9.かくもじゆうなものども


「なんで…………なんでそう、貴様ら――――!!!!」


 広く豪華な白亜の部屋に、シエラの叫びがむなしくこだました。

 

「いや、それはないじゃろお前ら、不安に思うはずーとかなんとか予想していたわしが馬鹿なのか!?」


 おそらく彼らはシエラより早くリコールの存在に気付き、天空城に帰ってきたのちにすぐ出発してしまったのだろう。

 どうして文面があそこまで活き活きしているのか本当に不思議で仕方がないのだが、誰か説明してくれないだろうか。

 そう思っても、この部屋にはシエラしか残されていなかったのだが。

 ……今のところ、オンライン表示で所在が不明なのはリサエラのみとなったわけだが、彼女もまた彼らと同類なので、まあ大丈夫だろう……。

 

「あー……心配して損したわ。……まあ、満喫しているならそれでいいか。いずれ城で会えるじゃろ。……というかなんであいつらは行き先も書かずに出ていったんじゃ……!?」


 一旦落ち着いたシエラは彼らの暴挙に再度瞬間沸騰しそうになるが、怒っても仕方がないと悟って天を仰ぐ。

 シエラが自らデザインし、錬金術と鍛冶技術をフル活用して作成したステンドグラスが夕焼けを拡散して柔らかな光を円卓の間に届けていた。

 

 

 シエラはひとまず友人たちのことは棚上げして、自分のことを処理することに決めた。

 結局彼らに集団行動はとことん似合わないのだ。修学旅行で真っ先に班から抜け出し、行方不明になるタイプである。

 

 まずは濡れた服をどうにかしようと思い、自室のクローゼットを開く。

 用途別に性能を重視したものから外見が好みで収集したものまで、壁の一面を埋めるシエラのクローゼットには様々な衣服が収められている。

 とりあえず適当にお気に入りの服を取り出そうとして、止まる。

 シエラは現在頭から足先までずぶ濡れで自室の絨毯に小さな染みを作り続けている状態なのだが、つまり下着まで完全に濡れてしまっている。

 だが、当たり前といえば当たり前なのだが《エレビオニア・オンライン》に下着装備の概念は存在しない。

 今着けているシンプルな白い下着は、キャラクターが元からベースのグラフィックとして所持しているものである。


 ……つまり、下着の替えがない。

 

「下着の代わり……代わり……、……これ、か……?」


 クローゼットの一角から出てきたのは、紺色の厚みのある衣服。

 スクール水着、と一般(という名の、ある趣向の者たち)に浸透している水着だ。しかも旧スクと呼ばれているタイプの。

 これは確か、大手の生産系ギルドが主催していた夏祭りで、偶然引いたくじで貰った景品だったはずだ。

 アクセサリー枠を使用して装備するため、上に通常の服や鎧を着用できるというのがセールスポイントだった、ような気がする。

 ただ、これもシエラの剣と同じで装備種別の変更にほとんど付与強度を使い果たしており、素材分の防御力が底上げされる以外にメリットのないネタ装備である。

 

「……まあ、背に腹は替えられまい。あとは、上下は――これとこれがいいか。……風呂に行くか……」


 この城には無論風呂が備わっている。それも、プレイヤー用に趣向の違う数種類がそれぞれ別の階層に用意されているほか、城で働くNPC用(という設定の)大人数が入れる風呂も整備されており、謎のこだわりを感じさせる。

 ゲーム時代は若干のリジェネ効果を付与する程度のフレーバー的な設備だったが、今は風呂好きのシェルメンバーがいてよかったと思うばかりである。

 

 脱衣所に入り、何も考えずに服を脱ぎ――大きな姿見の前で固まった。

 倫理規定やら風営法やらの影響で、《エレビオニア・オンライン》のキャラクターは下着までしか服を脱ぐことができない。

 未成年もアクセスできるゲームなのだから当然の措置なのだが、現実と化してしまった今そんな縛りは存在せず、シエラは一糸まとわぬ姿になった。

 

 なめらかな、ハリのある白い肌。

 肉付きの薄い、しかしメリハリの効いた身体のライン。

 発達途上な双丘の頂点は桃色に染まり、存在を主張し――

 

「……はン、さすがは我が肉体、キャラメイクは完璧じゃな」


 なぜか恥じらうという気持ちは湧いてこず、むしろ細部まで完全に自分好みの造形になっていることに満足し、姿見の前で満足げな笑みを浮かべるのであった。

 

 

 その風呂は、広かった。

 

 あるじたるシエラとて城の設備を全て記憶しているわけではない。よく使っていたのは城のコントロールルームを兼ねる玉座の間や駄弁り場の円卓の間、そして仲間内の倉庫になっていた大倉庫区画程度のものである。

 よって、そこにあることは知っていても、内装まで覚えていない場所というのが多数存在するのだ。

 この普段使われない風呂という施設もそのひとつであった。

 

 身体を洗うコーナーから通常の風呂、ジャグジー水風呂足湯露天風呂と並び果てはウォータースライダーや噴水まで備わっている。

 風呂とプールを混同しているとしか思えない内容である。

 

「……なんだこれは」


 シエラは正直呆れつつも、充実しているぶんには使用に問題はないので誰の仕業か考えるのは放棄し、タオルと桶を持って入っていったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る