15.けんぞくたち



 天空城《アルカンシェル》の地下には大きな工房が存在する。

 なぜ地下なのかというと、炉に使う熱を地下深くから取っているためである。

 その熱の元は、この天空城を天空城たらしめている巨大な遺産級浮遊核、《世界の心臓》の余剰エネルギーである。

 決して絶えることのない膨大なエネルギーによって、炉から火が絶えることはない。

 

 まあつまり有り体に言えば、この工房は常にかなり暑いのだ。

 

 これは長引かせるわけにはいかない、と思いつつ階段を降り扉を開けると、ぶわっと熱が吹き込んでくる。

 今まで下り階段で感じていた熱は、《世界の心臓》の余剰エネルギーの、さらに閉じた扉から漏れた熱量に過ぎなかったということだ。

 

「あっつ……現実になるとこんなに悲惨とは……まあやるしかないが……」


 眉間を揉んでいると、横からタオルと水筒が差し出される。

 

「ん、ああご苦労……って誰!?」


 自然に受け取ってしまってから、びくりと跳ねる。

 そこには、深々と頭を下げる人物の姿があった。

 その姿には見覚えがある。

 

「あー……眷属NPCか。そういえばおったのだな……」


「お待ちしておりました、シエラ様。眷属序列第二位、地下工房管理担当、エルムでございます。……いかがなさいましたか?」


 その見た目は、だいたい20過ぎの若い女性。

 整った容姿に、ポニーテールにまとめた長い金髪が特徴的だ。――ただ、ことさらに特徴的なのは、背中に生えた怪しい光沢の赤黒い羽である。

 この女性は、シエラの眷属。

 つまり、この天空城《アルカンシェル》に配属されたNPCである。

 ゲーム《エレビオニア・オンライン》的には、課金によって拠点に配備できるお手伝いNPC的な要素だったのだが……現実になってしまった今、どういった扱いになっているのだろうか。

 そもそもシエラに対する忠誠心はあるのだろうか……?

 

「ん、あー……そうじゃな。ちょっと鍛冶仕事の前に確認するかの。今から眷属を第一会議室に集めてくれぬか。管理職の者のみでよい」

「かしこまりました、シエラ様。皆を集めて参りますので、3分ほどお待ち下さいませ」


 彼女は優雅に腰を折った後、メイド服のスカートをつまんで駆け足で階段を登っていった。

 

「ふむ、しかしやはり会話できるようになっておったか……」


 ギルドシェル拠点の管理NPCといえば、予め定められた命令に従うのみのモブのような存在だったはずなのだが、シエラが思ったとおり、知能を持った存在になっているようであった。

 

 中層にある会議室に向けてゆっくりと歩きつつ、シエラは考える。

 この天空城に配置したNPCは合計で100人を優に超える。先ほどの工房担当NPCのようにシエラ自身が課金をしてキャラメイクしたものがほとんどだが、2から3割ほどは他のシェルメンバーが作成したものだ。

 シエラが作成したNPCは全て吸血鬼系種族の女性で、金髪の髪型違いといった風貌であるが、他のメンバー製のNPCはかなり種類豊富だったはずである。

 敵対的なNPCがいないといいが……と多少不安になりつつ、歩を進めた。

 

 シエラが会議室に入ると、そこには5人の人間が待機していた。

 椅子や机は全て脇に片付けられ、広くなった部屋に全ての者が片膝をついている様は、まるで王への謁見を待つ臣下たちのようだ。

 シエラはその光景に圧倒され、自分がここに入っていってもいいのだろうか、と考えてしまう。

 無論、ここに彼らを呼んだのは自分なのだから、自分が入っていかないと何も始まらないのだが。

 

「ご、ご苦労じゃったな。皆、面を上げよ。楽にせい」


 シエラがそう声をかけながら部屋に入り、前面に備え付けられた壇上に登る。

 壇上中央に立ったタイミングで、眷属たちがすっと顔を上げる。

 

「序列第一位、天空城管理総括、エルマ」

 

 ストレートに下ろした金の髪が特徴のエルマ。

 エルマは他全ての眷属NPCを管理する(という設定の)NPCだ。

 ゲーム的には、彼女の持つメニューを操作することで、城全体の管理を行えるという役割のNPCであった。


「序列第二位、地下工房管理担当、エルム」


 エルマと瓜二つの容姿に、ポニーテールの髪型。彼女はエルマの双子の妹という設定だ。

 かなり広大な地下工房の管理を統括する役割のNPCで、施設の管理・修繕等を担当している。


「序列第三位、資材管理担当、エスト」


 ショートの髪の似合う少女がエスト。

 ゲーム時代は倉庫に配置することで素材の自動整理や取り出し機能を利用できた。

 現実になった今も、倉庫の管理を続けているようだ。


「序列第四位、天空城防衛装置管理担当、ゼン」

 

 黒のスーツをきっちりと着込んだ仮面の紳士。

 彼はシエラの作成したNPCではなく、中国拳法狂戦士ハナビの作成したNPCだ。

 天空城《アルカンシェル》は同名ギルドシェルの本拠地でもあり、結構な頻度で他ギルドシェルの攻撃対象になる場所であった。

 そのためこの城には多数の防衛装置が配置されており、天空城を覆うバリアや、無数に設置された魔術砲台や魔術ガトリング等がある。

 それらを使用するNPCを統括するのが、ゼンであった。


「序列第五位、天空城防衛部隊隊長、エビテン」


 最後に名乗るのが、黒い鎧を着込み、剃り上げた頭をきらりと光らせる騎士。

 彼はサムライマスターチクワの作成したNPC。

 この鎧は脱ぐことができない身体の一部という特殊な種族、黒鉄騎士《ブラック・クリーバー》という種族のNPCだ。

 彼はこの天空城に配置された戦闘用NPCを管理する隊長格のNPCで、単純な戦闘能力では中途半端なプレイヤーキャラクターを凌ぐほどだ。


 全員が名乗りを上げてから、もう一度エルマが頭を下げる。


「天空城《アルカンシェル》眷属のうち、序列第一から第五位、参上いたしました。――シエラ様、なんなりとご命令を」

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