7.リコール
ドキリとした予感に突き動かされて、メニューを開きキャラクタータブを開く。
確認するのは、そのメニュー内メニューの一つ、『スキル』の項目だ。
ここには、自身の使用できる技能や魔法が並んでいる。
鍛冶技能や錬金術魔法の並ぶリストをスクロールする中に――その魔法はあった。
《リコール》である。
リコール――呼び戻し、帰還の呪文。
プレイヤーの操る全てのキャラクターが初期状態で使える召喚呪文。
効果は、非戦闘状態に限り、1分弱の詠唱の後、登録したホームポイントに転移するというもの。
時空魔法師が使う戦闘用の超短距離転移を除けば、プレイヤーキャラクターが使用できる――サービス終了までに発見された中では――唯一の転移魔法である。
登録できるホームポイントは3つ。デフォルト状態では1つだが、シエラは課金によって最大の3枠まで枠を拡張していた。(圧倒的に便利なので、ある程度遊んでいたプレイヤーはだいたい最大まで課金していた)
この世界が現実だと認識しているシエラは、魔法などという全く現実味のないもののことを完全に失念していた。
しかし、この魔法が使えるなら……シエラは天空城に帰れるかもしれない。
「……やってみるかの」
(……でも、魔法ってどうやって使うんじゃろ)
ゲームだった頃には視界の端に常にスキルスロットが鎮座しており、並んでいるアイコンを指で叩くか、一定の形式でスキル名を宣言することで使用できた。
スキルスロットはなくなってしまっているし、取れる方法といえば――
「音声入力は、確か……えーと、コマンド、スペル:リコール! ……だめか」
プレイヤーからも不人気で流行らなかった音声入力コマンドを発声してみたが、なにか起きる気配はない。
(なぜ流行らなかったのかといえば、単純にアイコンを選択するほうが早かったからだ。両手がふさがっていてもスキルを使えたり、スキルスロットにアイコンをいくつも並べる必要がなかったりと利点はあるので、愛用者は少数ながら存在していた)
うーんと首をひねって考えるシエラだが、ふと身体に違和感を覚える。
意識を集中すると、血液とは別に、何かが身体を流れている感覚がある。
……これは、まさか。
「……魔力、というやつか……?」
両手に意識を向けると、ぼんやりと青白い粒子が浮かんでいるのが見える。はっきりした光でもなく熱も感じない、まるでこの世のものとは思えない不思議な光である。
「――なるほど、感覚が馴染んできた。ああ、ここは本当に異世界らしいなあ……」
しばらく魔力の通う感覚を感じていると、流れや流量を自分でコントロールすることができるようになってきた。
普通の人間は歩くときに使う筋肉一つ一つのことを意識しない。だが、アスリートはそれぞれの筋肉の役割を理解し、意識することでその機能を万全に発揮する。
シエラが今感じているのも、そういった感覚だ。
新しく得たものを、自分の能力の一部だと理解し、その使い方を把握する。
気付けば、集中しているようなぼんやりしているような感覚のまま数十分が経過していた。
「……この魔力は私のもの、魔法とはつまりこの魔力で現実に奇跡を起こす力……ふむ、なるほど」
身体に流れる魔力を活性化し、意識を自身の内側に向ける。
「――――、《リコール》」
それはつぶやくような小さな声だったが、効果はすぐに現れた。
青白い非現実的な光で足元に複雑な紋様の魔法陣が刻まれていく。
シエラが記憶しているゲーム時代の魔法陣とは模様が違うような気がするが、ひとまずその疑念は頭の隅へ追いやる。
というか、初めての魔法の発動の衝撃でそんなことを考えている余裕もなかったのだが。
記憶が正しければ、シエラの登録していたホームポイントは、天空城《アルカンシェル》、経済の要所アルシャーディア、交通の要所ガリアリだったはずだ。
実際に、魔法の効果でその通りの選択肢が3つ、脳内に現れるのがわかる。
そのまま強く念じて名前を告げれば、発動する――はずなのだが。
「アルシャーディアとガリアリから魔力の繋がりを全く感じない……」
数刻前のシエラであれば魔力の繋がりと言われても全く想像できなかったわけだが、魔力の感覚を掴んだシエラとしては、魔力の繋がりとしか言えないような感覚だ。
距離に関係なく、魔力がその場所と線を結んでいるような感覚。
……今、天空城《アルカンシェル》と感じているこの感覚。
「……あれ、ということはつまり――飛べる!?」
もはや繋がりを感じないゲーム時代の都市二つには何も関心を持っていなかった。
大事なのは、アルカンシェルとの繋がりを感じるということである。
「……よし。転移、アルか――いや、ちょっとまて。……転移先登録:アイゼルコミット……ガリアリに上書き、と。……問題なさそうじゃな」
天空城に転移したあとで、こちらに戻ってこられなくなるとそれはそれで困る、とシエラは考えた。
一日歩き回ってシエラはこの街の雰囲気を気に入っていたし、この街を異世界旅行の足がかりにしようと思ったのだ。
実際、もはや転移できなくなった地名を残しておくよりよほど有益である。
(……この街のこと、この世界のこと、友人たちのこと――調べなければならないことは山ほどある)
(だが、それら全て、まずは城に帰ってから――じゃな)
「――行くとするか。……転移、《アルカンシェル》!」
魔法陣が一際強く光ったのち――魔法の残滓を残して、シエラの姿はかき消えた。
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