6.やど


 衛兵マーカスと別れたシエラはぶらぶらと観光をしながら宿を探す。

 さすがに王都というだけあって大通りを歩けば結構な頻度で宿は見かけるのだが、全体的な相場がどの程度のものか物価や宿泊費等を調べて回っているのであった。


 それにしても、異世界だというのに言葉が通じるのには助かった。

 話し言葉は完全に日本語で、たまに固有名詞や慣用句が理解されないことはあるのだが、コミュニケーションに不都合は生じない。

 なぜ日本語なのか。何者かの意図が介在しているのか……それはシエラには検討つかないことなので、一旦考えないことにしたのであった。

 

 しかし、逆に文字は全くわからなかった。

 店のメニューや看板等に全くもって未知の文字列が並んでいるのを見ると、シエラは意識が遠くなるのを禁じ得なかった。

 音声言語が日本語である以上、おそらくは話し言葉に対応した文字列が並んでいるのだろう。

 店員とのコミュニケーションは取れるのだから、ひとまずは会話で用を済ませようと問題を棚上げにするしかない。


「……この国に来て間もないという設定なのだから、文字が読めなくても仕方なかろう。うむ、それだ」


 いい香りの焼き菓子を売っている露天で店主おすすめのクッキーと黒茶のセットを買いつつ、シエラはひとりごちた。

 それに、これまでの調査で、数字の読み方はだいたい習得した。

 10進数というのは偉大なもので、未知の数字であっても同じ法則に当てはまっているものを頭の中で置換できるようになるまで大して時間はかからなかった。

 

「ふむ、今日はこの宿に泊まるとするか」


 一通り通りを観察してシエラが入ったのは、《マウンテンハイク》という宿であった。

 比較的小さな建物で、一回が受付兼食堂といった雰囲気のこの街では一般的な造りの宿だ。

 シエラが選んだ理由は、値段が平均的なことと、食事がおいしいという評判を聞いたためである。

 

「やあ、いらっしゃい」


 そう言ってシエラを迎えたのは長い髪を後ろでまとめた、浅黒い肌の青年だった。

 なんともエキゾチックな雰囲気だ(この街で見かけたのはほとんどが黒から茶髪の黄色人種であった)と感じつつ、シエラは青年の前に向かう。

 

「一泊、夕食朝食付きで頼む」


 自称1000と14歳のシエラはかなり小柄な部類だが、それを考慮しても青年はかなり高身長であった。2メートル近い身長の青年を見上げながら、シエラが料金表に載っていた金額をカウンターに置く。

 

「まいどあり、えーっと部屋は……3階の一人部屋が空いてるね。夕食はもう食べる?」


 硬貨を素早く数えた青年がルームキーをシエラに渡しつつ、尋ねる。

 壁に置かれた大きな時計は午後6時過ぎを指していた。

 (この世界の時間がもとの世界と同じように進んでいることは、シエラはメニューに表示された時計との一致によって確認済みである)

 

「ん、もう少しあとでいただくとするよ。少し身体を休めたいのでな」

「わかった、じゃあごゆっくり」


 笑顔の青年に対して微笑で返し、シエラは階段を登る。

 3階の目的の部屋に着き、ルームキーで鍵を開ける。

 

 部屋の中は小さな机とベッドが置かれた質素な部屋であった。

 ただ掃除は行き届いているように見えたし、布団はふっくらとしていてなかなか寝心地が良さそうだ。

 これは当たりを引けたな、と満足しつつシエラはベッドに腰を下ろし、そのまま寝転んだ。

 昼間から今まで慣れない街を歩き続けていたので、肉体的にも精神的にもかなり疲労していたのである。

 

 見た目の通り心地の良い布団でごろごろしながら、今日のことを反芻する。

 

 ゲームのままの姿で自分の知らない世界に来てしまったことは本当に驚いたが、装備や資金もあるし生きることには困らなさそうだ、と思うことはできた。

 また、この世界のどこかに仲間たちがいるらしいというのも心強い。彼らは自分よりはずっと(いろいろな意味で)生命力の強い者たちばかりだ。自分が生きていればいつか出会えるだろう。

 ひとまずインベントリのアイテムや膨大な資金は受け継いでいるので、資金面では全く問題なさそうだ。


 そうなると、現時点で唯一気になるのは天空城《アルカンシェル》である。

 あの城はこの世界に存在するのだろうか。もしも《エレビオニア・オンライン》に取り残されたままならば、シエラは大部分の素材や機材を失ってしまったことになる。

 

 仮にあるとしても、どうやって探したものか……と考えて、シエラは唐突に一つの魔法を思い出す。


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