言ってたけどそれもどういう───


「──ず香ちゃん!鈴香ちゃんっ!」


「はいっ!!」


 突然の急展開に混乱していた僕は、お姉ちゃんに名前を呼ばれ、なんとか頭が真っ白になる前に再起動する。


「良かった、何とか復活したみたいね」


「ごめんなさい……」


「いいのよ、まだ来てないみたいだし。まだ貴女の存在は知られる訳には行かないからね…………とりあえず陣内さんが言ってた通り中央情報室に行くよ。あそこなら部外者は入れないんだから」


「うん、分かった」


「いい返事ね、それじゃあ行くわよ」


 そうして僕はお姉ちゃんに連れられて中央情報室へと向かって再び走り出したのだった。

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