この雨が降やむまでに。

爆裂☆流星

第1話 この雨が降り止むまでに。

『明けない夜はない』、のように『止まない雨はない』、とよく言うが、それは本当かと疑ってしまうほど降り続いている雨。


七月の中旬、梅雨終盤の季節。じめじめとした空気はなんだかやる気をそぐように肌にまとわりつくが、俺はそれが嫌いじゃなかった。


ホームルームが終わり、正面玄関から足を踏み出そうとしている今もシトシトと雨が降っている。


校舎からは中練をしている運動部の声が聞こえる。俺は中学ではサッカー一筋だったが、膝を壊して高校ではやめてしまった。そこそこの強豪でレギュラーを張っていたが、そこまでサッカーが好きだった訳じゃない。なんとなく始めたら上手くいって、それで続けていただけだ。


そのくせ放課後グラウンドで練習をしているサッカー部を見ると無性に悔しくなる。俺もあそこで走っていたはずなんだ、って。


俺は傘も差さずに玄関から外に出た。こうして濡れていると面倒なことを考えずに済む。


全部雨が洗い流してくれる、そんなことを考えるほどに俺は感傷に浸っていたのだ。俺は降り続く雨の中を歩き始める。






「傘、無いの?」


急に背後から声が聞こえた。聞き馴染みがある、とても甘い声。その持ち主は隣のクラスの大崎。


中学時代のサッカー部のマネージャーで、俺の初恋相手。


とても整った容姿に優しい性格。惹かれない理由の方が見つからなかった。


結局告白も出来ずに、ずるずるとこの気持ちを引きずっている。




「大崎の家、こっちだったっけ?」




「うん、そうだよ」




大崎は何も言わずに俺を傘に入れた。こういうところはやっぱり変わらない。


会話のきっかけがまったくつかめずに沈黙が続く。面倒なことを考えないために帰っていたはずなのに、とても気まずい状況になってしまった。


何か話そうと口を開くが、言葉がのどに引っ掛かって出てこない。また口を閉じ、湿った空気の中にさらにどんよりとした溜息を吐く。そういえば大崎とは二年近くまともに話していなかった。


雨がアスファルトを叩く音だけがこだまする。女子と二人っきりという状況なのに何もできない自分に対し、さらに心が曇る。それを映すかのように雨は一層強くなった。


どこか遠くで雷が鳴った。






「じゃ、俺の家ここだから。傘ありがと」




「うん、じゃあまた明日ね」




結局一言も会話が無いまま俺の家に着いた。ここで家に上がってもらう、なんてことができたらとっくにお話くらいこなせているだろう。『また明日』なんて方便で明日大崎と話すことなんてきっと無い。


またどこからか雷鳴が聞こえる。それに打ち抜かれたように体に衝撃が走り、気づいたら心の前に体が動いていた。




「大崎!危ないから俺の家上がって行けよ!」




大崎は元来た道を引き返していた。くるっとターンすると無言で笑みを浮かべた。










「なんで引き返してたんだ?」




俺はカフェオレの入ったコップを大崎に渡しながら聞いた。




「なんでって……家に帰ってたの」




「でも家こっちだって」




「あれは嘘。そう言わないと濡れながら帰ってたでしょ?」




それはきっと優しい嘘だ。カフェオレをすすりながらほほ笑む彼女は、どこか儚げに見えた。何か迷っているような、でも決心したような、そんな表情。結局三十分程度二人で話をしていたがあまり盛り上がらず、ついには大崎の方からそろそろ帰ると切り出されてしまった。








