二日目 人間は、ウグイスと一緒です。
レシートを見ると、中心に鎌倉駅を表す黒丸がある。
そこから右下の方へと道路がひかれて、その道路に沿うように"卍"と"
「一人でご旅行ですか?」
他意はなかったのだろうが、独り身の私にはなかなか
ついついムキになって、
「自分探しの旅です」
と答えると、
「静かで、
鎌倉駅前で、これもオススメされていた
道路沿いを、ただひたすらに進んだ。こう言っては何だが、道中は全く観光向きではなかった。
鎌倉は結構、車の交通量が多い。道路沿いを行けばうるさいし、空気も汚れている。何故この場所をチョイスされたのか分からず、私は終始、眉間に
「ていうか、遠すぎっ!!」
道中にはいくつも寺が並んでいた。そろそろ着かないかと、私は毎度、寺の中を
レシートを見れば、鎌倉駅からたかだか三センチ程の距離にその場所は記されている。
どう考えても、
初めて会った時の言動といい、那雲さんはなかなかにいい加減な人だった。
地図が
痛む足を引きずって視線を上げれば、巨大な山門がある。
「おぉ、でかっ……」
思わず声が漏れた。
一帯には山と海しかない開けた場所なので、
山門は近くまで寄ると、被ったキャップ(今日は日差し対策もばっちりだ)の
奥行七メートル、高さ二十メートルにもなる巨大な山門だ。二階建てになっていて、山門の下をくぐる時には二階へと上る
山門を抜けると、広い
本堂には立ち入れるようで、靴を脱いで畳の上へと上がる。涼しい堂内は広い畳の間になっていて、中央奥には仏様が
畳の上に座って、
無音だ。
心地良い静寂が流れている。
時折、トンビの鳴く声だけが聞こえた。しばらく目を
頭が空っぽになって、ひんやりと冷たい、澄んだ空気で"中"が満たされていった。
ぐうぅぅぅぅぅ
その静寂を打ち破り、私の腹が
時刻は十二時三十分。予想外に到着が遅れたため、未だリュックの底に眠ったままの鱒寿しは手付かずのままだった。
「……お腹空いた」
名残惜しくはあったが、背に腹は代えられない。
本堂を後にし、境内のベンチに腰掛ける。ちょうど良い日陰の席は、境内を写生するご老人方に占拠されていた。
うぅん、暑い。
何より、上からトンビが狙っている。これではゆっくり弁当を味わう事が出来ない。
私は再度腰を上げ、山門下の梯子に腰掛けた。
なるほど、これはいい。
山門の立派な屋根が、日光とトンビから守ってくれる。私は悠々と、鱒寿しを堪能した。
光明寺を後にし、近くの
公園と言っても遊具は何もなく、公園中央に、木に
そこに今度は靴のまま上がり、足を投げ出して座る。上を見上げると、木の葉の間から木漏れ日がきらきらと光っていた。
先程は人目を気にして出来なかった分、私はその場に
光明寺よりも、ここはいくらか物音がする。
ぴちぴち。ちゅんちゅん。鳥達が
気持ちいぃ~。
深呼吸をして目を瞑ってしまえば、そのまま眠ってしまいそうだった。
うとうとと
ホーホケキョ。
「おっ」
夏にも鳴くのか、と少しお得な気持ちになる。そのまま、もう一度鳴いてはくれないかと耳を
ホーホケヨ~。
「ん?」
ホーホケヨ~。
……何か力が抜ける。
ホーホケヨ~。
結局その気の抜けた愛の告白が気になって、居眠りは出来なかった。
********
「ウグイスは鳴き方の師匠をつけるそうですよ。きっと、ついた師匠が良くなかったんでしょうね」
私はまた、神社のご神木の隣にあるベンチに腰掛け、那雲さんを見上げていた。
盆に乗った湯飲みを差し出され、礼を言って飲み干す。冷たい麦茶が
何て気の利く神様だろうか。
「私が聞いた奴だと、ホーホケチョピ! なんて鳴く奴もおりましたよ」
「それは熱烈ですね」
「彼も、それだけ必死だったのでしょう」
そう思えば、ウグイスも人間も変わらないのかもしれない。
良い上司の下には良い部下が育ち、悪い上司の下では、以下略。
「光明寺は
「良いところでした」
そう答えると、那雲さんは嬉しそうに笑う。
「あそこは、感じの良い方が多いですから」
「でも、今度はもうちょっと近場でお願いします」
「あれ、遠かったですか?」
「思っていたよりは」
言葉の裏にある意図を察してもらえないかと思ったが、那雲さんは、じゃあ、次はあそこですかね!ときゃっきゃしている。
どうやら人にものを
紙とペンはあるかと言われ、私はリュックからボールペンとB6ノートを取り出した。今度は準備万端だ。
那雲さんはサラサラと書きつけると、ノートをこちらに返した。
相変わらず、字は汚い。
何とかしてその暗号を読み解くと、鎌倉駅の北西の位置に黒丸が記されていた。
「化粧坂……?」
「それで、"けわいざか"と読みます。昔の人達も通っていた道です。自分探しの旅に、故人の
私は鎌倉駅から
「……"本当に"、近いんですよね?」
「えぇ」
ニコニコと疑わしい笑顔を浮かべている。
くそっ。イケメンなら何でも許されると思いやがって。
私はため息を吐いて、ノートをリュックへとしまった。
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