34.反撃の狼煙
アルスラ遺跡では冒険者たちの反撃が始まっていた。
冒険者とリビングデッドとでは個々の実力の面でも連携の面でも冒険者のほうが圧倒的に優れており、その力量差はいくらリビングデッドが大軍であろうと覆るものではない。
地表に露出している遺跡上層では、順調に駆逐が進みつつあった。
しかし、遺跡下層へと続く入り口からは未だ絶えず魔物が湧き出している状態だ。入り口は広くないこともあって一度に大量に飛び出てくることはないが、冒険者たちが攻めあぐねているのも事実であった。
「しかし、やはりあそこから突入するしかこの事態を収拾する方法はないだろう」
「なるほど、あの入り口をどうにかする必要があるか……」
シエラは大量に持ってきた最下級治癒ポーションを渡して回る最中に、後方に下がって休んでいるゲラリオに話を聞いていた。
どう見ても原因は遺跡下層のダンジョン内部にあり、突入するほかに道はないだろうというのは、シエラも同じ考えであった。
「よし、わかった。わしに任せておけ。わしが突破口を開いたのち、《黒鉄》の者たちと突入する」
同じ場所で話を聞いていたガレンが頷く。
他の六人は同じ場所で仮眠を取っている。
治癒ポーションで負傷を治療はできても、長い時間戦ってきた精神的疲労と睡眠不足は解消できない。
最高戦力の彼らを、できる限り休ませようということで今は他の冒険者たちが頑張っているところなのであった。
「あの状態をどうにかする手段があるのか?」
ガレンのもっともな疑問に、ポーチから小瓶を取り出して見せる。
それは、上級火炎爆弾。規模を制限する代わりに、一定範囲内の殲滅力に重きを置いたシエラ謹製爆弾である。
「こいつがあればちょろいものよ。ただ、突入してからはおぬしらが頼りじゃ。屋内では危険なのであまり使えぬからな」
「その魔力量……いや、わかった。こいつらはあと二十分も寝かせれば大丈夫だ。そうすれば《白の太刀》も行けるだろう。俺たちのあとに冒険者たちも突入させれば、殲滅できるはずだ」
「じゃあ俺は前線の冒険者たちに伝えてくるぜ」
ゲラリオが駆けて、作戦を伝えに行く。
「さて……結局来てしまったからには、遺跡探索と行こうではないか」
シエラは篭手の上から指をぽきぽきと鳴らし、その時を待つのであった。
「……わかった。行く」
起こされたイヴが同意するのを皮切りに、《黒鉄》、《白の太刀》全員が同意する。
見た目の上では全員体力、魔力ともに全快しているが、疲労は確実に残っているはずだ。しかし彼らはそんな素振りも見せずに、装備を整え直したのであった。
そうして一行は遺跡下層入り口前の広場に到着する。
そこでは未だに冒険者たちが湧き出ているリビングデッドを処理し続けているところであった。
「時間だ、皆感謝する!」
ガレンが大声を上げる。
「三つ数えたら一斉に後退しろ! 三……、二……、一……」
《黒鉄》《白の太刀》が突入準備をし、シエラは爆弾を構え、投擲の準備。
「今だッ!!」
冒険者が跳んで下がるのを確認したシエラは、全力のオーバースローで爆弾を投擲。
直線で飛翔した爆弾はリビングデッドに溢れた迷宮下層入り口の隙間に入り込み――
「爆ぜい!」
瞬間、地面が揺れるほどの爆発が一帯を包み、上に開いた入り口からは巨大な爆発が起こる。
巻き上がって当たり一面に撒き散らされるのは、大量のリビングデッドがばらばらになった破片群である。
「突入――ッ!!」
こうして、後半戦は遺跡下層攻略戦へと移行したのであった。
「よし、この通路は片付いた、次は左だッ!」
それぞれのリーダーであるガレンとゲラリオの支持で、的確に通路のリビングデッドたちが処理されていく。
ほぼ万全の状態になった彼らは、シエラから見ても流石というほかなかった。
戦いを生業とする者たちの強さを、否が応にも納得させられる光景であった。
そんな一行は、リビングデッドを処理しつつ、ボス部屋へと向かっていた。
広いダンジョンではあるが、何かがあるならボス部屋の確率が高いだろうと単純に考えた結果である。
実際最奥へ向かうにつれてリビングデッドの強さと密度が徐々に上がっていっているので、その予測は間違いではなかったことを確信し始めていた。
「その奥が最奥だ、乗り込むぞ!」
ガレンの呼びかけに真っ先に答えたのはアカリ。
一瞬溜めると、槍と一体となってリビングデッドで満ちた通路を駆け貫いていく。
倒し残った分は、エディンバラやアケミといった前衛陣が潰していき、危なげなくボス部屋の前に到着したのであった。
ボス部屋の前には一際重厚な扉が備え付けられているが、隠しきれない邪気が漏れてきているのを感じる。
「行こうぜ、後ろから新しく湧いた奴らがこっちに向かってきてる」
ゲラリオの言葉に、頷くガレン。そして彼は盾を構えると――
「――行くぞォッ!!」
盾ごと扉に突っ込む。騎士クラスの基本技《シールドバッシュ》だが、特に筋力を鍛えている者が使えば、それは質量まかせの暴力となる。
その突撃は金属製の扉を容易く破壊し、彼もそのまま部屋の内部へ突っ込んで行く!
