70.廃鉱グリートトリス:3
廃鉱グリートトリスの三層目――最下層はこれまでとは雰囲気が違っていた。
通路には石畳が敷かれ、壁は一続きの黒く硬い金属のような岩盤で構成されている。その岩盤にはシエラでは解読できない文字や絵が刻まれており、古代遺跡といった様子である。
低級ダンジョンとはいえ最下層ということで研究者もあまり寄り付けない場所のため、これが鉱山時代のものなのか、鉱道が何かの遺跡に繋がってしまったのかなどは全くわかっていないのだという。
「まあ、わしとしてはそのくらい曖昧なほうがロマンがあってよいと思うがな」
その言葉とは裏腹に、シエラの目は鉱石の反応を探してギラついている。彼女はどちらかというと実益よりロマンを重んじる性格ではあるが、目の前にエサがぶら下がっているとなれば話は別である。
そんなことを言いつつ壁面に手を当てて反応を探ると、今までよりも強く鉱石が眠っているのを感じる。
「……シエラ、この岩盤、掘れそう?」
隣のイヴも壁面を調べつつ聞く。
この岩盤が、ガレンの言っていた掘れる者のいないという非常に硬い岩盤で間違い無いだろう。それは単に岩盤の素材が強固であるというだけでなく、この岩盤全体に膨大な魔力が流れているためだ。
最下層には全体的に頑強化・形状維持の魔法が常に複数貼られているらしく、非常に頑丈なのである。
「うーむ、確かに非常に強固じゃが……まあ、大丈夫じゃろ」
そう言いつつシエラはピッケル《ソウキカッサツ》を構える。
このピッケルは超大型レイドボス《蒼鬼・マガツハシラ》の角を加工して作られており、刃の部分が蒼く透明なのが特徴である。シエラの魔力に反応して硬度と鋭利度を向上させる特殊能力を持っており、《エレビオニア》時代からシエラはこのピッケルを使ってあらゆる場所を掘り起こしていたものだ。
冥界の王城の壁にすら穴を穿った愛用のピッケルをシエラが振り下ろすと、ゴッ、と重く大きな音を立てて刃が壁に突き刺さる。
予想以上の手応えがあるものの、この感触であれば掘り進めることも十分可能だろう。
「よし、かなり硬いが、いけそうじゃな。地質調査も兼ねて、わしはちょっと掘り進めてみるとするよ」
「ここは任せておいてください、シエラさん! と、話をしていたらきましたよ、アケミ、イヴさん!」
曲がり角からはちょうど複数体のゴーレムが飛び出してくるところであった。両手に太い金属棒を持ち、身体にも金属鎧を備えた頑強な個体である。
しかし、彼らは一流パーティの脅威とはなり得ないようだ。アケミが飛び出して身体ごとぶつけた大盾に負けて、大きく体勢を揺るがせてしまっていた。
それを横目に見て何も問題ないな、と感じたシエラはピッケルを振り上げて掘り進めていったのであった。
「ほう、これはなかなか上質な鉄鉱石が出るものじゃな。しかもダンジョンという性質上一週間もすれば元に戻るというのだから、ここは穴場なのかもしれぬな」
そう言いつつ鼻歌まじりに採掘していると、さらに地下深くから今までと異なる反応を察知する。
「ん、これは……ダマスカスか! あの話は本当だったのだな」
岩盤全体に強い魔力が流れているためか感覚を多少阻害されているが、その感覚は間違いなく伝わってきた。
位置情報からすると、このまま掘り進めるよりは正規のルートで最下層を潜っていき、近くに来た時点で改めて掘り起こすのが効率がよさそうだ。
そう感じたシエラは周辺のミスリル鉱を手当たり次第に掘ってから、すでに戦闘を終了したらしい仲間たちのところへ戻ったのであった。
「反応があったぞ。かなり地下深くじゃが……間違いなくダマスカスじゃ」
「本当ですか、シエラさん! じゃあ私たちももっと張り切って先へ進まないとですね!」
アカリの強い武器への執念はかなりのものだ。自身の槍や防具を強力なダマスカス製にできれば、更なる戦力向上ができると大いに張り切ったのであった。
「……私も、この子の銃身をダマスカスにすれば、性能、上がる?」
イヴが《雷霆》を見て言うと、シエラは考える。
「ふむ、確かにコアブロックやバレルを置換すれば性能は上がりそうじゃな。ただ、ダマスカスは魔法への耐性があまり高くない金属じゃからな。重量が増えるだけになる気も……いや、合金の配合を考えれば……」
「シエラちゃん、考えてないでほらほら、先へ進もうよ!」
シエラは一度思考に沈んでしまうとしばらく戻ってこなくなってしまう。そんな彼女の背をアケミが押しつつ、一行はさらに奥へと進んでいったのであった。
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