73.廃鉱グリートトリス:6

「くうう、やはり地下に潜ったあとの風呂は最高じゃな……」


 しみじみとつぶやきつつ、シエラは身体を伸ばす。


 廃鉱グリートトリスから戻ってきた一行は、宿泊施設へと戻り、併設された銭湯で汚れを洗い流していたのであった。

 毎度恒例のようになっている気もするのだが、ダンジョンの中は窮屈で身体も心も緊張し続ける。それをほぐすには風呂が一番だというのは多くの冒険者の共通見解であるらしく、冒険者の集まる場所には銭湯がある場合が非常に多い。

 加えてここは廃鉱グリートトリスに訪れる冒険者たちしか寄り付かない場所のため、利用客はシエラたちだけだ。貸切状態の銭湯は非常に広々としており、気分が良い。


 そうして手早く全身を洗ったシエラは、貸切状態の湯船へ乗り込むと、全身の凝りを伸ばしていたのであった。


「……シエラ、早い。髪……ちゃんと洗った?」


 程なくして湯船に入ってきたのはイヴ。彼女は雑に丸めてまとめたシエラの髪が気になるようだ。


「うむ、わし基準では問題ない。これまでも特に傷んだことはないしのう」


 女性目線でいえば、シエラの髪の扱いは雑に見えて仕方がないのだ。なのに、その髪は奇跡のように美しく整っており、白銀の輝きには一点の曇りもないのだから、不思議に思うなというほうが無理な話である。


 複雑な顔をしながらも、それ以上の言及はせずに静かにシエラの横に並ぶイヴ。イヴはちょうどいい距離感だと思っているのだが、女体に慣れていないシエラにはそれでも少し近く思えてしまう。

 ただし、その後に続く双子はそんなものでは済まない。アカリとアケミはとにかくパーソナルスペースという概念がないらしく、当然のようにシエラにくっついてくる。

 なぜ自分が絡まれるのか理解できないまま、なすがままにされるほかない。

 それでも密着されただけではシエラも無反応を突き通すことができるようになってきたので、多少は慣れてきたと言えるのかもしれない。

 シュカとエメライトはさすがに気を使って若干距離を離して湯につかっているが、シエラの美しい肌に興味があることを隠し切れていない様子である。


 そんなこともありつつ、貸切状態なのもあって雑談の話題は今回の事後会議になっていく。


「……というわけでじゃな、ダマスカス鉱は無事採掘できたわけじゃが、扱いが難しいのではないかと思ってな」

「確かに、シエラさんのところだけでダマスカス製の武具を扱うと、面倒なことにはなりそうですよね。注文も殺到するでしょうし……」

「変に耳目を集めたり、あまりに忙しいのは本意ではないんじゃよなあ……できれば、今回採掘したうちの半分ほどを自然な形で王都の鍛冶屋連中に回せればとおもうんじゃが」


 ダマスカス鉱は、現在のエリドソル国内では採掘できないとされる貴重な金属である。そのためシエラの店だけで扱えば無用な注目を集めることは想像に難くない。

 シエラ自身があまり注目されることを望んでいないのに加えて、そのような悪目立ちは必ず周囲の悪感情を生む。それに、自身で独占していても王都全体のレベルアップには繋がらないのでは、と考えていた。

 そういった理由から、シエラはダマスカス鉱を全体に供給できないかと考えたのであった。


「半分もですか、それは思い切りましたね……。ですがそういったことであれば、鍛治組合の方に任せてみるのもありではないでしょうか。例えば、匿名で鉱石を買い取ってもらって、購入を希望する鍛治師へ行き渡るように頼む、とか」

「なるほど、組合に相談するというのは確かに真っ当じゃな……」


 アカリの案は非常に参考になるものだった。その案を実行した場合、由来不明のダマスカス鉱という謎の素材が突然大量に発生することにはなるが、シエラ自身は注目されずに済む。

 魔法銃の件ですでに王都中の注目を集めつつあることに気付いていないシエラはそう言って頷いた。


蒼黄金アオコガネの件は……まあ少量だし、黙っておいてもよかろう。店に出せる量でもないし、魔法銃の機関部改良にでも試しに使ってみるとするか」

「貴重な金属を実験に使うというのも、流石はシエラさんですね……。鉱石のままでも相当な値段になりそうですが」

「それほどなのか……。まあ、金には特に困っておらぬしな」


 相当な値段というワードに一瞬魅力を感じたシエラだったが、自分の作った物以外で金を稼ぐのは自分の仕事ではないな、と思い直す。実際鍛治も錬金術も相応の利益を生み始めているので、それ以外のことで金策をする必要は感じていないのだった。


「そうじゃ、忘れぬうちにエメライトとシュカの報酬を決めておかねばな」


 シエラがポンと手を打って言う。


「わたしたちの報酬……です、か?」

「うむ、今回はわしの護衛に来てもらったのだからな。報酬を出して然るべきであろうて」

「い、いえ、わたしたちは勉強させてもらってた、だけで……ね、シュカ」

「はい、特に役にも立ってませんし、そんな……」


 恐縮して首を横に振る二人。


「実際のところはどうあれ、名目上は立派に護衛の仕事じゃよ。それに、時間がいくらあっても足りない新人冒険者を一週間近くも拘束してしまったのだからのう」


 うんうんと頷くシエラ。本音を言えば、言葉通りの筋を通したいという気持ちが半分で、もう半分はかわいい後輩の世話を焼きたいという気持ちであった。

 身内が新しくMMORPGを始めたときに装備だったり消費アイテムだったりを融通して構いたくなるのと同じ心理である。

 自分と似たところがあるのか、その本心に気付いているらしい様子のアカリも微笑んで同意する。


「シエラさんがそう言ってるんですから、遠慮しないのも冒険者の心得ですよ」

「じゃあ、その……よろしく、お願いします!」


 エメライトも決心がついたようで、シエラに頭を下げる。


「うむうむ、ちょっと押し付けがましくなってしまったが、まあわしの納得のためと思ってくれ。そうじゃな……適正な金銭は支払うとして、追加で仕事用の衣装というのはどうじゃ」

「衣装……ですか?」

「おぬしら、少しずつ防具類は揃え始めておるようだが、鎧下はまだ古着を使っておるじゃろ」

「たしかに……村から出てくる時のままのお古です」

「イヴやギリアイルの衣装を作る依頼を受けた関係で素材を揃えるのでな、そのついでにどうかと思ってな」

「い、いいんですか……?」

「うむ、わしは今創作意欲が湧き上がっておるのでな。実験台になってくれると嬉しいのじゃよ」

「そ、そういうことであれば……喜んで!」


 エメライトとシュカが再度頭を下げる。

 冒険者が着用する衣装は、単なる衣服ではない。衣装それ自体にも付与魔法を織り込めるし、ポーチや鎧といった上から装備する装飾の拡張性や利便性などを決定する大事な下地なのである。


「いいなー、私も防具の更新と一緒に作ってもらっちゃおうかなあ、こう、フリフリで可愛い感じに!」

「アケミ、あなたはこの間新しくしたばっかりじゃないですか。リーダーも流石に許さないでしょう」

「ぐぬぬ……じゃあ、また、今度!」

「よいぞよいぞ、いつでも相談に来るが良い」


 これは後々のために、双子の分のデザインもしておいたほうが良さそうだ。美人姉妹の新衣装のイメージを膨らませつつ、シエラはにやりと微笑んだのであった。

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