53.あたたまる
「ああー…………良い湯じゃ…………」
昼過ぎにアイゼルコミットに帰ってきたシエラたちは、疲れもあるだろうということで一旦解散し、報酬の分配等は今夜打ち上げと一緒にやろうということになっていた。
男性陣はそれぞれ街での用事があったようですぐに別れたのだが(冒険者組合への報告といった連絡作業はやはりガレンが行うらしい)、イヴとはなんとなく離れる理由もなく、ひとまず汚れを落とそうということで高級銭湯《テルミナ湯》に来ていたのであった。
シエラとしては決して下心からイヴを誘ったわけではなく逆にイヴに誘われてついてきた形なのだが、隣り合って湯に浸かっている時点で言い訳のできない状況である。
ただ、シエラの意識の大部分はイヴの端整な身体のラインではなく久々に熱湯で身体を伸ばす快感に支配されていた。
「うん、やっぱりここは良い湯加減」
「イヴに紹介してもらって正解じゃったな。かように素晴らしい店があったとは」
「結構高い、から。たぶん、上位の冒険者くらいしか使わない」
見回してみると、確かにあまり利用客は多くない。さらにはそのほとんどが屈強な身体つきであったり強い魔力の流れを感じる者たちばかりであり、シエラはなるほどと頷いた。
危険な場所へ赴き、莫大な報酬を少人数で稼ぎ出す上位の冒険者たちというのは、この国基準で見てもかなりの高所得者に当たるそうだ。
大商人にも匹敵する稼ぎの者たちが利用する銭湯ともなれば、多少高額な利用料金でも確かに需要はあるだろうというものである。
加えて、銭湯とはいうものの大理石でできた非常に広い浴室はもはや銭湯という印象ですらなく、まるで王城の浴室かと見紛うばかりである。
(王城の浴室といえば天空城アルカンシェルに仲間たちがこしらえた大浴場も似たような豪華さだが、あちらはふざけた設備が多すぎてこことは全く別の施設だ、とシエラは思う)
「そんなところを紹介してもらったばかりか、料金を奢ってもらってしまうとは恩にきるというものじゃ。……本当によかったのかや?」
「いい。……というより、これは個人的な、感謝のしるし」
「個人的な、か……うむ、そこまで気を使ってもらう必要はないとは改めて言っておくが、とても嬉しく思っておる」
イヴは表情変化に乏しく口数も少ない人物だが、ゆえにその言葉はまっすぐだ。
旅の中そう気付いたシエラは、もらった言葉にはやはりまっすぐ返すのが礼儀だろう、と思うようになっていた。
「……、サウナとか、マッサージもあるから。夜まで、ゆっくりしよ?」
「う、うむ! それでは満喫させてもらうとしようかの!」
隣で頬を上気させて聞いてくるイヴのほうを直視できず、シエラは答えつつ慌てて立ち上がったのであった。
至れり尽くせりのサービスにすっかりふわふわになったシエラは、非常に上機嫌に見えるイヴと共に集合場所の《マウンテンハイク》へと入店した。
久しぶりに顔を見るマスターのヘラルドに軽く手を振って挨拶し、中央の大きなテーブルを陣取っている《黒鉄》の男性陣のところへ向かう。
「遅かったな、イヴ、シエラ!」
笑いながらそう言うエディンバラは、何やらすでにアルコールがキマりはじめている雰囲気である。
「十数分遅れたのは事実じゃが、お主はもう何杯開けておるんじゃ……」
シエラは呆れつつ空いている椅子に座り、隣の椅子を引いてイヴを招く。
「あれ、イヴも随分と機嫌がいいみたいじゃないか。珍しいね」
ギリアイルが到着した二人にジョッキを渡しつつ、いつもの無表情より少しだけ頬の緩んだ様子のイヴに尋ねる。
「……別に、なんでも」
そう言って、果実酒の注がれたジョッキに口をつけるイヴ。
そのやりとりに微笑みつつ、シエラもジョッキを傾ける――と同時に、シエラの脳に電流が走る。
『む……これが……この世界の酒か! なるほど……かなり果実味が強めでかつ度数もなかなか……癖もあるが、それも含めてこれは……美味い!』
初めての味の感動に、ぐびりと飲み干してしまうシエラ。
その様子を見たガレンが気付いた顔になり――
「おい、ギリアイル、お前シエラ殿に酒を――」
「あ……っ! うっかりしてたよ! シエラ、大丈夫……!?」
「ん? 何も問題ないぞ、なにせわしは――」
吸血鬼じゃからな、と口にしかけて思いとどまる。
