54.兵器開発は一夜にしてならず
翌朝、いつもどおり日が出てからゆっくり目覚めたシエラは、天空城アルカンシェルの地下工房に籠もっていた。
もちろん、正式発注のあったイヴの魔法銃を作るためである。
「そういえば、アルカンシェルの魔法銃開発は進んでおるのかのう。エルムが把握しておるんじゃったか?」
素材を錬金窯につっこんで下準備をしつつ、後ろで冷却魔法を発動するエルムに尋ねる。
(言うまでもなく、その隣には当然のようにリサエラが控えている)
「はい、私が研究成果について全て把握しておりますので、なんなりとお聞きください」
「それは頼もしいな。ではそうじゃな……まあなんでもよい、大きな改良があればそれらを教えてもらえるかや」
とりあえず大きな変更点があればそれを聞いておこう。
そう軽い気持ちで聞いたシエラは、アルカンシェル地下工房開発班の実力を思い知ることとなる。
エルムが語ったことによれば、
・長銃身長射程化
・大口径高火力化
・魔石を入れ替え複数種の魔法を放てるようにする技術
・鈍器や刃などを装着し近接戦にも対応
・放熱に特化した素材による火属性魔法対応タイプ
・同じ魔石を複数内蔵した連射タイプ
などなど、様々な改良が行われていることが明らかになった。
エルムを入れても十人程度の
彼らの忠誠心と技術力を見誤った結果である。
「ふむふむ、なるほど……これは素晴らしい成果ではないか。かなり参考にできそうな先行研究じゃな……」
「お褒めに預かり、光栄です。開発班の者たちも喜びます」
あくまですました顔で返すエルムだが、声音に混ざった喜色を隠し切れていないのは彼女らしさということだろうか。
「これは計画に変更が必要じゃな……ここをこうして、アレを取り入れて……素材は……」
設計書を広げて赤ペンを入れていくシエラ。
新鮮な情報に触れて加速していく思考に任せて、もはや原型をとどめないほどの修正を行う。
「……よし、これでいくぞ!」
エルムの説明を聞いている間に素材の下準備は完了しているので、あとは汗水流して作業するのみである。
「これで……ひとまず完成か……」
精魂尽きたシエラが後ろに大の字で倒れ――ようとすると、その背中をリサエラが優しく抱きとめる。
「お疲れ様です、シエラ様。試射とフィードバックはお任せください」
「うむ、まかせた……わしはしばらく昼寝を決め込むよ」
久しぶりに脳をフル回転させたためか、精神的な疲れが一気に襲ってくる。
本当は試射も見ておきたかったが、リサエラに任せておけば間違いはないので、言葉に甘えて昼寝に向かったのだった。
二時間後。シエラは予定通りの時間に地下工房に併設された仮眠室で目を覚ました。
普通の枕を使っていたはずなのだが、これまた随分と柔らかな……とぼんやり思いつつ上を見ると、そこには膝枕の体勢のリサエラが微笑んでいた。
「おはようございます、シエラ様」
「う、うむ……それで、アレはどうじゃったかの」
「はい、ほぼ完璧かと思われます。流石はシエラ様です。特に、カートリッジシステムは工房開発班の者たちのものを上回る機能性かと。解説、お願いしてもいいですか?」
「よし、それでは工房のほうで解説するとしようかの!」
シエラはゲーム時代から物作りを続けてきたわけだが、それらのアピールポイントを解説するのがとても好きなのだ。本人は自覚していないが、そういった性格を熟知しているのはリサエラならではである。
シエラが楽しそうな姿が好きなのもあるが、実際に内部構造に興味のあるリサエラと、こちらもまた興味津々な様子でメモを用意するエルムの前で、嬉々としてホワイトボードに設計書を貼り付けるシエラ。魔法銃本体もホワイトボード前の机に安置されている。
形状としては、グリップにストック、マガジンと少し長めの銃身を備えた一般的なアサルトライフルといった様子だ。