今日も雨が降っている。昨日とは違い地面をえぐるかのようなどしゃ降りの雨だった。委員会が終わってから帰っていたので下駄箱には半分ほどの上履きしか入っていない。


何故か自然と隣のクラスの分まで見てしまう。大崎の分は残っていない。


それだけ確認をし、少し肩を落として俺は一人で帰路に着いた。


雨が強いため、今日は小走りで帰っている。膝を壊しているためかなり不格好だが。


ふと前に一人の少女の姿が見えた。速度を緩め、ゆっくりと近づいた。




「泣いてるの?」




「まさか。雨のせいだよ、きっと」




空を見上げ、そうつぶやく。その頬には一筋の光がつたっていた。


どうしたのか、と詳しく聞いてあげる度胸なんて俺には無い。悔しさが胸を駆け巡る。


しばらく二人ともそこに立ち尽くした。




雨がまた強くなってきた。それは俺たちを叩きつけ、体を芯まで冷やすような勢いだ。


俺はおもわず大崎の腕をつかみ、ひっぱった。




「風邪ひいちまうぞ、雨宿りしよう」




近くのバス停まで走って大崎を連れて行った。カッコ悪い走り方を見られたくないなんてダサいプライドは


いつの間にか流れ落ちていた。


雨が弱くなるのを待ちながら、横目で大崎の様子をうかがう。


明らかに体を震わせ、手で顔を覆っている。


何も言い出せず、再び俺らを静寂が包んだ。




「あのね、聞いてくれる……?」




その沈黙を切り裂いたのはかすれた大崎の声だった。




「ああ」




「今日、先輩に告白してフラれたの」




俺の胸も締め付けられた。様々な感情が代わる代わる俺のちっぽけな脳内を駆け巡る。


怒り、悲しみ、嫉妬、同情。でも最後に残ったのはあたたかいものだった。こんなに強い雨でも、その思いは洗い流せなかった。それはきっと大崎も同じだろう。


先輩への未練を雨で無かったことにしようとしていた。でもそんなことは無理だと分かりきっていたはずだ。


俺はまた何も言ってあげることができない。励ますことも、一緒に泣いてあげることも。


制服から滴る雫がポタポタと乾いた心を潤す。いつしか雨が弱くなり、何も言えない俺と似ている無口な空にふっと息を吐き出した。




「帰ろう」




短い言葉だが大崎の心には届いただろうか。俺の差し出した手をしばらくしてから大崎の細くて白い、きれいな手がぎゅっとつかんだ。今日も二人で肩を並べて帰ることになった。


昨日とは逆の方向へ。



「本当は告白する気なんて無かったの」



「うん」



「先輩が卒業したら勝手に諦めがついて、それで自然消滅すると思ってた」




「ああ」




「でも昨日の君を見てたら、変な力が湧いてきちゃった」




「えっ、俺のせい?」


「そうだよ。でも、君のおかげでもある」


「なんだそりゃ……」




「フッフッフッフッフ……」



何がおかしいのか大崎が俺の顔を覗き込んで笑い出した。本当に幸せそうに笑うためつい


つられてしまった。




「あっはっはっはっは……」




二人して声高らかに笑い始めた。さみしく響いていた雨音は止み、笑い声とそろった足音が宙を駆ける。


いつしか空には晴れ間が見え、大きな虹が世界の端から端までかかっていた。



「じゃ、私の家ここだから」


「うん、じゃあまた明日」


「今日は愚痴聞いてくれてありがと。埋め合わせはいつかするね」



俺は家に向かって歩き始めた。すっかり空は晴れあがり、清々しく足を回転させる。


心なしか身も心も軽くなった気がするのはなぜだろう。


きっと梅雨が明けたからだ。そういうことに今はしておこう。



翌日は昨日までの雨が嘘だったかのようにからっと晴れた。


道にできている水たまりに冴えない俺の顔が写し出されている。


「よお!!」


「うおっ!?」


大崎が後ろから押してきて、驚かしてきた。


「急にやめろよ……」


「にししっ」


その満面の笑みはこの夏に匹敵するほどに爽やかなものだった。


俺は今日言おうと決めていたことを大崎の目を見て、口にする。


緊張で噛まないか、笑われたらどうしよう、そんな不安が立ち込め俺の頭はパンク寸前だ。




「俺は、俺はずっと大崎のことが――!!!」




平成最後の夏が終わろうというのに、俺の人生最初の青臭い春が始まろうとしていた――。

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この雨が降やむまでに。 爆裂☆流星 @okadakai031127

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