27.未体験ゾーン
「本当に助かるよ。不慣れなものでな」
「いいえ、シエラちゃんもお得意様だからね。そういえば、まだ何か聞きたいことがあったんだっけ?」
「おっと、忘れておった。わしはこのあたりの情勢に詳しくなくてな……噂話でもなんでもいいのだが、この国の雰囲気とか、周りの国のことを聞けるとありがたいのじゃが」
「そうか、なるほど……じゃあひとまず、この国の情勢から話そうか」
「それはありがたいな」
初歩的なところから教えてくれるようなので、非常にありがたい話である。
親切な人間と出会えたことに感謝しつつ、話を聞く。
「このエリド・ソルってのは、中央小国群の中では大きいほうなんだよね、ほら」
そう言ってヘラルドがカウンターの下から取り出したのは大陸地図だ。
見てみると、情報量の差はあれど、大枠としてはリサエラの持ち帰った地図と同じ雰囲気であった。
小国群に属する国の地図だからか、印象としては小国群の情報が多めである。
エリド・ソルは前情報の通り、小国群の中でも最東端に位置しており、その大きさは、他の小国の三から四倍ほどはある。
他の小国、エリド・ソル、オルジアクで並べると約一対四対三十といった雰囲気だろうか。
リサエラ所有のオルジアク製の地図ではもっと小さい雰囲気だったのだが、あれは主観の問題なのだろうか。自国以外のことは疎くなるということなのかもしれない。
どちらが正確なのかは判別がつかないので、どちらも意識にとどめておくことにする。
「なるほど、確かに。大国と比べてしまうからいけないのかもしれないが、なかなかな規模ではあるな」
「そういうこと。産業的には鉱物資源と穀物類、かなあ。冒険者の活躍で回ってるお金も結構大きいね」
「ほう、それほど重要な役どころなんじゃな、冒険者というのは」
「このあたりでは本当に盛んだね。うちの宿の宿泊客もほとんど冒険者だし」
「彼らは、国に所属している存在なのかや……?」
「いや、立場的にはフリーだね。仕事を探して移動する人種だけど、だいたいの人は居心地のいい国に居着いてしまうという話も聞いたことがある」
「まあ、そうだろうな。国それぞれの文化に慣れるのも大変じゃろうし、一箇所で名を売ったほうが効率的じゃろ」
シエラは、《エレビオニア》の頃に存在していた、特定の国でずっとクエストをこなしていると上昇していく名声ボーナスを思い出していた。
その国での知名度が上昇していくと、いい報酬のクエストが紹介されたり国の重鎮と謁見できるようになったりするというステータスであった。
「というわけで、国内の情勢はこんなところかな。内部はある程度上手く回ってるんだけどね……」
「……やはり、オルジアクか?」
「そうだね。国外との関係で語るべきは、軍事大国オルジアク、だね」
ヘラルドが、難しい顔をする。
「オルジアクの成り立ちって知ってる?」
「いや、知っているのは今の状態だけじゃな」
「そうか……。オルジアクってのは最初からこの大きさだったわけじゃない。地図のオルジアクは、薄い線で細かく分けてあるのが見えるだろう?」
その言葉に頷くシエラ。
オルジアクの国土は広大だが、その中には薄い線がいくつも引かれている。
なんというか、アメリカに対する各州のような見え方である。
「それらが、オルジアクの行政区分だ。それぞれxx区、というふうに呼ばれているが……それらは全て、オルジアクに吸収される以前は独立した国だったんだ」
「あー……なるほど……」
シエラが想像したとおりであった。
軍事大国と呼ばれる由来も由来ながら、国力も凄まじいことになっているだろうという雰囲気である。
「それもここ百年弱のことだそうだ。僕が生まれた頃はまだここまで広くはなかったんだけどね……」
「ある知り合いから、オルジアクが戦争の準備をしているらしいと聞いたのだが……次の目標はここなのかのう」
「どうかな……エリド・ソルの王様もわりと好戦的らしいからね……戦争になるのかもなあ」
