28.れんきん


 無事に下着の替えを入手したシエラは、一通りの用事を済ませて部屋に帰ってきていた。

 その用事というのは、鍛冶組合と錬金術ギルドへ立ち寄ることと、素材類の買い出しをすることであった。

 

 シエラの求めていたとおり、鍛冶組合には隣接して大きな貸し作業場があった。

 今までシエラは何かを作るときに天空城へ帰還して作業していたわけだが、ずっとそうしていたのでは、周囲に不審がられることが予想できた。

 なので、互助会に貸しスペースがあればありがたいと思ったのであった。

 

「これで大手を振って鍛冶仕事もできるというものだ」


 ちなみに、錬金術ギルドには共用の貸しスペースのようなところは用意されていなかった。

 所員に聞いてみたところ、錬金術はそれぞれの技法を秘伝にしている者が多いため、需要がないそうである。

 鍛冶師にもそういう傾向がないわけではないのだが、駆け出しの者や独立したての者は炉の確保も難しい状態なので仕方がないという背景があるそうだ。

 ただ、錬金術自体はシエラの部屋にも設置できるようなサイズの錬金台が出回っているため、不自由はない。

 

「さて、とりあえずできることからやっていくとするか」


 売り場の設営については宿屋のスタッフが今日中にこしらえてくれるそうなので、設営はありがたくそちらに任せてシエラは売り物の準備をしていくことにした。

 作るものの目標値は、『このあたりの常識を超えない程度の性能で、かつ便利なものを』である。

 買い出しの際にくだんの『安くてよく効くがとても苦い』ポーションを売る錬金術具店もこっそり観察してきたので、性能の基準値はおおよそ把握できたはずだ。

 要は、性能で異端になるのではなく、今までにない便利さ、かゆいところに手が届く程度の利便性を提供するのが目標である。

 

 早速作業を始めるシエラ。最初は錬金術の基本、最下級治癒ポーションである。

 羊皮紙に錬金術魔法の魔法陣を刻み、その上に置いた錬金鍋に材料を入れてすりつぶしつつ、シエラは考える。

 

「しかし、錬金術具というのはかなり高額なんじゃなあ。需要に対する供給の問題なのだろうか」


 二、三件ほど錬金術具店を巡った感想は、「この街の錬金術具は非常に高額である」であった。

 シエラが今錬金している最低級の治癒ポーション一本でさえ、豪華なランチが食べられそうな値段であった。

 そこから更に使い捨ての魔道具、くり返し使える魔道具と値段の桁が跳ね上がっていくのだ。

 冒険者の報酬がどんなものなのかシエラは知らないのだが、これで経済が回っているのだからすごい話である。

 

 シエラがすりつぶして混ぜたのは一種類の薬草と砂糖、それにミカンの果肉である。

 果物は正確にはミカンではないはずなのだが、見た目はほぼほぼミカンであるし、八百屋の商品名は読めないのでミカンとしておくしかない。

 砂糖にしてもそもそも原材料があちらと違うらしく、色や質感が異なり赤みを帯びているものの、味は普通に砂糖である。

 薬草はこの付近で採取されるものだ。元来治癒の魔力を帯びており、そのまま傷に擦り込んでも治癒効果が見込める薬草である。

 

 それらをすりつぶしつつ、シエラは《異物排出》《高位置換》の錬金魔法を詠唱する。

 前者は材料から不要な物質を取り出し、排出する魔法。

 後者は純度の上がった材料からさらに有用な成分を抽出し高位の成分に置き換えていくことで、最終的な仕上がりを高める魔法。

 効果の高い錬金術具を作るには欠かせない基本魔法であると同時に、鍛冶仕事にも便利な魔法である。

 このあたりが、錬金術師系職業と鍛冶師系職業の相性がいいと言われている所以である。

(両方を取得していない場合は、片方ずつの技能を持つ二人がかりで作業をする姿も珍しくなかった)

 

「そしてこれらを、基本錬金溶液で溶かす……と」


 これは、魔力の塊である魔石に液状化の魔法をかけ、液体にしたものだ。

 この液体には魔力を帯びた物質を溶かす効果があり、これで材料を液体に精製するのである。

 治癒ポーションだけでなく、各種ポーションにはこの液体を使う。基本錬金溶液の他にも、魔力密度の高い高級錬金溶液なども存在する。

 他の材料が安価に手に入るのに対して、錬金溶液はなかなかに高価だった。

 作れるのが錬金術師しかいないことと、使うのも錬金術師しかいないことが大きな要因と言える。

 

「……ん? あっそうか、自分で作ればよかったのか……!」


 ゲーム時代の記憶とこの世界で植え付けられた知識を元に材料を揃えたため、単純なことにも気付いていなかったのだ。

 《エレビオニア》時代には錬金溶液はNPCがいくらでも売ってくれる材料だったので、自分で作るという発想がなかったのである。

 

(まったく、経験に由来しない知識というのはやはり慣れないものだな。自らの経験が追いついてくれば、真に技能が自分のものだと言えるようになるのかもしれないが……)


 本来であれば、「技能を持っているからできる」のではなく、「できることが技能」であるのが自然なはずだ。

 この世界はゲームではないのだから、これからは自身のできることと向き合い、本当に身につけていく作業が必要になってくるだろう。

 

「……ともあれ、完成か」


 出来上がった液体を、錬金鍋から透明な平底の試験管に移し替えれば、完成である。

 仄かにオレンジ色の、透き通った液体だ。

 

「やはり多めに混ぜたミカンに色が寄ったかな。……しかし、あの店のポーションは何を使えばあんな色合いになるのだろうか……」


 例のポーションは青と黄の絡み合うような不可思議なものであった。

 一度買って詳しく解析すれば材料もわかりそうではあるが、とりあえず身体に害はなかったので気にしなかったことにする。

 (錬金術技能でわかるのは完成品の効果だけである。またこの感覚は戦闘系技能を鍛えることでも磨かれていくので、冒険者たちは自分たちの買うポーションの効果を確認できるのである)

 

「まあよそはよそ、うちはうち、と。……一応試飲しておくか」


 今はダメージは負っていないが、一度飲めばその効果が実際に発揮されているかどうかは感覚で把握することができる。あと、味が思ったとおりになっているかどうかの確認も兼ねてである。

 そうつぶやいて、数本できたうちの一本の栓を抜き、ぐいっと一息に呷る。

 

「……んん? 近いが、なにか違う……薬草の、草味が混ざって妙な感じだ……」


 シエラは首をひねる。

 味を付けようと思い単純にミカンと砂糖を混ぜてみたのだが、結果は思ったとおりにはならなかった。

 決して吐き気を催すようなものではないのだが、のどごしや後味がなんとなく草っぽいのである。

 

「ふむ、薬草の配合を変えるか――新しい果実を加えてみるのもありか? なるほど、これが実践ということか……!」


 ただ指定されたレシピに従うだけではない、自分だけの技法。

 その一端を掴んだような気がして、次は何を試そうかとシエラは一人笑みを浮かべるのであった。

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