「負けておれんなあ!」
そう叫んだエディンバラも我先にと飛び込んでいき、残った前衛系職の者たちが続き、最後に後衛職の者たちとシエラが乗り込んでいく。
「まったく、もう少しフォーメーションというものをだなあ!」
シエラが我慢できずに声を上げるが、ボス部屋の中ではもう戦闘が始まっている。
以外にも部屋の中にはリビングデッドはおらず、部屋の中央に黒い鎧を纏った、大剣を持つ長身の騎士が待ち構えているだけであった。
その騎士は黒いオーラを立ち上らせながら、既にガレンと打ち合っている。
「……死靈を操る騎士、
イヴがつぶやいて、矢を射る。その射撃は正確に中央の騎士の兜に突き刺さるものの、騎士は気にした様子もなく前衛の者たちに漆黒の大剣を振るっている。
盾を持ったガレンとアケミが揃って一閃を受けるが、衝撃で二人の身体がかなり押し戻されてしまう。
「こんな強い親玉がいるなんて、聞いてねえ!」
ゲラリオも毒づきながら矢を放つ。
「あれが今回の事件の原因、かもな」
アースリが冷静に答えつつ、炎の槍を詠唱し投擲していく。
シエラは亡霊騎士王の姿に見覚えはなかったが、ゲーム時代には定番の魔物としてよく見た類のエネミーである。
このタイプはだいたいが『硬く、早く、強い』。属性によっては魔法による飛び道具を放ってくることもある。
と思い出していたところに、騎士から漆黒の矢が生成され、音速に迫ろうかという速度で飛翔してくる!
「っと!」
狙いはイヴとシエラだったので、シエラが剣を一振りして危険なコースのものを優先して叩き落とす。漏れたものが二人にかすり傷を負わせるが、深手にはなっていない。
「イヴ、後ろは任せた。わしも行ってくる!」
今現在前衛が攻めあぐねているのは、騎士の攻撃能力のせいもあるが、むしろ騎士の防御力のほうに起因している。
特殊な防御技能を発動しているのか、とにかく硬いのである。
ただ、ゲーム時代であればそういった能力は解除方法が存在する。例えば敵の装備している指輪だったり、部屋自体の仕掛けであったり。
この世界はゲームではなく現実なので、そう都合よく当てはまるとは限らないが、自ら前に出て確認してみる価値はある。
そう考えて、駆ける。
「失礼するぞ!」
途中で盾を構えた二人の後ろから跳躍して頭上を飛び越え――騎士の後ろに着地。
「――おや?」
すると、背中に怪しく光る魔道具が装備されているのが見える。
「せっ――!」
そこを目掛けて一閃。
自分ではなかなかのスイングだと思うのだが、技能を使っていない一撃はやはり速度が足りないらしく、寸前で掲げられた左腕に阻まれる。
しかし、その左腕にはしっかりとダメージを与えられたようで、深い傷を付けた肘から先の動きが鈍ったようだ。
シエラは戦闘が本職ではないわけだが、ゲーム時代のレア素材で作成した大剣の性能さまさまである。
「皆、背中の魔道具を狙ってくれ! 何かあるぞ……!」
「応……ッ!」
シエラはそう声をかけてから、今度は大上段からおおきく振りかぶって一閃。
左腕では抑えきれないと思ったか、騎士はこちらを向くと、大剣をかざして防御する。
ぎゃりっ、と嫌な金属音が響き、シエラの大剣が騎士の大剣の半ばまで斬り込まれるが、そこで噛み合ってしまい動きが止まる。
「これでよい。ぬし、背中がガラ空きじゃぞ」
シエラが笑いかけた瞬間。
騎士の背中に矢、斬撃、魔法が殺到し、何かが割れる音が響いた。
それと同時に、徐々に騎士がまとっていたオーラが薄れていく。
「今だっ!」
「もらったッ!!」
そこに、エディンバラの太刀が何度も叩き込まれ、アカリの純白の長槍が大穴を穿つ。
それらの攻撃はほとんど抵抗なく騎士鎧へ吸い込まれ、確実に致命傷を与えたと思われた。やはり背中のアレが何らかの防御的な魔道具だったようである。
騎士はシエラと打ち合った格好のまま、動作を停止した。
「……やったか……?」
誰がつぶやいたか、そのセリフに「それはフラグ……」と言いそうになったシエラだったが、なんとかこらえる。
しかし、騎士が再度動き出すことはなく、身体を爆散させ、魔素へと還っていったのであった。
「……終わったな……」
シエラがつぶやいて剣を下ろす。漆黒の大剣は魔素にならず残ったので、これがドロップアイテムということなのだろうか。
それにしてもシエラが中腹の半ばまで剣を通してぱっくりと割れかけているので、価値はかなり下がってしまったような気もするがいたしかたない。
「いや、まだみたいだぜ」
後方を観察していたゲラリオが声を上げる。
「……リビングデッドが、まだ湧いてきてる……」
イヴの指摘の通り、ボスを倒しはしたものの、部屋の外ではリビングデッドの発生は止まる気配がない。
「まだ、何かあるはずじゃ」
「っそうか、この奥にまだ部屋があったはず!」
「《黒鉄》で入ってくるリビングデッドを抑える、《白の太刀》とシエラ殿は奥の部屋を頼む!」
「わかった!」
ボスを倒して安心している場合ではまだなかったのだ。
ちゃんと事件を解決して帰ろう、そう気合を入れ直して一行はさらに奥へと向かった。
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