ため息をつくヘラルドに、シエラも自然とため息が出てしまった。
「僕はずっと
なるほどなあ、と頷くシエラ。
この世界には来たばかりだというのに、なんともきな臭い状況である。
さて、シエラとしてはどう立ち回ったものか。今すぐ戦争に突入するというわけでもなさそうだし、ひとまず様子を見る感じでもいいだろうか……。
「そんなところかな。まああやしい雰囲気ではあるけど、エリド・ソルはわりと過ごしやすい国ではあると思うよ」
「うむ、助かった。一宿一飯の恩もあることだし、多少は力になれるとよいがな……」
「もし商売が上手く行けば、直々に国から応援要請が来るかもしれないね」
「それもそれで、どうなのだろうな……」
生まれてこのかた、日本という国で戦争を経験せずに生きてきた身としては、好戦的らしい王様の味方をしたいかというとまた複雑な気分である。
平和に事が収まるのならそれに越したことはない、とも思う。
ヘラルドと話したあと、シエラはある店を探して外の通りを歩いていた。
欲しい情報はヘラルドから十分得られたので、残っているタスクは一つ。
「……入っても、いいのだよな」
目的の店はすぐに見つかった。
大通りに面した、少し高級めな女性衣服販売店である。
当然だが、シエラには女性しか入れない店に入ったことはない。全く問題ないとわかっていても緊張してしまう。
ええいままよ、と気合をいれ、ドアに手をかけた。
「いらっしゃいませ」
ドアのベルがカランと鳴ると同時に、女性の店員がお辞儀をしてシエラを迎えていた。
スーツというわけでもないが、上品な衣装に身を包んだ美人な女性だ。隙のない、という印象がぴったりである。
「う、うむ」
軽く返しつつ、不審に見えないように堂々と入り、女性用下着のコーナーに向かう。
ちなみに、店員は彼女を見て微笑ましい気持ちにこそなれど、一欠片も不審には思っていなかったのではあるが。
「……値段はまあ想定内か。しかし、なんだこの種類の豊富さは……」
シエラが小さくつぶやく。シエラの他には数人の客が店内にいるだけなので、不審な動きをすれば目立ってしまうのではと考えるあまり身体が固まっている。
それにしても、下着一つとってもどれだけ種類があるのだ、という様子である。
膨大な下着を並べた棚を前にシエラが首をひねっていると、先ほどの店員が近付いてくる。
「下着をお探しですか?」
「ん!? あ、うむ」
完全に意識の外から声をかけられたので、声が裏返りそうになりながら答える。
「どんな種類でもご用意できますよ。何かご要望はございますか?」
「ん、あぁ、そうだな……見た目よりも、シンプルなものがいいかな。着心地がよければ、なおいいが」
「かしこまりました。お客様のお身体ですと……このあたりなどいかがでしょうか」
その店員は長年の経験で磨かれた身体測定スキルでシエラの体型を服の上から看破すると、要望に合った下着のセットを棚から選び出す。
(実はこの技能は異能に一歩踏み込んだ特殊技能であり、彼女は他の者が持たないユニークなジョブに就くほどの実力者である)
その下着の上下は要望の通りデザイン的な装飾の一切を廃した、シンプルな白い下着であった。
シエラが手にとってみると、確かにその手触りは極上である。
上半身はホックなどの仕組みのない、スポーツブラのような構造だ。ホックがあるような下着の付け方は全くわからなかったのでこれは助かる。
ただし作りはいいのか、子供っぽさは感じない上品な雰囲気である。
「よし、これをもらおう。そうだな……四セットもらえるかの」
「かしこまりました。ご購入ありがとうございます」
そして(表面上は)何事もなく下着を購入して店を出たシエラだったが、店を出る頃には背中にじっとりと汗を感じていたのであった。
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