35.決



「ここは大昔の遺跡という話だったが、この奥の部屋は元々何に使われていたのだろうな」


 ボス部屋のさらに奥へと続く扉へと向かいながら、シエラがなんとなくつぶやく。

 この遺跡で見てきた綺麗な直線で作られた石材の部屋や通路は明らかに人工物であり、壁に刻まれた謎の古代文字がここは何らかの文明のある場所だったことを伝えてくる。

 

「いや……あまり詳しいことはわかっていないんだ。普段からわりと魔物の数が多くて、戦闘力を持たない研究者は危なくて入れないからな」

「まあ、それもそうだな」


 ゲラリオが答える。

 なるほど、たしかに異界ダンジョン化してしまっている以上、研究したくても一般人は入ることはできないだろう。

 ただ、道中聞いた話によればここからは強力な魔法の武具の類がよく出土するようで、兵士たちの砦か拠点だったのでは、とも言われているようである。

 

「まあ、危険なおかげで俺たちみたいな冒険者には飯の種にもなるわけだが……っと、ここか」


 薄暗い、狭い通路を抜けて、黒く錆びた扉の前に到着する。

 

「記憶が正しけりゃ、この部屋はデカい宝箱が安置してあるだけの、ちょっと広い部屋だったはずだが……、アケミ、アカリ、頼む」

「わかった」

「あいよ。せー……の!」


 返事をしたアカリとアケミは、観音開きの扉を同時に蹴り開ける。

 このあたりの息の合い方は流石双子姉妹といったところだろうか。

 

 そうして扉を開いた瞬間、すぐに異変に気付く。

 

「――くさ、い……!」


 部屋から、爆発的な腐臭が漂ってきたのである。

 

「ちっ、《風よ》!」


 顔をしかめたアースリが魔法で風を起こし、腐臭を遠ざける。

 しかしここは地下の密閉空間、奥に押し込んでもどこへも逃げていかないので、応急処置として自分たちの周りを気流で覆って後ろへ流すように操作する。

 

「やっとマシになったか……。こんな臭いはしなかったと思うんだが……」


 ゲラリオはそう言いつつ、部屋の中へ踏み込む。

 室内はかなり暗かったが、アースリが光球をいくつか浮遊させ、一時的な視界を確保する。

 

 まず、部屋の中央には大きな宝箱が置かれている。

 シエラとしては、宝箱というよりも高貴な身分のための大きな棺を連想する姿であった。

 腐臭も宝箱の中から漏れ出ているらしい。

 

 そして、宝箱よりも目を引くものが、宝箱の金属製の蓋に突き刺さっている。

 それは、禍々しい形状の長剣であった。

 

「なんじゃ、あれは……?」


 シエラの技能をもってしても、何の素材から作られているのかさっぱりわからない。

 刀身の根本には開いた目のような意匠が彫り込まれており、瞳にあたる部分には妖しく紫色に光る宝珠が埋まっていた。

 

「なにかはわからないが、俺たちも見た覚えがないということは、おそらくアレが原因のようだな。壊すぞ、アースリ」

「ああ」

「……何かわからないものを壊しても大丈夫かや?」

「……しかし、放っておくわけにもいかんだろう。まだ、迷宮内では仲間たちが戦っているんだ」

「……そうじゃな。わかった」


 シエラが頷いて下がると、ゲラリオが弓を引き、アースリが呪文を詠唱する。


「――今だッ」


 そして、鋼鉄の矢と炎の槍が同時に着弾。

 

 爆炎が晴れると――なんと、剣には何も変化がなかったのである。

 

「なんだと……?」

「任せろ、わしがやる!」


 《白の太刀》最大火力であるゲラリオとアースリの同時攻撃で壊れなかったならば、あとはシエラが大剣をぶつけてみるほかない。

 走り込み勢いをつけ、大上段から振り下ろす!

 

「――せやぁっ!!」


 その一撃は完璧に柄頭に振り下ろされ――その剣を真っ二つに割り砕いた!

 

「ぐ、なんじゃ、この硬さは……」


 その一撃を放ったシエラは、反動で両手がしびれて大剣を取り落としてしまった。

 あの剣は今までこの世界で見た最も硬い素材で、シエラにとっても予想外だったのである。

 割り砕いた長剣は、他の魔物と同じように、砕け散ったあと魔素へと還っていってしまった。

 

「大丈夫ですか、シエラさん!」


 アカリがかけよってくるのを、苦笑しながら手をひらひらと振って、問題ないと返す。

 

「それより、宝箱の中を頼む」

「はい! 開けましょう、アケミ」


 このパーティで最も筋力のあるアカリとアケミが重い金属の蓋を持ち上げ、脇に下ろす。

 シエラが剣を破壊した後は腐臭は収まっていたので、おそらく安全だろうと判断したのである。

 その中身は――

 

「……これ、リビングデッド……?」


 中に横たわっていたのは、胸にぽっかりと穴を開けて動かないリビングデッドであった。

 穴が空いているのは蓋越しに突き刺さっていた長剣が原因だろう。

 ただ、宝石のネックレスをしていたり、金の指輪や冠をしているところを見ると、高位の個体なのではないかという感じだ。

 全員でしばらく観察していると、指先からさらさらと魔素になっていき、一分も経たないうちに装飾品を残して消滅してしまった。

 

「……疑問は残るが、ひとまず終わり、といったところかや」

「……そうだな。といっても、遺跡内に新たにリビングデッドが湧き出ていないことを確認してからではあるが」


 そう話すシエラやゲラリオたちは、この遺跡に関しては全てが解決したということを直感で感じていた。

 先ほどまで空気に流れていたプレッシャーのような、いやな感じがすっかり晴れてしまったのである。

 

「ひとまず、宝箱の遺留物を回収して帰るとするか」


 ゲラリオがそうまとめて、一行は後片付けをして撤収したのであった。

 

 

 結局、シエラたちが感じたとおり、新たなリビングデッドは湧き出しておらず、加えてボスの亡霊騎士王を倒したことで新たな魔物は全く発生しなくなっていたのであった。

(この状態になったダンジョンは一週間から二週間かけて元通りになるのだという)

 

 無事に持ち場を守り抜いた《黒鉄》の面々や、他の冒険者たちと合流し、この事件は死者ゼロで幕を閉じたのであった。

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