71.廃鉱グリートトリス:4
廃鉱グリートトリスの最下層を進むこと数時間。
最下層は上層部とは比較にならないほどの広さを誇っており、かつ迷路状になっていることもあわさってかなりの時間を探索に費やすこととなった。
《白の太刀》も《黒鉄》もこのダンジョンの踏破経験はあるのだが、このダンジョンは不定期に形状が大幅に変わるということで、毎回苦労しているそうだ。
そうして、一行が目的の場所に到達したのは、何度も魔物との戦闘をこなし、マッピングをおおよそ完了した頃であった。
「む、この辺りか。反応があるのう」
「やったあ! じゃあ、よろしくお願いします、シエラさん!」
ようやく反応のある地点に到着したということで、アカリは疲労感をにじませつつも喜びを爆発させた。
その地点というのは、迷いに迷った結果最後にたどり着いた最深部、ボス部屋の直前。疲れているのも当然というものである。
シエラもおやつに少しずつかじっていたジャーキーを飲み込んで、気合を入れてピッケルを手に持つ。
「ボス部屋前、最深部の奥の奥だからか、異様に頑強化が強く掛かっておるな……だが!」
大上段から振り下ろされるピッケル。それは地形にのみ特大の貫通ダメージを与えるシエラの鍛冶系統技能――《
その刃は黒く鈍色に光る壁と衝突し――衝撃をもたらす。
「うわっ……!」
その大砲が直撃したような音と衝撃は通路全体を大きく揺らし、油断していたエメライトがこけて尻餅をつく。
もうもうと舞い上がった土煙が晴れると、壁面には破城槌でも打ち込んだかのような大穴が穿たれていた。
その大穴からは岩盤や鉱石がゴロゴロと崩れてきており、シエラはその中に半ば埋もれてしまっていたのであった。
「シエラちゃん、大丈夫!?」
「ひ、ひどい目にあった……久しぶりに使ったが、このようなことになるとはな……」
アケミに大丈夫だと手を振りつつ、白いワンピースを土埃で汚しながらも這い出たシエラは、その崩れた瓦礫を検分する。
「それにしても不思議な壁じゃよな……厚さ二メートル、ただただ密度が高く硬い金属質の岩盤ともなれば、確かにまともには掘り起こせぬわけじゃの」
最下層で初めに壁を崩した時はここまでの強度と厚みではなかったはずなのだが、最深部のそれはまともに筋力だけで掘るのは不可能だろうという構造になっていた。
その岩盤ももしかするとダマスカス系の合金なのでは、とシエラは疑っていたのだが、崩れた岩盤は砂状の魔素になってダンジョンへと還っていった。このダンジョンを構成する非常に硬い岩盤は、それ自体が魔物のような性質を持っているらしい。
ただ、その岩盤の層を抜けた先はある程度は掘り進めやすい硬さである。まるで、ダンジョンが大事なものを守るために表面を精一杯強化しているかのようだ、とシエラは感じた。
「とはいえそんなことよりも、じゃ。……おお、あるではないか……!」
シエラが瓦礫の山を漁って取り出したのは、ぬるりとした不思議な光沢のある黒く青い鉱石。ダマスカス鉱である。
「……おめでとう、シエラ」
「うむ、おぬしらのおかげじゃ、イヴ。わしはしばらく掘り進めるのでな、おぬしらはしばらく休んでいるといいじゃろう」
イヴに答えたシエラは、ピッケルを振り上げて意気揚々と穴へと突入していった。
《エレビオニア》においては序盤の低級な金属ではあるものの、この世界においては手に入りにくいものとされるダマスカス鉱。その鉱石の発見に、シエラは新金属を発見した時のような興奮を覚えつつ採掘を始めたのであった。
「……よしよし、これであと数年は在庫も安泰じゃのう」
ふうと額の汗を拭い、満足して仁王立ちをするシエラ。
「おつかれさまー、って、こんなに掘ったの!?」
水筒を持ってシエラを労いに来たアケミは、穴の先を見て絶句する。
そこにはいつのまにか学校の教室ほどの広さの空間が出来上がっていたのである。
「当然じゃろう、他に真っ当に手に入れる手段がないのだから、掘れるうちに掘れるだけ掘っておかねばもったいないお化けがでるぞ」
