30.オープン
「よし、こんなものか」
シエラはインベントリから販売するものを取り出し、テーブルに並べていった。
販売するのは、最下級治癒ポーション(ミカン味)、最下級魔力ポーション(リンゴ味)、治癒バンテージの三種類。
傷を癒やす治癒ポーションと魔力不足を解消する魔力ポーションは錬金術具店の定番アイテムだ。
治癒バンテージとは何かというと、その名の通り傷や捻挫、骨折等といった負傷箇所に巻き付けておくと鎮痛効果と治癒効果を与えるもので、ゲーム時代にはなかったシエラのオリジナル魔道具である。
それだけだと治癒ポーションと効果が被っているのでは、と感じるかもしれないが、実際には治癒ポーションとは使用用途が異なる。
治癒バンテージは治癒ポーションと同様の魔法的作用で傷を癒やしているので併用しても効果は大きくならないが、バンテージという形状なので、特定の箇所に巻きつけることができる。
負傷箇所を固定したり、雑菌の侵入を防いだりと、ただ飲むだけの治癒ポーションとは違う使い方ができるはずである。
加えて治癒ポーションにはない鎮痛効果と冷却効果も微弱ながら持たせてあるので、湿布のように使うこともできる。
といったようにとりあえずは錬金術具店として最低限の品揃えでスタートだ。
評判や需要を見て、いろいろとアイテムを増やしていければいいかと考えた次第である。
設営中は朝食時間と昼食時間の隙間だったのでロビーに人は少なかったのだが、お昼時になるとちらほらと人が見えるようになってきた。
彼らは興味深そうな視線で販売カウンターのほうを見たり、ある者はヘラルドやシエラに尋ねたりしていた。
「これは?」
「今日から開店の錬金術具店じゃ。店を出す場所を探していたらヘラルドに許可を貰ってな」
「へえ、お、ポーションが二種類揃ってるのか。なに……飲みやすい果物味? へえ、じゃあちょっと試しに三本貰おうか」
「あいよ、まいどあり」
ふらりと立ち寄ってきた冒険者風の男からちょうどの額の銀貨を受け取り、三本の治癒ポーションを渡す。
「ああ、こいつは試飲用じゃ。ほれ、そこで見ているおぬしらもどうかな」
小さなカップに治癒ポーションを入れたものを周りの者達に渡す。
やはりこの宿に泊まっているのは冒険者が多いらしく、ほとんどの者はポーション自体の効果を見て確認したようで、素直にカップを受け取った。
「おっ、なるほどこいつはうまい」
「へえ、柑橘系なんだな……」
「ポーションがうまいとは思わなかった」
「この街の錬金術具店ときたら、どこ行っても『苦くて安くて効く』か『無味で高くて効果が微妙』しかなかったからな……」
「確かにちょっと割高だが、こいつはなかなかいいな。俺も三、いや五本くれ!」
試飲の効果はなかなか大きいようで、並べていた数十本の各種ポーションと治癒バンテージは昼過ぎにはなくなってしまった。
「おっと、今日はここまでか。冒険者諸君、使ってみて良いと思ったら仲間内にも教えてやってくれ」
シエラの言葉に、おうよと返事を返す冒険者たち。
なんというか、眷属たちに接していた影響で少し上から目線の言葉遣いをしてしまうことがあるシエラだが、どう見ても子供な外見から発せられるそれは特に嫌味な感じがしないのであった。
彼らが好意的な印象になる要因としては、シエラ自身がなかなか他に居ない美少女だということも小さくないようではあったが。
「なかなか好評だったじゃない、シエラちゃん」
シエラが結局食べそこねた昼食を食べるためカウンターの椅子によじのぼると、ヘラルドが微笑んで声をかけてくる。
出された昼食は珍しく麺類で、トマトソースのスパゲッティであった。うまい。
「そうじゃな、いやよかったよかった」
「やっぱり、こう冒険者の多い街だと錬金術師の需要は高いんだろうね。ギルドも置いてはあるけど、実際に実力のある錬金術師はひとにぎりだって聞くし」
「ふむ、こういった商売をしていない錬金術師は何をしているのだろうか……ああ、自分のための研究という道もあったか」
「そうだね。本当に鉄を金にしようと頑張ってる人たちとかさ」
シエラはなるほど、と頷く。
そもそもが錬金術というのは名前の通りクズ鉄を金にしようと目論んだところから始まっているわけで、本当に鉄を金にしようと研究している錬金術師がいても不思議ではない。(もちろんこの世界での錬金術のなりたちは別のところから生じているのかもしれないが、シエラには知る術はない)
ただ、現実世界の錬金術と違って、この世界での錬金術は魔法の一派として実用化された技術の一つである。
魔力や魔法がどのように働いているのか未知の部分も大きいわけで、鉄を金にすることが不可能とは限らない。
つまり原子や分子のスケール世界まで錬金術魔法が精密に作用すればいいわけだが……とシエラは考えだしそうになり、今は必要のないことだと思考を追い出す。
「なるほど、錬金術師もいろいろじゃよなあ……。それを言えば、冒険者というのもそれぞれなのではないか?」
「というと?」
「いや、全員が全員戦闘技術を持っているわけではなく、雑用をこなすいわゆる便利屋のような冒険者も結構いそうだよなあ、と思ったものでな」
「ああ、そうだね。それこそ下級の冒険者たちはいろんな場所から依頼される雑用をこなしている人たちも多いらしいね。でも、危険な依頼をこなす上級の冒険者ともなれば、やはり重要視されるのは戦闘能力、ということだね」
たしかに、街の外で魔物と出会うような世の中では、冒険者に必要とされるのは必然的に戦闘能力だろう。
国としては、雑事を回してくれるうえに、戦闘能力まで持っている冒険者に国に居着いてもらうことはきっと大事な政策なのだろうなあ、とぼんやり想像するシエラ。
「あ、そうだ、シエラちゃん」
「ん、何かや?」
「あの治癒バンテージってやつ、いくつか宿に売ってくれないかな。怪我とか関節痛とかに常備しとくと便利そうだからさ」
「ああ、なるほどな。たしか、端数としてインベントリに放ったままの在庫がまだ……おお、あったあった。ほれ」
とりあえず残っていた六つのロールをカウンターに置く。
「ああ、助かるよ。ええっと、お代はと……」
「それなら今の部屋を延長して相殺しておいてくれんか。しばらくはここにいるだろうし」
「了解、そういうことなら、もうちょっと追加で注文しておいてもいいかな」
「はいはい、まいどあり」
その後、ヘラルドからの追加の注文をメモにまとめ、シエラは買い出しに出かけたのであった。
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