生産職吸血鬼は異世界の夢を見るか

@sen_matsuri

1章

1.おわり、あるいははじまり


 現世とは異なる世界、《エレビオニア》。

 

 広大な海と大地を持つ戦乱の地。

 

 神代の時代より続く、魔と人との戦乱にも、ついに終わりが訪れようとしていた――

 


「はー……しかしついにサービス終了かあ」


 豪華な革張りのソファに半ば埋もれた少女がつぶやく。

 艶のある白銀の髪に鮮やかな紅の瞳が印象的な美しい少女である。


「10年……長いようで短かったでござるな」


 隣で茣蓙ござを敷き綺麗な正座を組む袴姿の男が返す。

 脇には本格的な茶器が置かれており、今も茶を点てている。

 

「ま、よく遊んだほうだよね、私らもさ」


 懐かしむように窓から外を眺めるのは健康的な肢体が眩しいチャイナドレス姿の少女。

 その窓の外は真夜中なのだが、ひっきりなしに打ち上がり続ける花火によってかなりの明るさと華やかさだ。

 

「でも、寂しくなりますわね。私、このゲームしかやりこんでいませんでしたから……」


 この部屋にいる最後の一人、いわゆるフレンチなメイド服に身を包んだ眼鏡の女性もため息を漏らす。



 ここは天空城《アルカンシェル》。

 浮遊島なども珍しくない《エレビオニア》ではあるが、他に並ぶもののない規模の浮遊島である。

 彼らがしみじみと話をしているのは、その浮遊島の中央にそびえたつ巨大な城の、最上階であった。

 内装は白亜の大理石でまとめられており、豪華ではあっても下品にはならない絶妙のバランスで調和している。

 これこそが、ギルドシェル《アルカンシェル》の本拠地。

 そして彼らが、《アルカンシェル》に残ったシェルメンバー12人のうち、天空城で最後の瞬間を見届けようとしている4人なのであった。

 

「というかこう、12人全員オンラインなのに、ギルドシェル本拠地うちに4人しかおらんのはどういうわけなんじゃ」


 不満を隠そうともせずつぶやく白銀の髪の少女が、このギルドシェル《アルカンシェル》のリーダー、シエラ。

 フルネームはシエラ・ナハト・ツェーラ。真祖系吸血鬼種族《オリジン・オブ・デイライトウォーカー》であり、自称1014歳。

 美少女吸血鬼ロールプレイに余念のない、生産系職業カンストネトゲ廃人。

 ……プレイヤーは当然男性である。

 

「シェルマスの人望では? というのは置いておくとして、みな自由人でござるからな。最後の最後まで好き放題にしているのでござろう」


 さらりとひどいことを言う和装の男は、斬り込み特攻隊長、チクワ。

 オールバックにした髪の似合うゴツめのイケメン武士といった風貌に全く似つかわしくない名前だが、本人は最高クールだと思っているらしい。

 そのプレイヤーはといえば、本人の言によればイギリス人らしい。

 日本の大河ドラマと侍モノの映画で日本語を学び、日本に留学して剣道を学んだのだという。

 

「あはは、確かにね。外はお祭り騒ぎらしいしさ。もしかしたらまだ倒せてなかった遺宝級ボスと対決してたりして」


 チクワから受け取った抹茶を飲み、うえっと顔をしかめているチャイナドレスの少女はハナビ・クラド。

 中国拳法の達人で、リアルでもかなりの武術家らしい。

 「功夫クンフーは裏切らない」というモットーをよく口にしており、実際鍛えられ続けた彼女のクンフーは素手で最高強度の鎧を容易く貫通する。

 そして対人戦を愛しており、中国拳法と法則無用の喧嘩殺法を混ぜて戦い相手をボコボコにするのが気持ちいいのだとか。実はギルドシェルきっての狂戦士である。

 魔物との戦いには特に興味がないため最終日は城でゆっくり過ごそうと思ったらしい。

 

「全く、最後までまとまりに欠けるギルドシェルですね。それが心地よかったのも、また事実ですが」


 静かに目を伏せて昔を思い出しているメイド服の女性は、リサエラ。

 天空城《アルカンシェル》の掃除・整理を司るメイド長である。

 れっきとしたプレイヤーなのだが、完璧なメイドロールプレイはそれを感じさせない。

 常日頃から「シエラ様に尽くす」と公言するヤバい人。

 今もしれっとシエラの座るソファーの後ろに立っており、その姿をうっとりと眺めている。

 

 彼ら4人は、ゲーム中最優のうちの一つと言われたギルドシェルの中核メンバーであった。


「人望かー、まあ人望はなかったじゃろうな、我ながら……たまにダンジョンに出かける以外は城の管理をしておっただけじゃしなあ」

「真に受けないでください、シエラ様。あれはチクワ様のブリティッシュ・ジョークですよ」


 リサエラのセリフに、当のチクワはなんとも表現しがたい曖昧な苦笑を浮かべた。

 

「でも、シエラちゃんがいたからみんなここに集まってたんだと思うよ。まとめ役ってそう簡単にできるものじゃないって私思うなあ」

「ふん、恥ずかしいセリフを素面で言うでないわ、ハナビ」


 ハナビの素直な称賛に満更でもない顔で返すシエラ。

 

 シエラとしては、本当に特別なことをしたわけではないと思っている。

 偶然そこにいたプレイヤーたちの気が合い、偶然一緒に遊んでいただけなのだ。

 そして自分は偶然この天空城を持っており、たまり場にちょうどよかったというだけである。

 ……たまり場というより、サービス後半はほとんど戦利品を投げ込む共同倉庫として使われていることのほうが多かったが。

 

「……皆、3分前でござるぞ」


 そう話しているうちに、もうサーバーダウン3分前になっていたようだ。

 

 10年間サービスの続いた《エレビオニア・オンライン》も、ついにサービス終了の時を迎えた。

 感覚没入型――通称VR型――MMORPGの黎明期に生まれ、タイトルの乱立した戦国時代を生き抜いたこのゲームも、手軽な現実拡張型携帯ARソーシャルゲームの流行には勝てず、惜しまれつつもサービス終了となったのである。

 

 シエラの脳裏には、10年間このゲームで過ごした思い出が次々によぎっていた。

 

 オープンべータ初日の右も左もわからないままに冒険したときのこと。

 初めて吸血鬼系種族に転生したときのこと。

 偶然、この天空城を手に入れたときのこと。

 気の合った仲間とギルドシェル《アルカンシェル》を結成したときのこと。

 そして、《アルカンシェル》のメンバーと夢中で突っ走ってきたこれまでの数年を――

 

 瞳を閉じて、その時を待つ。

 仲間に別れの挨拶は要らない。このゲームで知り合ったとは言っても、今や現実での連絡先も知っている気のおけない友人たちだ。

 別のゲームにハマれば、また一緒に馬鹿騒ぎをすることもあるだろう。

 

 目を閉じても浮かんだままの、視界の端に映るデジタル時計が一秒、また一秒と時を刻む。

 

 23:59:56、

 

 23:59:57、

 

 23:59:58、

 

 23:59:59――

 


 そして、意識が途切れた。

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