「もったいないお化け……?」
死霊系の魔物だろうか、とアケミは首を傾げるが、言い分自体は納得できる。
ダマスカス鉱は主に大陸の東から北で採取されるようで、北の大国リエントルグは非常に遠く、またエリド・ソルに隣接している東の大国オルジアクは一触即発の状態とあっては入手する方法は皆無に近いのだ。
「……十分掘れた?」
アケミの隣から顔を出したイヴが聞く。
「うむうむ、特に反応の濃いエリアじゃったからな、大満足じゃ! それに少量だが、《
「シエラ、それって……」
シエラのドヤ顔とは反対に、黙り込むイヴ。
はて、何か変なことを言っただろうかと考えるシエラ。
蒼黄金は金属の一種で、グレード的にはダマスカス鉱の一段上の素材だ。ダマスカス鉱とは性質が異なり、物理的な硬度はダマスカス程度だが、魔法的な力の精密な制御を得意としており、杖の先端など術具に使われることが多い金属である。
「ん? どうかしたかの」
その疑問に答えたのは強力な武具の情報収集に余念のないアカリ。
「蒼黄金って……古代の伝説の武具に使用されているっていう金属じゃないですか!?」
「…………は?」
「エリドソルでも式典の時なんかに持ち出される国家伝来の宝剣《エリド・デル・ソル》など、古代から現在まで伝わっている武器には蒼黄金が使われているって確か資料で……」
「なるほど、そうなのかや……。その宝剣のことは知らぬが、蒼黄金というのはそこまで偉い代物ではないのだがな。せいぜいダマスカスに多少毛が生えた程度の金属じゃよ。確かに腐食には非常に強いゆえ、古代からの武具が残っているというのは納得できるが……」
シエラの言う通り、この金属自体には宝具となるような特殊な能力はない。ただ、見る角度によって蒼から金へと鮮やかに変化する質感や、腐食に強い性質が宝物に向いているというのは確かだ。
「そうだったんですね……。鉱石が採掘されたという話も聞いたことがないので、てっきりこの大陸からは無くなってしまった金属なのかとばかり……」
「ふむ、この世界もまだまだ未知ということじゃなあ。まあ、そう思っておいた方が楽しみが増えるじゃろ」
シエラはといえば、ハナビやチクワの大暴れの結果によって、この世界にも人知を超えた存在がいることを知っている。(それを単独討伐するほうも人知を超えているような気がしないでもないが)
きっと、探す場所を探せばもっと高級な素材も出てくるだろう、と期待を持っていたのが今回の発見で証明された形である。
シエラはそうまとめて、パンパンと手をはたいてから大穴からひょいと抜け出した。随分と派手にくり抜いてしまったが、一週間程度でゆっくり元に戻るはずなので遺跡の持ち主も怒らないだろう、と勝手に決めつけつつ。
「さて、あとは帰るだけ――と、ボス部屋を忘れておったな。どうするかや」
「せっかくですし、倒しましょうか。シュカさんとエメライトさんの勉強にも良さそうですから」
「まあすぐ手前まで来ておるからな。二人とも、それでよいかな」
最下層に入ってからずっと、自分よりずっと格上の魔物との戦いを見学していた二人は緊張した面持ちで頷いた。
「よろしくお願いします!」
「だ、大丈夫……です!」
若干震える手で武器を握りなおす二人。
「その意気やよし、じゃな。では行くとするかの」
行くといっても、扉はすぐそこである。隊列を整え直し、盾を持ったアケミが扉を押し開く。
ボス部屋はシエラが先ほど掘った空間より更に広く、その中央に巨大な金属の球体が鎮座している。
一行が部屋に足を踏み入れると、その球体に無数の青いラインが走り、バキリと割れ、変形していく!
「スフィアメタルゴーレムかや、ダンジョンの雰囲気に合っていて良いのう!」
そんなことを言いつつ、最後の戦闘が始まったのであった。
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