ただし外見はメカメカしいわけではなく、イミテーション的に光るパーツがあったり、ファンタジーな装飾が施してあったりと雰囲気はSFとファンタジーの混成といった感じである。
「こいつの最も重要な機構はカートリッジシステムじゃな。このマガジンにあたる部分がそうじゃ。ここに本体となる魔石を錬金術で板状に変形させて仕込んである。こいつを入れ替えることで使う魔法を変更できるわけじゃな」
そう言って、本体のイジェクトスイッチを操作してカートリッジを排出し、もう一度ガチャリと装填する。
「工房作の試作品を見たが、あれはチャンバー内の魔力圧縮の漏れをなくすために、カートリッジの工作精度を高めて隙間をなくしていたな。あれは確かに芸術的じゃったが、あれでは戦闘中にすばやく交換できぬし、衝撃での劣化も無視できない。
わしが作ったこれは、特に気密性は重視しない作りにして、代わりにチャンバー内に魔力を閉じ込める小さな球状結界を発生させる魔石を仕込んだ。冷却護符と仕組みは同じじゃな、使用者がグリップを握ると勝手に発動するタイプじゃ。これによって多少の隙間は無視することが可能となる」
「なるほど、その方法は我々の想像の及ばぬところでした! 実用性も高めるとは、流石はシエラ様……!」
上機嫌なシエラが解説するのをエルムが裏表なく称賛するものだから、シエラはさらにテンションを上げていく。
「機構的に目新しいのはその程度だが、目玉はそれだけではない。そのもう一つが、本体上部にしつらえたレールシステムじゃ!」
シエラが示すのは、魔法銃本体の上面。今までは平面だったそこに、凹凸が仕込んである。
そしてそのレールには現在は低倍率のスコープが備えてある。
向こうの世界のレールシステムを真似てみたはいいが、どうやってアクセサリーを固定していたかについてはあまり詳しくなかったので、そのあたりに詳しいリサエラに協力を頼んだ部分である。
「ここには様々なアクセサリーが装着できる。まあ上部につけるのは照準器程度だが、作戦の距離によって至近中距離長距離と照準器を付け替えられるというのは使用用途を広げるためには必須事項じゃろうと思うてな」
ひとまず今回用意したのは短中距離用の二倍拡大スコープのみだが、需要によっては様々なアクセサリーを開発していける。
(もっとも、イヴをはじめとした弓兵職などは自身の技能で視界拡大できたりもするので、アクセサリーの選定は向こうの世界と話が違いそうなところである)
軽々とスコープをつけ外しする様子を見て、またもやエルムが激しくメモを取る。
「なるほど、素晴らしい機構です、シエラ様! もしよければ、アクセサリーの開発に工房開発班も加わらせていただければと思います」
「おお、それはありがたいな。わしとは全く違う方向性のアクセサリーにも期待が持てるというものじゃ」
シエラの提案したものは自らの発想ではなくあくまで向こうの世界で実用されていたものにすぎない。この世界の人々によって独自に生み出されるものはきっとシエラの想像を軽々と超えてくるだろう。その光景を想像して、大きく頷いたのであった。
その後、エルムに聞かれたところを答えたり、リサエラのフィードバックを反映して調整を加えたりし、夕方前には一丁の魔法銃が完成していた。
その魔法銃は、白く高級感のある塗装をベースに、金色と黒色で整えられた装飾や、手にすると発光する淡く青いラインが映える、非常にまとまった印象に仕上がっていた。
「それで、こちらの銃の名前は何になさいますか、シエラ様」
「うむ、こいつは――《雷霆》じゃ。まあカートリッジシステムで魔法は変えられるわけだが、メインとなるのは《遠雷槍》じゃからな」
シエラはそう答えつつ、見た目の印象よりも軽い本体を持ち上げて、あやつも喜ぶといいが、と呟いた。
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