31.黒鉄の面々
「……あ、シエラ」
次の日の朝。朝食を済ませてから商品を並べ、開店準備をしていたシエラに声がかかる。
インベントリから顔をあげると、声の主は冒険者パーティ《黒鉄》のイヴ。
昨日会ったときとは違い、しっかりとした黒い革の衣服を着て、背中には弓を背負っている。
昨日は聞き忘れていたのだが、イヴは《黒鉄》の遠距離物理攻撃担当らしい。
「おはよう、イヴ。今日は仕事かや?」
「……おはよう。そう、今日は仕事。遺跡の探索」
遺跡の探索というワードに、少し興味が湧く。
「ほう、遺跡か。ダンジョン化しているのかや」
その問いかけに、イヴが小さく頷く。相変わらず少し眠たげで、表情の読み取りにくい顔をしている。
「うん。ちょっと遠いから、三日がかり。……少し異常の兆候があるらしい」
イヴの話になるほどと思っていると、階段から人が降りてくるのが見える。
あの暑苦しい大男は、紛れもなくガレンである。その後ろには、エディンバラと、細めの体格の青年も見える。彼が話にあった治癒師のギリアイルだろうか。
「おや、シエラ殿」
「おお、それが例の錬金術具店か! 立派だな!」
相変わらず、ガレンとエディンバラの発声するタイミングは同時である。
「おぬしは初めて会うな。ギリアイル、でよかったかの」
シエラが後ろの青年に声を掛けると、青年は微笑を浮かべて頷く。
「ああ、ガレンたちから聞いてたんだね。そう、ぼくは治癒術士のギリアイル。話に聞いてるよ、シエラさん」
金髪を後ろで束ねたなかなか高身長のイケメンだ。
彼が細く見えていたのは、大柄すぎるガレンとエディンバラの後ろにいたからであって、こうして見ると至って標準体型である。
「それは話が早い。ということでお主も一杯試飲はどうかの。ああ、おぬしは魔力ポーションのほうがいいか」
そう言って、赤色のポーションをカップに入れて差し出すシエラ。
ギリアイルは事前に話を聞いていたのだろう、喜んでカップを受け取った。
「……へえ、これはいいね。リアガの甘さが効いてる。効果も申し分ない」
ゲームで言うところのマジックポイント、MPを回復する魔力ポーションはリンゴ味だ。この世界ではリアガと呼ばれている。
見た目と味が完全にリンゴなのでシエラはリンゴと認識しているが、驚くべきことにその果実は中まで真っ赤なのである。
そのおかげでポーションにも自然に色がつき、オレンジ色になった治癒ポーションとの区別は一目瞭然だ。
「うむ、そうじゃろ、そうじゃろ。そろそろ開店準備が終わるのでな、おぬしらもなにか買っていけ」
「是非そうさせてもらうよ、な、ガレン」
「ああ、これから三日がかりでダンジョン攻略だ。パーティの共同資金から買わせてもらおう」
そう言って、彼らは結局二種のポーションをそれぞれ三十本ずつと、バンテージも三十ロール購入した。
「まいどあり。しかしずいぶんな出費だと思うが大丈夫かや」
一本でも贅沢なランチ相当のものを、かなりの数買い込むのでシエラのほうが不安に思ってしまう。
ちなみに店側の在庫はといえば、昨日とは違いかなりの数を用意しているのでこの程度では種切れの心配はない。
「……それなりに、儲かってる」
「その通りだ。冒険者業はハイリスクだが、ハイリターンだ。今度のアルスラ遺跡だって、高位の遺物が出てくればこの程度屁でもないさ」
イヴとガレンがそう言うので、なるほどと納得する。
その自信に満ちた様はいかにも上位の冒険者パーティという様子である。《白の太刀》にもあった、強者のオーラを感じる。
「ふむ、ところでシエラ」
「なんじゃ、エディンバラ」
エディンバラは、着物のような衣服の上に巻いた小物入れにポーションを数本入れつつ考える。
「実際他のポーションと比べれば雲泥の差で美味いのは確かだが、冷やせんものかな。絶対に冷やしたほうが美味いと思うのだが」
その発想はなかった、と驚く。
「まあたしかに、そういわれれば。インベントリに入れても外気温程度になってしまうしな……、うむ、考えておこう」
「そいつは助かる」
実際に冒険に出る彼らならではの発想というのは非常に参考になる。
そこまでして美味しい状態のポーションを飲みたいのかという気もするが、一考の価値がある提案であった。
店に来た者たちにこうやって意見を聞いてみるのもいいかもしれないな、と思う。
「しかし遺跡ダンジョン探索かや、いいのう……」
シエラも根っからのMMORPGゲーマーなので、自分の知らないダンジョンの探索と聞くと興味が出てしまう。
「……シエラ、一緒に行く?」
「いや、ありがたいが遠慮しておくよ。店もあるしな」
イヴの表情からはその提案が本気か全くわからないが、ひとまず苦笑して断るシエラ。
そして少し雑談をした後、彼らは遺跡へと旅立っていった。
「なんというか、貫禄があるな……」
シエラの店には既に開店を待つ冒険者たちが数人待っていたのだが、彼らもまた憧憬や尊敬の眼差しで《黒鉄》の四人を見送っていた。
実際彼らが実力者というのは本当のようで、シエラがこの宿で食事をしているときにも度々話題を耳にするほどだ。
実力者にお得意様になってもらえれば個人的にも商売的にもいい影響があるだろう、とシエラは多少打算的に考えた。
「さて、待たせたな、諸君。ツェーラ錬金術具店、開店じゃ」
結局、シエラはそのまま昼食を食べそこね、客足が落ち着いたときには午後三時になっていた。
客が来るから休憩するとも言えず、優柔不断に営業を続けた結果がこれである。
「あー、腹が減った。今日は何か外で食べ……いや、閃いた」
気を抜いて背伸びをした瞬間、ふと脳裏にアイデアがよぎる。
それは今朝エディンバラに相談された、ポーションを冷やす道具についてであった。
いてもたってもいられなくなり、シエラは急いで自分の部屋に戻り、錬金台に向かう。
食事を抜いてまでモノづくりに没頭するのは、シエラの《エレビオニア》時代からの悪癖だった。
「材料は――いや、足りないか。試作品はひとまず天空城の素材でいいか。よし――リコール!」
そうしてシエラの研究は唐突に始まるのであった。
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