この国にいるだけでも様々な人種の者たちを目にするのだが、吸血鬼系種族の者というのは見たことがなかった。
それがどういった意味を表すのか定かではないが、吸血鬼という存在がもしこの国の重大なタブーだったりすると面倒なことになる。
そう判断したシエラは、ひとまず言葉を濁す。
「あー……特別じゃからな、身体の造りが」
「なんだいそりゃ……とりあえず果汁系のジュースもいくつか頼んでおいたから、シエラはそっちから選んでね」
「うーむ、おう……」
特に反論できず、仕方なくジュースの入ったピッチャーを選び、注いでいくシエラ。
それにしても、自身の身体はアルコールを認識してはいても、一向に酔う気配がない。
これは、シエラの種族が真祖系の吸血鬼種族《オリジン・オブ・デイライトウォーカー》であることが強く影響している。
こういった上位の種族は特定の攻撃に対して耐性を持っている場合が多く、最上位種族に属するシエラも例に漏れず物理、魔法、状態異常方面等に多数の耐性を獲得している。
その中でもアルコールを一瞬で分解してしまったのは状態異常耐性のうち、《酩酊耐性》である。シエラの場合はこの耐性のランクが《絶対》であり、魔法的な攻撃や物理的な摂取に限らず酔っぱらうという効果を完全に無効化してしまうのであった。
酒が飲めないのも困るが、酔えないのはもっと困る。解決策を探しておかねば……と心に決めるシエラであった。
「じゃあエディンバラが意識を保ってるうちに、分配やっとくぞ」
しばらくして、やはりというか、きっちりした性格のガレンが話を始める。
見ればガレンも結構な量を食べて飲んでしている気がするのだが、全く酔いが回っている様子はない。
「ダンジョンで出た素材類は現地で分配が終わっているからいいとして、国と組合からの依頼の報酬あたりの分配だな」
ダンジョンで拾得したアイテムについては出立前に相談が済んでいた。装備や道具といった換金できたり実用的なアイテムについては全て《黒鉄》へ、アイテムの作成に使える素材類は全てシエラへ、というある意味わかりやすい契約である。
金銭的に得をするわけではないシエラは本当にそれでいいのかと聞かれたのだが、シエラとしては各地の見たことがない素材類を収集することが目的だったので問題ないのであった。
「これなんだが……、っと」
ガレンが大きな皮袋をテーブルに置くと、中からじゃらりと金属が擦れる音が聞こえてくる。
口を開けてみれば、中身は全て金貨である。
《黒鉄》の周りにいた冒険者たちが思わず息を呑む。
「シエラ殿、分配は本当に四:一でいいのか?」
「ん? ああ、無論じゃ。むしろ大して役に立っていないのにもらいすぎてしまっている感すらあるんじゃが」
「いいや、イヴの武器の件といい探索中の各種道具提供といい、十二分にその資格はある。もらっておいてくれ」
そう言って、がさりと金貨を取り分けて小さな袋に入れ、差し出してくるガレン。
「うむ、ではいただこう。いやはや、こいつはなかなか大金じゃな」
シエラが金貨袋の重さに驚いていると、ガレンが笑う。
「これが我々の稼ぎ方ということだ。あの大渓谷だって、数日で速やかに踏破できるのは我々か《白の太刀》くらいのものだからな」
なるほど、と深く頷くシエラ。
確かに、ヤイリア大渓谷はあまりに広く、かつ魔物のランクや出現数もなかなかのものであった。
中堅どころの冒険者パーティは、あのダンジョンを通常は一ヶ月ほどかけて探索するらしい。
さらに言えば、探索するだけならばいいが、踏破するとなれば難度はさらに上昇する。それを確実に、迅速に成し遂げてしまうのは上位の冒険者ならではである。
「それにしてもこれはかなりの大金じゃな……蔵が立ちそうじゃ。いや……蔵というか家を買うのはありじゃな……!」
「確かにそのくらいあれば、大通り側でもなければ一軒家がちょうど買えそうだね。ぼくたちは装備の強化と消耗品の補充で結構減っちゃうからなあ」
「くくく、ギリアイルよ、そのあたりも是非ともツェーラ錬金術具店をご贔屓にな」
「そうだね、あのポーションの性能を知っちゃうと、いろいろ相談したくなるなあ」
などと話しつつ、その日の夜は更けていったのだった。
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